——二つの戦場——

 レンは屋上へと続く階段を駆け上る。一階とは打って変わり、二階は掃除が行き届いて綺麗な状態だった。人やモンスターの気配がないことを確認し、更に三階へと上がる。


「止まれ」


 鋭い言葉で、静止するよう命令する声が聴こえる。レンは立ち止まり、異様な気配を放つ男を見上げる。その男は、ド派手な黒と黄色の縦柄スーツを着ており、階段の一番上に腰掛け、レンのことを見下ろしていた。


「相手は可愛らしい女の子と聞いとったんやけど、えらい強そうな兄ちゃんやんけ」


 関西弁で話す男。歳はレンと変わらない位か少し上、いているのか分からない細長い目で、レンを値踏みする様に見ていた。


( できるな……)


 男の雰囲気から、警戒心を高めるレン。後ろのポケットから赤い手袋を出し、手にはめる。


「やる気満々やんけ。まぁちっと話させぇや、お前の目的は何や? コッチに上がってきたっちゅうことわ、上の人間の知り合いか?」


「知り合いでは無い」


 様子を探る為にも返事を返すレン。


「やったら回れ右して帰れ、こっちも無駄な労働したないねん」


 手のひらを前後に揺らし、シッシッと犬でも追い払うように行動する。


「お前ら捕まえた人間をどうする?」


 レンの質問に気怠そうに返事を返す男。


「ドクターがモルモットに何しよるんか、俺は知らん」


 ピクッとこめかみが反応するレン。


「俺はって聞いたんだ、お前は人間とモルモットの違いも分かんねぇのか?」


 レンの血液が沸き立つように震える。道中倒したモンスターにも改造された跡があった。モンスターと言っても所詮は誰かが創造した生物、それを人間にも同じことをしていると考えると、はらわたが煮え繰り返る思いだった。


「お前を人間とは思わない、人間じゃないからこれ以上会話をする必要も無いな」


 男に向かって拳を突き出す。もう会話は不要、後は殴り合うだけだと、強く握り締めた拳が物語っていた。


「チッ! めんどくさいの」


 両膝に手をつき立ち上がる男、二人の戦闘が始まる。


♦︎♦︎♦︎


 病院の中を通り、正面入り口の広いロビーへとやって来たジョーとモモ。


「うわー、わちゃわちゃいるね」


 ガラス張りの入り口から、外の様子が見える。そこには規則正しく並んだ改造されたモンスターが並んでいた。


「ざっと見た感じ本当に百体位いるわね」


 腕を組み、外のモンスターを睨みつけるモモ。人間の姿は見当たらなかった。


「どうする? 完全に罠だけど行く?」


 ジョーがモモに尋ねる。


「まどろっこしいの嫌いなのよ、ようは全部倒せば良いんでしょ。準備運動みたいなもんね」


 手足をブラブラと揺らし、ストレッチをするモモ。隣でジョーも同じように身体をほぐす。


「じゃ、どっちがいっぱい倒せるか勝負だね! 勝った方が相手の言うこと何でも聞くってのはどう?」


 ピョンピョンと飛び跳ねジョーが言う。レンとの修行で前より更に自信がついていた。「はいはい」と返事を返し、モモは短距離選手のようにクラウチングスタートの格好で構える。それを見て合図するジョー。


「よーーーーい、ドンッ!!」


 ジョーの掛け声と共に発射するモモ。ガラス扉の前で左足に力を込め、右足を前にジャンプする、ガラス扉を蹴破りながらモンスターの群れに突っ込み、直線距離で二十メートルはある駐車場を横切る。そのままブロック塀に着地し、塀を掴んで停止する。モモが通った後には、モンスターの死体が並んでいた。


「十体くらいかな」


 モモが言い、クルンっと回転して塀の上に登る。ジョーは慌ててモモが壊したガラス扉から出てきたところだった。


「あんたのGiveギヴで私に勝負挑むなんてバカね!」


 モモは遠くに居るジョーに向かって叫ぶ。ジョーは手前にいたモンスター二体を素手で倒したところだった。


「しまった!? モモねぇ、ハンデ頂戴ハンデッ!!」


 ジョーはゴブリンが振るうバットを避け、再度両手に力を溜めながら、モモにお願いする。広い病院の駐車場、そこは三方を高いブロック塀が囲んでいた。モモにとっては都合の良いリング。集められた大量のモンスターも、この場所ではただの動く的だった。


「勝者の権利、何に使おうかしら」


 ボソっと呟いたモモの言葉だったが、なぜか遠く離れたジョーは、何を言っているのか理解する。


「まずいまずいまずい!」


 急いで目の前に立つオークを殴るが、溜めが足りずにダメージが浅い。オークからの反撃を頭をかがめて避け、焦るジョー。その間にもモモの水平ジャンプがモンスターを蹴散らし戻って来る。キキッーとスニーカーが音を鳴らし止まるモモ、ジョーの肩を叩き話しかける。


「今ので二十体よ」


 戦闘には勝てそうだったが、勝負には負けそうなジョー。


♦︎♦︎♦︎


「オラオラッ、威勢が良いのは見た目だけかい!」


 右に左にと素早く繰り出される蹴り、何とか避けていたが防戦一方のレン。ポジションも階段の上を取られていた為、状況は最悪だった。相手からの蹴りを後ろに飛んで交わす、階段の踊り場まで退くレン。


「まーた振り出しに戻ったなぁ」


 何度か勝負を仕掛けていたレン。リーチの差で、相手の蹴りは当たるが、こちらの拳は届かない。額に流れる汗を拭き取る。


「やるなお前」


 息を切らし戦うレン、相手の男にはまだ余裕が感じられた。意を決して質問するレン。


「俺の名前はレン、お前の名前を教えろ」


「何や何や、会話せん言うとったやないか? そないに俺の名前が聞きたいんか?」


 嘲笑うように大声で笑い声を上げる男。レンは腰道具から金槌を取り手に持つ。


「コレを使うと殺すかもしれないからな、殺した相手の名前くらい知っときてぇ」


 レンは金槌を持った手を前に出し、男を睨みつける。


「おーコワコワ。まぁお前も名乗ったんやし、こっちも名乗るのが礼儀か。ほな教えたる、俺の名前は『君をボコボコに殴るマン』や!」


 腹を抱え笑い声を上げる。レンは深く息を吐き出し構える。


「墓標にそう書いてやるよ」


 階段を駆け上がるレン。

 


 



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