第9話

 私、園田そのだ結愛ゆあは、妹の光愛みなの誘いでメイド喫茶にやってきている。彼氏が働いているから様子を見に行きたい、という妄言もうげんつきだ。


 きっと、光愛のことだから、実際は違うのに、付き合っていると勘違いしてるのに違いない。


 その証拠しょうこに、おろらくは彼だろう人物に声を掛けるも、軽くあしらわれていた。


 その妄言ついでに――


 ――なんか光愛がおかしなことを言いだした。


 飲食店に入って注文をしない、なんて選択肢あるわけないのに。変なことをのたまう我が妹を放って、私は注文を決めるべくメニュー表に目を通す。


 すると、あるではないか、注文しなくてもいいメニューが。厳密げんみつには当日、注文する必要がない事前予約のコース料理が。


 だけど、おかしい。光愛から予約した話は聞いていないし、なにより来店時にそのことメイドさんに伝えていない。


 注文をしないにしても、最低限、それはしないと通じないはず。ならばどうして?


 ……は! そうか。


 このお店は光愛の彼氏が働いている。さっき、声を掛けたのは来たことを彼氏に知らせるため。


 なら、あれでもう、話は通じているはず。なるほど、注文しなくいいはずだ。


 得心とくしんした私は光愛に言われた通り待つことにする。




「光愛が注文しない、ですか?」

「ええ、純慶くんに話は通ってるはず、って。なにか聞いてる?」

「いえ、なにも。俺、行きましょうか?」

「お願いできる?」


 先輩メイドに言われ、話を聞きに向かう。


 突然とつぜん、来店してきた光愛。お店に来たのに注文しないとはどういうことだ?


 来店からすでに30分は経っているというのに。


「純慶さん」

「まだ注文、決まらないのか?」

「純慶さんがなにか準備してくれてるんじゃないんですか?」

「私は事前予約のコース料理だとばかり」

「どっちでもないから注文、決めてくれ」

「それじゃ、さっきの待てのポーズはなんだったんですか?」

「待てのポーズ?」

「純慶さんに手を振った時にしていたじゃないですか?」

「いや、あれは、ただ手を振り返しただけなんだが」

「そうだったんですね」

「そういうわけだから……俺はもう行くぞ」


 後の対応はメイドに任せ、俺はキッチン業務に戻る。そのタイミングで、今日、出勤のメイドが1人やってきた。


 このお店にはスタッフ用の出入り口は存在せず、客と同じところから出入りする。


 そこからスタッフオンリーのエリアに行くには客がいるホールを突っ切るしかない。


 そうして突っ切ってきたのは、宮中みやなか沙也花さやかだ。




「ちょっと! どうして光愛がいるのよ」


 客からは見えないキッチンで、どういうわけか、俺は宮中に詰め寄られている。


 仕事の邪魔じゃまをしないよう配慮はいりょしてくれているようで、業務を行いながらの応対おうたいゆうに可能だ。


 先ほど、光愛らから注文が入ったオムライスを調理しながら応対する。


「そう言われてもなぁ。俺も来るとは聞かされてないし」

「言ったの? 私がここで働いていること」

「言うわけないだろ」

「まぁ、確かに。もし知ってて来たのなら、さっき横を通った際になにか言ってくるはずだし。……いや、そうやって油断ゆだんさせて……いや、ありえない。光愛なら気づいた時点で、きっと……」


 なにやら、ぶつぶつと、要領ようりょうないひとごとつぶやいている。物理的に邪魔にならないとはいえ、まったく邪魔にならないわけではない。なんかこう、精神的にくるものがある。


 宮中がメイド喫茶で働いていることがバレそうになっているのは、俺がここで働いているからであり、それを光愛に話したからだ。来店したのは確実に俺のせい。無視できない。


 バレないよう協力したいところではあるも、具体的な策はない。むしろ、下手に隠そうとせず、メイド喫茶におけるいつもの宮中でいた方がバレないのではないだろうか。学校の時とキャラが変わるし。


「そうこうしているうちに、勤務開始の時間になるぞ」

「え、え、え! えぇ~。どうしよう。どうすればいい?」


 調理を終えたオムライスをメイドにパスし、一息ひといきついたタイミングで宮中をかす言葉をかける。すると顔を真っ青にし、狼狽ろうばいする姿を見せた。


 心の底から嫌がっているようだ。


「どうしようもないんじゃないか?」

「ガァァァアアアッ!」


 壊れた。完全に壊れた。凶悪な怪人かいじんのような奇声きせいをあげている。


「ちゃんと考えてよ!」


 その意見はもっともではあるも、どうしようもない。出来ることがあるとすれば、せいぜいバレないことを祈るのみ。


 そうやって騒いでいたがゆえに、奥で事務仕事をしていた店長がやってきた。来て早々、宮中の肩をつかみ、そして、なにかを掲げる。


「……店長……」


 店長が軽くうなずき、抱き合う2人。心なしか、その瞳には涙が浮かんでいた。


 メイド服に着替え終えた宮中――うどんは、店長から差し出された被り物を被って、光愛含む客がいるホールへと向かった。


 先ほどの狼狽ろうばいが嘘のように落ち着いており、その様子にほっと胸をで下ろすも、その姿は決して安心できるものではない。

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