第19話

 神社のすぐ隣には大きな公園がある。


 遊具や広々とした芝生しばふだけでなく、球場や動物園まである。


 動物園は無料で入園でき、貧乏びんぼう学生にはありがたい。


 土曜日であり、一応は観光スポットであることから、駅前を離れたというのに、そこそこ人がいる。


 ただ、ごった返すという程でもなく、心地ここちよい人混ひとごみとでも言えばいいだろうか。


 人の目があるから変にからまれることもない。家族連れも多く、まさに休日の公園という光景が広がっている。


 休憩きゅうけいね、そこに立ち寄ることにした。


「こんなところあったんですね」

「知らなかったのか?」

「はい」


 これは僥倖ぎょうこう。家から駅前まで距離があるとはいえ、最寄り駅ではある。


 だから、この場所を知っていてもおかしくはないと思っていた。だが、光愛みなは知らなかった。


 知っている地でも楽しめはするだろうが、知らない地ならなお、楽しめるだろう。


 無難ぶなんすぎるかとも思ったが、そうでもなかったらしい。


 大きな木々きぎが立ち並び、緑豊かな公園。舗装ほそうされた道のわきにあるベンチで一休ひとやすみする。


 光愛を先に座らせ、俺は近くにある自動販売機で飲み物を購入し、光愛に渡した。


「ありがとうございます」


 光愛お気に入りの紙パックのいちごミルクが売っているのは調査済みだ。


 飲み物を選ぶのに悩まなくていいのは助かるも、毎回同じものでいいのかという疑問が同時に浮かぶ。


 日付が変われば問題ないかもしれないが、1日に2度も3度も、となると別のを飲みたいだろう。


 次からは希望きぼうく必要があるかもしれない。


 そんなことを紙パックのカフェオレを飲みつつ考える。


「今日はありがとうございます」


 一口すすってから切り出された言葉は平々へいへい凡々ぼんぼん。だけど、その表情は楽しそうだ。


 大したことはしておらず、まだ始まったばかりだというのに満足そうにしている。


「楽しめているようでよかった」


 たった一言で嬉しく思うあたり、単純だなと思う。いや、これは、俺がであって、光愛がというわけではない。


 どう言ったところで本心ではどう思っているのかはわからないし。ただ、そう思ってしまうと、まるで俺が光愛の言うことを信用していないようでならない。


 もちろん、信じてはいるが、慢心まんしんしないためにも思い上がらないようにはしよう。


「実はこれから動物園に行こうと思うんだが」

「動物園……⁉」

「ただ、この格好かっこうでというのもどうなんだろうと思ってな」

「わたし、行きたいです」

「そうか。なら行くか」

「はい! ……でも、その前に、さっき購入したおみくじを見てみましょう」

「そうだな」


 バスの整理券程の大きさのおみくじ。広げれば札程の大きさになるだろう。


 光愛はそれを――ビリッ! ビリビリ!


 不穏な音を響かせ盛大に破きなさった。


 光愛は手を止め、俺の顔をのぞいてくる。


 その様子から意図いとしたことではないとわかった。


「……純慶すみよしさん」


 困惑こんわくした表情を浮かべている。


 おみくじを破いたところでバチがあたるわけでもないだろうに。


 覗いてみると、すごい破け方をしている。


 まるで記載されていることに腹を立てたかのようだ。


 実際はそんなことはなく破き方が悪かったのだろう。


 いったいどうしたらこんなになるのか、皆目かいもく見当けんとうもつかない。隣で見ていたのにだ。


「そんな気にすることでもないだろ」

「……でも、運気が……」

「そんなのただの紙切れだ。それに運気なら俺のを分けてやる。まぁ事故で父親を亡くすようなやつの運気だけどな」

「そうですね。でも、そんなに悪い運気だとは思えません。そのおかげで、こうして、わたしたちが会えたんですから」


 複雑だ。父さんを亡くし、光愛と会う。


 しかも、亡くなったと思った父さんは光愛家の犬の中にいるわけだしな。


 会おうと思えば会えてしまう。


「それで? なにが書いてあったんだ? 破けてったって読めなくはないんだろう?」

「それはそうなんですが、言葉が硬くてよくわかりません。わかるのは「吉」であることと、いろいろと「いい」ということです」

「そうか」


 ブオォッ!


 呼応するかのように強風が吹いた。


 そして、粉々こなごなしたおみくじは風にあおられ、天高くちりぢりに飛んでいく。


 書いてあることなんか気にするな、と言わんばかりだ。


 俺たちは、ただただそれを見送ることしかできなかった。


 風のせいとはいえ、ポイ捨てとなんら変わりはない。


 本来なら拾うべきだろう。


 だが、それをする気にはなれない。


 過ぎた過去と決別するかのような気にさせられた。


「よし! そろそろ行くか」

「はい!」


 未来に向けての一歩を踏み出すかのように、次の目的地に向かうべく声をかける。


 飲み物の残骸ざんがいを園内にあるゴミ箱に、光愛のも含めた2パックを捨て、移動していく。


 ゴミ箱の中に先ほど飛ばされたはずのおみくじの一部がある。


 ふとした時に過去を思い出してしまう。そう訴えかけているように感じられた。

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