第21話

 借りてた浴衣ゆかたをお店に返し、次の場所に移動する。


 れない格好かっこうから開放され身軽みがるになった。


 よごしてはならないと気を張っていたこともあるだろう。


 まるでさっきまで水中すいちゅう歩行ほこうをしていいたのではないかとすら感じられる。


 そんな軽い足取あしどりで向かうは、最近はしたしみつつある場所だ。


 駅から数分のところにあり、バイト先でもある――メイド喫茶、ルル・アモーレ。略称はルルアモ。そこで俺は光愛に料理を振るう。


 許可は店長に取ってある。


「光愛、今日は俺のおごりだ。なんでも好きなの作ってやるぞ」

「ありがとうございます」


 ここで働くようになって知ったがメイド喫茶というのはいろんなお店がある。


 中でも俺が働くここ、ルルアモは料理がおいしいと評判で、メイドよりも舌を満たす目的で来る客すらいるぐらいだ。


 だからこそ、光愛がどんな料理を所望しょもうしてもこたえられる自信がある。


 さぁ、こい! この日の為に料理をしてきたんだ。


「それじゃ、ステーキが食べたいです」

「………………ステーキ?」

「はい! うなぎでもいいですよ。もちろん日本産です」

「………………うなぎ?」

「はい!」


 これはどうしたものか、メニューになくても材料があればと思ったが、店にあるのでどうにかなりそうにない。


 いっそのこと俺がこの店で料理を振る舞うよりも、近場ちかばのお店に行った方が早そうだ。


 だが、息巻いた手前、できないと言うのは気が引ける。


「お困りのようだね。純慶すみよしくん」

「……店長? どうしてここに?」

「ここは私の店だ。いるに決まってるだろ」


 そう言われても……寝泊ねとまりしてるわけじゃないし。まさかいるとは思わないだろ。


「それはそうと――」


 光愛に背を向け、店長とこそこそ話をする。


 期待にう自信がないことをさとられたくはない。


「まるでなんとかなるような口ぶりでしたが、そこんとこどうなんですか?」

「なーに、単純たんじゅんなことだ。こんなときのために準備してある」

「準備って……」


 店を貸して欲しいと言ったのはほんの数日前。そんな短い期間でできるものだろうか。そもそも光愛がなにを食べたがるかなんてわからないわけだし。


 なぞでしかない。


勘違かんちがいしてもらっちゃ困るが、準備っていうのは『あなたはステーキ派?それともうなぎ派?』というフェアのことで、近々それをやる予定だったんだ。だから材料はある。しかも、ステーキは焼くだけ、うなぎは温めるだけ」

「いつの間にそんな……どちらか片方にできなかったんですか?」

「どっちも食べたい!」

「あんたの趣向しゅこうかい!」

「だが実際、あのお嬢さんはどちらも食べたいのだろう? なら私の狙いは正しかったのさ」

「少数派だと思いますけどね」

「そう言うな。そのおかげで少年は彼女にいい顔ができるんだ」


 そう言われると弱い。


 まぁ、ステーキとうなぎを両方だなんて贅沢ぜいたく、無理だと言ってもいいレベルだと思うが? ……っていうか本当に贅沢だな、おい。


 安物やすものならともかく、それなりのだと、いったいいくらになるんだ?


 ……いったいいくらに……。


「いくらなんですか?」

4649よろしくで考えている」

「なんか注文しないといけない圧を感じる価格設定ですね」

「実際、注文しなければ全メイドから甲斐性かいしょうなしのレッテルを貼られ、ややかな視線を浴びることになる」

「なんかヤダ! そのフェア」

「というわけで、4649夜露死苦


 注文せねばならんらしい。


 もとよりそのつもりではある。


 店長に材料とレシピを教えてもらい調理にかかる。


 調理といっても店長が言っていた通り、下準備は済んでおり、あとは焼くなり温めるなりする程度。後はどんぶりに載せ、特製のタレをかければ完成だ。


 注文を申し出た光愛みな当人とうにんは、俺が期待にう料理を出せると確信しているのか、ご機嫌きげんな笑みを浮かべ、お気に入りだろう曲を口ずさみつつ大人しくイスに座って待っている。


 完成した品が目の前にある。


 4649円もするのか。いったい何食分の価値があるんだ? 計算するのも恐ろしい。


 配膳はいぜんする手が震えてしまう。


 ちなみに店長は邪魔じゃまをしてはいけないからと、早々に店から出て行った。


 またあの広場で酒でも飲んでいるのだろうか。


「待たせたな。さぁ食べてくれ」


 ステーキ&うなぎ。


 分量は価格に合わしているからそんなに多くはない。それでも安物よりかましだろう。


「うわー。ありがとうございます」


 口ずさむのを止め、愛嬌あいきょうある笑みを向けてくる。


「いただきます」


 割りばしを手に取り、食べんとする段で手を止め、首を傾げ、いぶかし気に問いかけてきた。


純慶すみよしさんは食べないんですか?」

「いや、俺は……」


 4649円もする高級品。そうそう食べれるものではない。


 食べてはみたい気はあるも、俺のふところでは……。


「思いのほか味つけがうまくいかなくてな。味見あじみするのにお腹いっぱいだ」

「……そうですか」

「ああ。だから遠慮えんりょせず食べてくれ」


 気落ちしたようにうつむいている。


 ステーキ&うなぎでなくても、なんでもいいから一緒に食べるように作った方がよかったかもしれない。


「純慶さん」

「ん?」

「取り皿を持って来てはくれませんか?」

「取り皿? いや、それは全部光愛が食べて……」

「ステーキとうなぎなんて一緒に食べたことありません。


 頼んではみたものの、正直あうのかどうか自信がないんです。


 だから純慶さんに最後の味見を、ステーキとうなぎがはたして合うものなのかどうかを試してはいただけませんか?」


 光愛にしては丁寧ていねいな口調に思わずドキリとしてしまう。


 なんだかなぁ、自分で頼んでおいて……いや、違う。これは光愛の厚意こういだ。


 人の厚意はこころよく受け取れ。それは親に教わったことで、受け取る側も、受け取られる側も、心地ここちよくしてくれる。


「わかった」


 快諾かいだくし、俺は光愛に取り皿を渡した。


 味見だというのに、ちょうど半分になるようよそっている。


 もうなにも言うまい。


 なにを言っても光愛の意向をくつがえせる気がしないし。たとえ覆せたとしても、いい気はしないだろう。


 できることがあるとすれば、笑顔でそれを受け取り、これからの人生でこの恩を返すことぐらいだろう。


 だからこそ受け取る価値がある。


 これからも一緒にいられるように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る