第20話

 公園の奥へと進み、動物園があるエリアへと向かった。


 浴衣ゆかたを着て動物を見てまわるのはどうなんだろうと思ったが、近くまで来たわけだし、急遽きゅうきょ予定を変更しようにも代わりになる場所を知らない。


 近くに神社があるとはいえ、さぞ目立つことだろう。


 だが、そうでもなかった。


 カラカラと下駄げたの音を立てていることから、俺らに視線が向くことがある。だが、ここは動物園。来ている人たちは動物を見に来ているのだ。だからだろう。基本的には動物に視線を向けている。


 前に下見で来たが、この動物園、料金を支払って入れるところにはさすがに劣るが、それでも決して悪いわけではない。


 10数種類がいて、ちょっと立ち寄るにはむしろ、ちょうどいいとすら言える。


 ニワトリ、クジャク、トビ、カルガモといった鳥類。モルモット、カピバラといった齧歯げっしるい


 すべての名前をあげるだけでも一苦労しそうだ。


 だが――


純慶すみよしさん、みてください! フラミンゴですよ」


 瞳を輝かせ、喜々とした表情を浮かべ、動物たちの一挙いっきょ一投足いっとうそくに心躍らせている。


 光愛家では犬をっている。その中身は俺の父さんであるのは複雑ではあるが、動物が好きだろうとは思っていた。


 そんな光愛だからこそ動物園は楽しめるスポットになるだろうと予想していたのだ。


 その予想は見事みごと的中てきちゅう。実に楽しそうだ。


 見逃しがないよう隅々すみずみまで園内をまわり、こういう場ならではの子供の喧騒けんそうに包まれながら、幸福をみしめる。


 愛春あいは慶太けいたを連れてきてもよかったかもとも思うが、その考えはすぐに払拭した。


 今日はデートなのだからと、一瞬でもその考えに至った自分をとがめる。




 一通り動物を見てから、元来た道に沿って歩き、駅方面へと向かった。


 途中にあるだんご屋を横目にしつつ提案する。


「だんごでも食べてかないか?」

「いいですね。食べていきましょう」


 だんごが好きではなく、乗り気でない可能性があったが、杞憂きゆうだったようだ。


 特に嫌な顔せず、足取り的にも無理しているようには見えない。


 光愛みなはわかりやすく態度にでるから、よく観察していればわかるだろう。


 組んだプランに問題がないようで、ほっと胸をで下ろす。


 浴衣ゆかたに着替えるという予定外はあったがおおむね順調だ。


「いらっしゃいませ」


 運良く待ち時間なしで店内を利用できた。


 このお店はテイクアウトだけでなく、店内利用もできる。


 外観はだんご特有とくゆうの古い建物のように感じたが、内装は一転、壁は白くキレイなカフェスペースになっている。


 見方によってはだんご屋とは思えないだろう。


 お品書しながきは個人経営特有の簡素かんそな作りになっている。写真はなく文字だけだ。注文してみないとどうなのか判断できない。


 さけまんじゅう、ってなんだろうな。未成年で酒と名のついたモノを口に含むのはいけないことをしている気になりそうだ。


 甘酒あまざけなんかもそうだろう。


「なににします?」

「う〜ん、そうだな。焼きだんごにお茶かな」

「そうですね。酒まんじゅうはわたしたち、未成年なので食べれませんし」

「いや、ならそう書いてあるだろうから大丈夫じゃないか?」

「そうなんですね。それじゃ食べてみますか?」

「そうだな。どんな味かもわからないし、半分ずつにするか」

「はい」


 店員を呼び注文をする。


 焼きだんご2本にお茶を2つ、そして酒まんじゅう。


 お昼は別にろうと考えているため少なめだ。


 さしずめ、朝と昼の間に食べる間食といったところか。食べ過ぎは問題だが、少量なら大丈夫だろう。


 程なくして注文の品が配膳はいぜんされた。


 見た目、特に変わったところがなさそうだ。


 焼きだんごは程よいげ目にしょうゆで味付けされている。口の中でとける程に柔らかい。さすが専門店といったところだ。別にこれは想像どおりだから問題ない。


 問題は酒まんじゅうだろう。いったいどんな味がするのだろうか。


 食すべく目を向けると、さっきまで置いてあった場所にはすでにない。


 所在しょざいを確認すべく視線をさまよわせていると、光愛みなが手にしていた。


 半分ずつにと話していたのにかぶりついている。2つに割るものだと思っていたため驚愕きょうがくだ。


 ただ分けるつもりはあったらしく、残りを俺によこしてくる。美味びみらしく目を丸くし、なにか言っている。なにを言っているのかはわからない。


 なにも言わず、それを受け取る。


 光愛みなの食べかけ……これを俺は今から口にするのか。


 恋人同士とはいえためらいはあるも、光愛に気にする素振そぶりはみられない。むしろ、早く食べるようかす程だ。


 口にしたまんじゅうの妨害ぼうがいにより、はっきりとは聞こえないが、おそらくは「早く食べてください」とでも言っているのだろう。


 気にしてても仕方がないため、勢いをつけて口に含む。


 出来立てなのか、ほかほかで温かい。むしろ、熱いぐらいだ。


 モチモチで柔らかい。生地きじは白く、黒いあんこが入っている。


 食べてみて思う。


 名前をちゃんと認識していなかっただけで、過去に食べたことがある。


 よくあるだろ。ダイニングテーブルに置いてあり、おいしそうで食べるけど、ちゃんと名前まで把握していないってやつ。


 ただ今回は食感や味よりも、普段の食事では意識しないことを考えているため、特別な感情が芽生めばえてしまう。


 光愛を感じるわけもないのに、わずかにでもないかと探ってしまう。


 そうして食べ終えてみれば、さけっぽさもなく、当然とうぜんのように光愛っぽさもない。


 ただただおいしいまんじゅうだった。


「おいしいですね」

「……そうだな」


 いまだ気づいていないのか、光愛の笑顔は咲きほこっていた。


 気にするのもバカらしくなり、茶をすすり一息ひといきつく。

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