Blue Bee
とまと
—— Apocalyptic Sounds ——
男は急いで駅へと走っていた。
脇に書類の詰まった鞄を抱え、その上からスーツのジャケットを被せている。ネクタイは緩め、シャツのボタンは上から二番目まで外していた。
六月の始まり、暑くなるには早すぎる時期だが、
(たまには全力で走るのも良いなっ!)
綺麗に敷き詰められたタイルブロックの上を走り、出勤する人や登校する学生の波を縫うように進む。街路樹のクスノキが朝の日差しを遮り、
(それにしても、今日は朝からツイてない……)
(まぁここまでは、ツイてないってよりは自己責任の範囲だな)
衛は走りながら、朝の記憶を辿る。
普段より十五分程遅く起き上がり、リビングへと階段を降りる。しかしこの時点では
「パパ最下位、思いがけないことがあっても冷静に。ラッキーメニューは淹れたての珈琲だって、ちゃんと飲んで行ってね!」
娘はそう言うと、父親のオデコにキスをして学校へと出掛ける。テーブルには妻が用意した朝食があり、その
電車が出発するまで後十七分、もう徒歩では間に合わない。だがしかし
「あら、あなた時間大丈夫なの?」
「ちょっと寝坊したけど問題ないさ、僕には相棒の自転車があるからね!」
そう返事を返し、妻の頬にキスをする。
「自転車なら昨日盗まれましたよ、警察にも届けてあります。私言いませんでしたっけ?」
妻の言葉に驚いた表情の衛、急いで腕時計を確認すると発車時刻まで後十六分。急いで鞄を掴み家から飛び出した。
朝の記憶から意識を現実へと引き戻し、反省する。
(まぁ、占い以外全部自己責任だな)
衛は走る速度を更に上げ、ラストスパートをかける。角を曲がると目的の駅が五十メートル先に見えた。腕時計を見やり何とか間に合いそうだと思った瞬間、耳をつんざくような音が辺りに響き渡る。
突如として鳴り始めたその音は、弦楽器を力任せに弾いた様な音と、様々な金管楽器と木管楽器を一度に吹き鳴らしたような音で、何かの心音の様に一定のリズムを奏でていた。その音は空気を伝い、無機質な建物を小刻みに揺らすほどの大音量だった。
バラバラに降り注ぐ音は徐々に
『私の名前はイズライル。私の音は、地球にいる全ての人へ届けています。貴方の認識出来る音域で、理解出来る言語へと変換されます』
抑揚のないその声は、淡々と語りかける。
『私の音を聴いた人は、例外なく全ての人に理解できます。全ての人に平等に与えられ、等しく享受することでしょう』
悪戯のような状況なのに、無視することが出来ない。仕事のことなど頭から消え去っている、この声にはそういった作用が働いていた。
『人が他の生命体より優れている点、それは想像力です。私は驚いています。力でも知恵でも無く、想像する能力で進化を続ける貴方達に。増え続け、減らし続け、創り続ける貴方達に』
衛は空を見上げていた。気付けば周りの人々も天を仰いでいた。まるでその音の姿が見えるかのように。
『私は貴方の想い
音の終わりと共に、眩い光が降り注ぐ。光が粘り気を帯び、地球全体を包み込んだ。
衛は怖かった。足元は
( 世の中は変わる、きっと悪意で溢れる世界になる……。護らなければ、妻と子供達を。全ての敵意から守る盾にならなければ。私の命に変えても、死んでも家族だけは……)
光が消え、歓声や悲鳴がこだまするなか。
拳を強く握りしめ、衛は動きだす。
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