——姉と弟——

 約一年後。


 「わははっ! わははははっ!!」


 少年は整備されていない山道を、走って駆け降りていた。その表情は険しく、目には涙を浮かべている。


「わははっ! やっばい!! わはっわはははっ、やり過ぎた!」


 言葉や表情とは裏腹に、何が楽しいのか笑い声を上げながら走り続ける。山猿のように器用に障害物を避け、飛び跳ねる影。十四歳の少年は栗色の髪の毛を揺らし、獣道を抜け林道へと飛び出す。一瞬チラッと後ろを振り返ったが、留まることはせず、そのまま走り続ける。


「殺される! 捕まったら殺されるっ! わはははっ、ねーーちゃーーーんにっ、こーーろーーさーーれーーーるーーー〜!!!」


 姉からの殺意を背中に感じ取りながら、少年は走り続けた。凸凹とした二人組に出会ったのは、町への林道を半分ほど降った頃だった。


「そこのガキ、止まりなさい!」


 走る少年を大声で止めた二人組。ガキ呼ばわりしていたが、歳の頃は十代後半位に見え、あまり少年とは大差無いように感じる。声をかけてきた男は背が低く、黒くねっとりした長髪を後ろに流している。全身を黒いコートで包み、骨が浮き出るような顔からは、薄ら笑いを浮かべている。もう一人の男は、コートの男を守るように前に立ち尽くしていた。首には首輪のような物を巻き、筋骨隆々な体つきだ。

 

 十メートル程離れた距離で静止するよう命令される。一瞬驚いて止まったが、首筋がひりつくのを感じ、又走り出す少年。が、遅かった。ドスンと大きな音と共に、背後に立つ少女の姿があった。髪の毛をピンク色に染め、頭の後ろで一つに結んでいる。体つきは細く健康的な体型だったが、胸は控えめに言って控えめだった。


「あっ、ねぇちゃん早かったね。二度としないので許して下さい。ねっ! 凄く反省してます、だから殴らないで下さいお姉様っ!」


 ジリジリと姉から距離を取る弟、表情から許す気がないことを悟る。何とか軽めの体罰で済むよう全力で弟感をかもしだす。


「ジョーこれを見なっ!」


綺麗に揃えて切られた前髪を上げ、赤く腫れ上がった額を見せる。ジョーと呼ばれた少年は額を見て思わず吹き出してしまう。


「はい、殺す。やっぱり反省なんてちっともしてないわねっ!」


 今朝出かける際、ジョーの悪戯によりお気に入りの靴を床に貼り付けられ、そのまま玄関に額をぶつけている姉。


「ちょっ! 待って、ブッ! ごめんってモモねぇ! ははっ、腫れてても可愛いよ姉ちゃん。わははっ! ちょっとあっち向いて、笑わせないでよ!」


 反省の色が全くないジョー。モモはガッとジョーの胸ぐらを掴み殴ろうとする。ガキンッガキンッと音を立て、二人の周りを緑の透明なシールドが包み込む。地面には、二つのナイフが転がっていた。


「私達を無視して会話をしないで頂きたい。ふふっ防御系のGiveギヴですか、どうやら戦闘系の能力者ではないようですね!」


 コートの男はナイフを手に持ち、勝利を確信したのか、もう一人の男の前に立っていた。開かれたコートの内側からは、無数のナイフがキラキラと光を反射している。


「ああっ? 人が会話してる時に何やってんだ骨ポマード! 弟より先にブチ蹴るぞおいっ!」


 モモはジョーから手を離し、相手へ向き合う。


「骨ポマードっ!? 何て口の悪い女でしょう、……まぁ良いです。貴方達、私に殺されたくなければ大人しく従いなさい。二人とも私がペットとして飼ってあげましょう。さぁコッチに来なさい。頭の悪そうな髪色の女は、好みではありませんが、言うことを聞くなら可愛がってあげますよ」


 コートの男は下衆な表情を浮かべ、二人へこちらへ来るよう手招きをしている。余程対人戦に自信があるのか、小さな身体で大柄な態度をとり、手招きしている。


「おいっ、今あたしの髪の色を何つった骨ポマード!」


 怒りの矛先が、骨ポマードへ向いたことへ安堵するジョー。


「ちっ、ジョーあんたでかい方やんな。外見を馬鹿にする奴嫌いなんだよ。あたしは骨ポマードを叩き折る、その次はお前」


 ヒィッと小さく叫び、忘れていないことを残念に思う。


( 最初に外見馬鹿にしたのはモモねぇじゃんか……)


 心の声が漏れたのか、軽く頭を小突かれる。そのままモモは後ろを振り返り、森の中へと入って行った。


「おやおや、弟を置いて逃げますか……。私の

Giveギヴ追駆王ストーキング』は自動追尾、どこに逃げようと一度捕らえた獲物は逃しませんよっ!」


 そう叫ぶと、手に持っていたナイフをジョーへと向かって投げる。シールドに阻まれナイフは地面へと落ちた。


「やはりシールドはそちらの能力のようですね!」


 サッとコートから四本のナイフを取り出し、空へ向かって投げる。ナイフはカクンッと角度を変え、去っていったモモの方向へと飛んで行った。


「ナイフは貴方の姉の頭と心臓を狙って投げました。同時に四本を防ぐ事は不可能でしょう。さぁ解除して欲しければ、大人しく捕まりなさい。何をしているデクっ! サッサとガキを連れてくるのです!」


 どかっとデクの大きなケツを蹴り上げる。


「で、でもっ……相手は子供だし」


 デクは反論しようとしたが、骨ポマードの手に握られたナイフを見て怖気付く。


「彼のGiveギヴ、『赤い大猩猩レッドコング』は強化系能力です。抵抗はやめなさい、防御系能力者では逃げ切れませんよ」


 骨ポマードはジョーを脅す意味も兼ね、デクの能力を教える。

 

「お兄さん達、今まで良く生き残れたね。

自分達の能力をベラベラ喋っちゃってさ、それに偉そうに言うほど凄いGiveギヴでもないし……、こりゃモモねぇに怪我をさせるのは無理っぽいね!」


 あわよくば、程良くモモに怪我を負わせて欲しいと願っていたジョー。スッと腰を落とし右手を握り込む様に構えている。


「やれやれ、目上の忠告は素直に聞くべきなのに、姉弟揃って頭が悪いようですね。デク、彼のシールドがどの程度の強度か、試してあげなさい!」


 デクは首を左右に振り、雑念を取り払い戦闘態勢に入る。全身の筋肉が膨張し赤く血の色が浮かび上がる。ドスドスとジョーへ向かって走り、拳を振り上げ力任せに振り下ろす。しかし放たれた暴力は、シールドによって簡単に防がれた。


「十秒ってところかなっ!」


 ジョーは呟き、ニカっと笑う。そのままデクの腹へと小さな拳を突き出した。


 シールド系能力の少年の拳に、油断していたデク。ゆっくりとスローモーションのように腹に深く刺さる拳を見つめる。腹から頭頂部へと激痛が突き抜け、身体が宙に浮く。気付けば骨ポマードの近くまで吹き飛ばされていた。ヒクヒクと痙攣けいれんし、気絶する。


「なっなっなっ、何故! なぜ防御系能ryゲボっ!!?」


 最後まで言い終わらずに、地面に突き刺さる骨ポマード。細い身体は杭のように、綺麗に地面にめり込んでいた。


「はいしゅーりょー、相手見てケンカ売れってのバーカ」


 骨ポマードの頭から降り、背伸びするモモ。


「もっ、モモねぇ! それ折るって言うか死んでない!?」


 戦闘の勝利よりも、骨ポマードの安否を気にする優しいジョー。







 








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