——片隅のニュース——

  世界は歓天喜地へと包まれていた。


 イズラエルにより与えられたGiveギヴは、様々な恩恵を人々に与えた。


 一日目


 昏睡状態から目覚めた者。一瞬にして大金持ちの仲間入りした者。大空を自由に飛び回る者。テレビから流れる映像は全て、Giveギヴ関連の特番へと切り替わっていた。興奮した様子のコメンテーターは、これ見よがしに自らの口座の残高を映し出し、これは努力する人間に神から与えられた贈り物だと叫んでいた。経済は止まり、全ての金融機関は叫び声を上げた。


 二日目


 昨日一日の退職願が百万件を超え、ドミノ倒しのように会社は次々と倒れていった。


 ネットの掲示板サイトでは、過去類をみない賑わいをみせ、回線が繋がらない状態が長く続く。


 テレビの特番では様々な人を集め、自慢げにみずからが創造した力を見せびらかす姿を映し出している。瞬間移動をする中年の男や透明になる青年、笑顔でぬいぐるみを動かす少女の姿などを。


 メディアは明るいニュースばかりを流していた。ナニかから目を背けるように、注目を集めようと必死だった。医療現場では、次々と入院患者が退院していること。能力者が事故現場から、怪我人を救出したこと。匿名での寄付金が至る所に送られていること。世界では争いが減り、隣人と手を取り合う映像が流される。キャスターは額に汗を浮かばせながら必死に訴えかけている。


「世界に平和が訪れました」と。


 その日の朝刊、紙面の片隅に小さく一つの記事が載った。


「校庭にて在校生の焼死体が発見される」



♦︎♦︎♦︎



「ようっ! 良く逃げずにきたなうじ虫」


 高校生にしては体格の良い少年。彼は同じクラスの同級生を夜の校庭に呼び出していた。呼び出された少年はガタガタと震え、身を守るように両手を抱えている。


「お前には俺様の実験に付き合ってもらう、光栄に思え!」


 そう言い放つと高々と笑い声を上げ、蔑視べっしするような視線で相手を見下ろす。


「……僕は来たくなかった」


 威圧的な少年と目も合わせずに返事を返すが、細く小さな少年の声は相手に届かなかった。


「あんっ? 何か言ったか蛆虫! お前には今から、俺様のGiveギヴ【紅蓮の業火】の威力を試させてもらう。お前の身に何かあっても、いつものように黙ってろ。誰にも言うな、分かったか!」


 大柄な少年は右手に赤い炎をまとい構える。放たれた炎は、怯える少年の足元で音を立ててぜた。驚いた少年は後ろへと飛び退き、尻餅をついて倒れる。


「おおおおおっ凄えぇ!! 何てカッコいいんだ俺様の【紅蓮の業火】!!」


 満足気に自ら放った炎を見やり、顔を赤く染める。


「……カッコよくない」


 震える少年は、決意したかのように声を振り絞る。生気のない眼差しで相手を睨みつけた。


「……ウジ、もう一回言ってみろ。俺様の機嫌が良いからって調子に乗ってんじゃねーぞ、クズ!!」


 高校生には不釣合いなゴツゴツとした拳を握りしめて、前に突き出す。それは何度も何度も人を殴ったことのある拳だった。


「何度でも言ってやる! カッコ悪いって言ったんだっ!紅蓮の業火だって? 今時中学生でも付けないような名前が、ダサいって言ってるんだ!」


 立ち上がり、ワナワナと震えながら叫ぶ。

全身アザだらけの少年、制服は所々破け縫った跡がある。痩せ細った少年の身体は限界まで追い込まれていた。


「……そうか、お前は立場を忘れちまったみてぇだな。いつもみたいにピーピー泣いて縮こまってりゃ、軽い火傷程度で終わらせてやるつもりだったが。オモチャのクセに粋がりやがって!」


 そう言って少年は両手に炎を宿す。先程より炎の大きさは倍ほどあった。


「うんざりだっ! 僕はお前のオモチャじゃない! 殺すなら殺せ! どうせお前にそんな度胸無いんだっ!」


 オモチャと思っていた少年の、予想だにしていなかった反撃の言葉に一瞬動きを止める。両手の炎を見つめ、相手にぶつけた後のことを考える。だが少年には想像力が足りなかった。いや、多少は想像出来たがケチなプライドがそれを上回った。


「俺に逆らうなっ!!」


 少年は両手を前に構え、膨れ上がった炎を飛ばす。炎は涙を流す少年へと当たり、全身を包み込む。苦痛に叫ぶ少年が踏み固められた地面の上を転がり回った。


「お前が悪いんだ! お前が逆らうから……」


 叫び声を聞きながら、少年は震えていた。自信に満ちた表情は消え去り、恐怖が顔に張り付いていた。その場を逃げ去ろうと背を向けた瞬間、声が聞こえる。


「痛い……痛いよ……、でもこの程度じゃ無い。僕が今まで耐えてきた痛みは、家族に隠してきた苦しみは……」


 恐る恐る振り返る少年。そこには炎に包まれた同級生の姿は無く、轟々と渦巻く炎の塊を頭上に掲げ、こちらを睨みつける少年が立っていた。


「おっ……お前どうして生きてる、その炎はどうした?」


 状況が飲み込めず、その場に立ち尽くす。


「お前は想像力が足りない、どうしてGiveギヴが僕にも与えられたと考えなかったんだ? どうして相手が自分より強いかもと考えない? 殴った相手がどんなに苦しいか考えないのか? 自分が楽しければそれで良いのか?」


 ブツブツと呟く少年は、震えることも火傷に顔を歪めることも無く、その場に立っていた。


「いっ生きてたんだな、よかった……なぁ悪かった、謝るよっ! そうだなお前にもGiveギヴはあるよな! 俺が悪かった、もうこんなことはしない! 頼む……頼むよ、許してくれ……お前のGiveギヴも炎なのか??」


 想像力の乏しい少年にも、結末が容易に想像出来た。相手の目に、自らの未来が映し出されていた。


「もう遅い、遅いんだよ! 僕のGiveギヴが炎かって?? お前と同じ能力じゃない、最後に教えてあげるよ。僕のGiveギヴは返す力。今まで受けた痛みを、相手に返す能力だ」


 少年は静かに手を下ろす。


 相手の少年へと炎は振り下ろされる。


 今まで受けた全ての暴力と共に。


 絶え間無く降り注ぐ痛みに


 相手の少年は一瞬で絶命していた。


「僕の経験した苦痛が、少しは分かったか?」



 夜の校庭に、赤々と後悔の炎が渦巻いていた。



♦︎♦︎♦︎



 三日目


 ポツリポツリと姿を現す事実。みな頭の片隅では分かっていた、だが目を背けようとしていた、しかし現実が直視するよう促してくる。神より与えられしGiveギヴは命を奪う道具にもなると。私達の手には安全装置の無い拳銃が手渡されたのだと。


 き止めようとした本能の波は、波紋のように広がり続け、別の場所で起こった波紋とぶつかり合い、勢いを増して返ってくる。幸福な時は影を潜め、恐怖に上塗りされる。手を繋ぐべき隣人は、身を脅かす敵へと変貌していた。


 Giveギヴによる事件事故は、指数関数的に増え、一部の人間が願ったGiveギヴにより、見たこともないモンスターが溢れ、人を食料として捕食していく。


 警察は両手を上げて職務を放棄した。  


 政府は最後の手段に自衛隊を投入するも、破滅の波はとどまるところを知らず、暴力には暴力で返すしか道は無く、ミイラ取りはミイラになるしか道は残されていなかった。


 相手がどんなGiveギヴの能力か分からず、すれ違う人全てが自分の命を狙う獣に見えた。猜疑さいぎ心は恐怖心を煽り、恐怖心は防衛本能を掻き立てる。表に立った本能は、簡単に倫理観を壊し、容易に他者の命を摘み取っていった。


 四日目


 インフラは崩壊し、メディアは死滅する。

唯一残されたラジオからは、悲痛な言葉だけが、おんおんと繰り返し流されていた。


 家族の半分が死に、クラスメイトの半分が消え、同僚の半分が失せた。住み慣れた家は半壊し、通い慣れた道は途絶え、見慣れた景色はひっくり返すように様変わりしていた。

 

 世界中で始まった破滅への序章は、僅か四日で半分の人間を喰らい尽した。


 公的な記録文書が残されたのも、この日が最後である。


 七日目


 人口は十分の一へとその数を減らす。





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