第4話

 彼女は鈴の音と共に現れる。音が鳴るのは出入り口の扉に鈴が付いているせいだ。


「お疲れ様です」

「お疲れ、うどんちゃん。こちらは今日からキッチンに入ってくれる」

「え?」「ん?」

「……そういえば、まだ名前を――」

白木しらきくん?」「宮中みやなかさん?」


 本日のメイドとして現れたのは、クラスメイトで委員長の宮中みやなか沙也加さやかだった。学校が休みであることから私服姿だ。


 白いワンピースという清楚せいそな服装をしている。見慣れない格好かっこうであるも、三編みつあみにメガネで、顔の輪郭りんかくからしても間違いない。


 真面目で成績優秀なことから、まるで女医が白衣を着ているかのようだ。よく似合っている。


「……どうして、ここに?」

「バイト先を探してたら、店長にってな。働かせてもらえることになった。にしても、宮中がメイドか……驚いた」


 言い終わるのが早いか、宮中は俺の腕を引っ張り、奥にあるスタッフルームに連れてかれる。


 そこにはイスやテーブル、メイド服などがある。メイド服は白と黒のみでシンプルなデザインだ。本当にメイド喫茶なんだな。


 そんな呑気のんきなことを考えても宮中の勢いは止まらない。


 壁に追い込まれ、すごい剣幕けんまくられる。両サイドは宮中の腕によりふさがられ、逃げられない。加えて、吐息といきがかかるほど近くに顔があるもんだから、たじたじになってしまう。


「このこと、絶対! 誰にも言わないでね!」

「ああ、わかった。わかったから落ち着け」


 困惑こんわく焦燥しょうそう懇願こんがんとが合わさり、お願いされているのか、脅迫きょうはくされているのかわからない。


「クラス委員の私がメイド喫茶でバイトしてるなんて知られたら……特に光愛みなはダメ。バレたらなんて言われるかわかったもんじゃない」

「気にすることないと思うけどな」

「そんなことないよ。いい? ゼッタイ、に! 誰にも言わないでよね。わかった?」

「わかったから離れてくれ」


 近すぎる距離に気づいてくれたのか、後退してくれた。両サイドの腕も解かれ、自由の身となる。ほっと一安心だ。


 対して宮中は頬を赤らめ、自身の行いを恥じているようだ。


「ごめんね。取り乱しちゃって」

「いや……そういや、うどん、好きなのか?」

「……そうだけど、なんで?」

「さっき、店長にそう呼ばれてたから。あれだろ? ここでの名前だろ」

「そう。っていうか、着替えるから出ていってくれない?」

「ああ、わるい」


 ここにいるのは、連れてこられ、詰められてたせいなんだけどな。


 もやもやしつつも出ていこうとする。だが、新たなメイドが入って来た。


「お疲れ様ですぅ〜」


 歳は大学生だろう。間延びしたふわふわボイスを奏で、また見た目もふわふわしている。目は細く、今にも寝てしまいそう。髪は胸まで伸び、ウェーブがかかっている。


「うどんちゃん、今日はよろしくねぇ〜」

「まなさん。はい、よろしくお願いします」

「今日は新しい子、来てるんだぁ〜。よろしくねぇ〜」

「よろしくお願いします」

「よいしょっとぉ〜」


 まなさんはテーブルに女性らしい小さいバックを置いてから――


 ――服を脱ぎだした。


 下着姿になるも、宮中が壁になっているため、よく見えない。いや、決して見たいわけではないが。


「ちょっと! まなさん! 白木くん――男の子いるから」

「そうかぁ〜。男の子かぁ〜」


 宮中に指摘されるも、気にする様子もなく、着替えを続ける。


「見たい?」

「ダメですって! 白木くんもボーッとしてないで外でてって」

「おう」


 宮中に押され、部屋を追い出される。


 仕方なし、というわけではないが、店長の元に戻ることにした。


「まさか、うどんちゃんと知り合いだったとはな」

「俺も驚きです。委員長が――宮中がメイド喫茶でバイトしているなんて」

「委員長か……言われてみればピッタリだな」

「そういえば、店長のここでの名前はなんて言うんですか?」

「えだまめ、だ」


 ピッタリだと思ったが、それは言わないでおいた。


 それから開店準備を進め、改めてスタッフに挨拶をしたら、開店時間となった。


 俺は店長の指示の下、キッチン業務を行う。


 キッチンは黒いTシャツを着て、メイドは丈の短い黒いスカートに白いエプロンを付けている。白と黒のみのシンプルなデザインだ。


 キッチンの俺は当然、黒いTシャツを着て、女子2人はメイド服を着ている。店長は俺と同じで黒いTシャツだ。


 店長はカウンターから指示を出している。


 時間帯やメイドの人数によってはキッチンがカウンター業務も行う。今日は店長がやってくれているため、俺はキッチン業務に専念できる。


「おかえりなさいませ」


 入店時の挨拶あいさつを聞くと、本当にここはメイド喫茶なんだと感じられる。


 それにしても驚くべきことがある。それは……。


「久しぶり〜。今日、暑くなかった? 大丈夫?」

「うどんちゃん、久しぶり。最近、暑いよね」

「ね〜。席どこにする? カウンター空いてますよ?」


 うどんこと宮中みやなか沙也加さやかが、委員長というお硬い印象を一切与えない明るい接客をみせている。メイド服を着るとスイッチが入るのだろうか。


 また、それは宮中だけに留まらず、えだまめ店長もだった。うどんの案内でご主人様がカウンターに席を落ち着けたタイミングで動きだす。


「前から失礼します。メニューとお冷です」


 真昼間まっぴるまから酒を飲んで酔っ払っていたとは思えない。丁寧ていねいな接客をみせている。


 開店前の2人を思うと、まるで別人。メイド喫茶というのは人格を変える異空間なのだろうか、唯一ゆいいつ変化のないまなさんがいなければ、調子に乗って俺まで人格を変えてしまいそうだ。


「すみよしく~ん、どうしたのぉ〜? 疲れちゃったぁ〜?」

「いえ、大丈夫です」


 頭を抱える俺のことを心配してくれたまなさんが声を掛けてくれた。俺は心配させまいと精一杯の笑顔を作って答える。


「疲れたらいつでも言ってねぇ〜。合間あいまみてやしに来るからぁ~」


 嬉しい言葉をかけられ、疲れが一気に癒えていった。メイド服の格好かっこうをしていることもあり、心を癒やす天使に見える。


「ありがとうございます。おかげで元気でました」

「そう? なら、よかったぁ~」


 間延まのびする声はキレイでいつまでも聴いていられそう。歌姫うたひめという言葉でも足りなさそうなぐらいだ。


 ふと、光愛のピアノの演奏えんそうと合わせたらどうなるだろうと考えてしまう。光愛の演奏は再会してから、まだ聴いたことはないけれど。


 それから俺は、事前に言われていた通り9時まで業務を行った。


 慣れない場所、慣れない仕事、ではあったが、えだまめ店長のフォローや、まなさんの癒やし、うどんの存在に助けられ、疲労ひろうはあるも充実した時間を過ごせた。

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