第5話

「と、いうわけで、メイド喫茶で働くことになった」

「言ってる意味がわかりません」


 1学期の期末テストを終え、結果も返却され、終業式までの、正直よくわからない期間。


 それでも学校におもむき、課せられた課題に取り組む。内容は主要3教科を中心となっている。漢字やら、英単語やら、計算問題やらの、地味な基盤きばんづくり。


 課題となるプリントは配布されるのだが、自習時間と変わらない。


 監督かんとくとなるはずの教師はいない。正確にはプリントを配布したら去ってしまう。


 そんな無法地帯ゆえに、自習時間ならぬ、自由時間と化し、教室内は喧騒けんそうに包まれている。


 夏休み直前ということもあり尚更なおさらだ。俺や光愛みなは会話しようとも注目の的なんてことにはならない。


「どうしてメイド喫茶なんですか⁉ これから補習で忙しくなるというのに」


 光愛はほとんどの科目で赤点をとり、補習対象となってしまった。


 この前の休みはその関係で光愛は学校に呼び出されていた。そういった関係があり、俺は1人でバイト先を選んでいたのだ。


 なにごともなく、バイト先が決まったかと思ったが、まさか光愛に反対されるとは……。


「まぁ、いいじゃないか。人手不足で困ってるみたいだったし」

「だとしてもです」


 どうにか説得せっとくこころみるも、そううまくはいかないようだ。光愛は不服そうに机を叩き、抗議こうぎしてくる。


「あんたねぇ。そもそもなんで赤点補習受けることになってるの。中間では数学以外、大丈夫だったのに」


 おかんむりな光愛をカナメがなだめようとしてくれる。


 カナメは光愛の親友で、俺が転校してきた時点で仲が良かった。後ろの髪を一箇所にむすぶポニーテールが特徴だ。運動全般が得意で、陸上部でありながら、元水泳部の俺と水泳対決でいい勝負をしたのは記憶に新しい。


「しょうがないじゃん」


 言い切ってはいるが理由が全然伝わってこない。


「いや、なにが?」


 同じことをカナメも感じていたのだろう。疑問を口にした。


「いろいろと、あれがあれで……と、に、か、く! しょうがないの!」


 特に理由はなさそうだ。


 カナメは遠慮えんりょの全くない深い溜息をき、ジト目で光愛を見る。


 あきれてものも言えないという思いをひしひしと感じる。ノートを貸したことを思うと居たたまれない。これではまるでカナメのノートが、努力が、まるで無意味だったように感じる。


 まぁ、そのノートを作成した当の本人は赤点をまぬがれたわけだから、本来の目的は達せられてはいるのだろう。


「まぁ、人の事をとやかく言うつもりはないけど。補習、頑張ってね」

「え~、加奈愛かなめちゃんも手伝ってよ~」

「イヤよ。なんのために試験を頑張ってると思ってるの」

「そんな~」


 机に項垂うなだれ、残念そうにしている。それもそのはず。


 うちの学校は赤点を取っても、補習さえ受ければ進級・進学できる。とはいえ、その肝心の補習は膨大で、普通に試験勉強してた方が楽なのではないかと思う。


 夏休み中に補習授業を受けるのはもちろん。教科ごとにA4サイズで30枚(両面印刷)を休み中にやるようにと渡される。正直、見るだけで嫌になる。


 こんなのを去年、やりげたのか思うと素直に感心する。


 これ見よがしに教師が教室にこれを持ってきたときは、赤点なんか取るんじゃないぞ、という圧がすごかった。


 それでもお構いなしに赤点を取れるあたり、逆に光愛は大物ではないだろうか。


「いいもん。純慶すみよしさんが手伝ってくれるから」

「まぁ、愛春あいは慶太けいたが一緒でもいいならいいぞ」

「やった」

「あんたそれでもいいの? 小学生や保育園児の前で補習課題をやるってことだよ。恥ずかしくない?」

「大丈夫だよ。傍から見たら、夏休みなのに勉強頑張ってるお姉さんだから」

「そういうところはちゃっかりしてるのよね」

「というわけで、よろしくお願いします。純慶さん」

「おう」

「……じゃ、なくて! メイド喫茶ですよ。メイド喫茶!」


 うまく流せたかと思ったのだが、そううまくいかなかった。


「こうなったら、わたしも、メイド喫茶で働くしかありませんね」

『え!?』

「なんですか、2人して」

「とりあえず、店は燃やさないでね。いや、お皿を割るのも……えっと、グラスならいいってわけじゃないからね」

「店長に土下座どげざする練習しておいた方が良さそうだな」

「どういう意味?」

『そんまんま』

「んな!?」


 うめき声をあげ、言葉にならないという様子だ。


 個人的には光愛みながなにかやらかす心配よりも、宮中みやなかの秘密がバレてしまうことの方が問題なのだが。


 下手に反対すると、それはそれで怪しまれそうだ。変な話だが、採用されないことをいのろう。

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