第6話

光愛みな、いい加減その髪色、やめなよ」

「え~、なんで? かわいいじゃん」

「いや、変だから」


 わたし、園田そのだ光愛みなが自宅のリビングにあるソファでくつろいでいると、おもむろに姉の結愛ゆあがわたしのピンク色の髪を否定してきました。


 髪を染めた当時はなにも言っていなかったのに。


「別にいいじゃん。学校でも、バイト先でも、禁止じゃないし」

「禁止してる、してないの問題じゃ……ていうか、あんた、バイトやってたの?」

「こ、これからやるんだよ」

「ちなみにどこで?」

「……メイド喫茶」


 採用試験を受けるのはこれからで、まだ働いてないけど。まぁ、バレないでしょ。


「メイド喫茶って……大丈夫なの? それ」

「大丈夫だよ」

「いかがわしいお店じゃないでしょうね」

「違うよ。単なる飲食店」

「あーんサービスがあったりとかは?」

「ないよ」

「もえもえキュンなおまじないは?」

「ないよ」

「……じゃあなんならあるの?」

「……食べ物、飲み物。……メイド服を来た店員」

「それって、ただ単にメイド服を着た店員がいる飲食店じゃない?」

「そんなことないよ」

「あんた、本当にそこで働いてるの?」

「………………」


 おかしいなぁ。バレそうだよ。


 ていうか、わたしよりもお姉ちゃんの方がメイド喫茶に詳しくない?


 あーんサービスとか、もえもえキュンとか。普通は知ってるもんなの?


 咄嗟とっさ純慶すみよしさんがサービスを受けてる姿を想像して否定しちゃったけど、あのメイド喫茶はどうなんだろう。


 見ず知らずの女にあーんされてたり、メイドさんのもえもえな姿にきゅんきゅん見惚みとれたりしているのは耐えられないものがある。


 実は裏でそんなことになっているのだろうか。そう考えると居ても立っても居られないけど、どうしようもない。


「それじゃあさ、光愛。試しにやってみせてよ」

「え~、恥ずかしいよ」

「いいじゃない。減るもんじゃないし」


 お姉ちゃんはまだ疑っているようで、証拠しょうこつかもうとしてくる。


 これではボロがでるのは時間の問題。さっきのはすでにボロではないのかと言われれば否定はできないけど。


 それでもこれ以上はマズい。だけど、どうしよう。どうやって誤魔化ごまかそう。


「ほら、立って、もてなして」


 クッ! お姉ちゃんめ。引かせてくれそうにない。ならば、やってやろうじゃない。


「なら、いったん部屋から出て。扉を開いて来店するところからしてよ。そしたらやってもいいよ」

「わかったわよ」


 開け放たれていた扉を閉めながら部屋の外に出て行くお姉ちゃん。


 即座に扉を開いて来店――


「ちょっと待って! まだ心の準備ができてない」

「……そんなお店ある?」

「いいからやり直し! ノックから!」

「なおないわ! 面接か⁉」

「いいから、ノックして!」

「……はいはい」


 あきれ声で返事をしつつ、言った通りにしてくれる。その間に、息を整え、気持ちを切り替えて。


 いざ! 接客!


 コンコン、ガチャリ!


「いらっしゃいませ」

「………………」


 なんでしょう、この空気。そして、変わり者を見るような冷たい目は。


 まるで、わたしがなにかやらかしているとでも言わんばかり。


 いや、違う。これはあれか。思っていたより、よくできてた?


 よく出来すぎてて驚いているだけ。そうに違いない。


 気を取り直し、喫茶店で行うもてなしをする。


「お席にご案内します」


 なにも変なところがないはずなのに、空気が重い。


「こちらの席へどうぞ。ただいま、メニューとお冷をお持ちします」


 そして、そのまま面倒なので――


「メニューとお冷です」


 ――エアーでメニューとお冷を置く。


 これでいいはず。できることはやった。やりきったことによる安心感からほっと息を吐く。


 ただ、お姉ちゃんは変わらず神妙しんみょうで、思うところがあるも言えないという様子。


 そうして、口を吐いて出た言葉は、


「……おすすめは?」

「……おすすめ?」

「なにかあるでしょ。オムライスとか、オムライスとか、オムライスとか」

「なんでオムライス⁉」


 喫茶店でオムライスをおすすめするのはよくあることなんでしょうか?


 まぁ定番のメニューであることには間違いないでしょう。でも、そんな常識と言わんばかりに……あ!


「光愛、本当はまだ働いたことないでしょ」

「あ~。……バレた?」

「バレるわよ、そりゃ。まぁ別に、光愛がメイド喫茶で働いていようがいなかろうがどうでもいいけど。……でもとりあえず、言わせて。「いらっしゃいませ」じゃなくて「おかえりなさいませ」メイド喫茶で「オムライス」は定番で、ケチャップでお絵描きする」

「え? なんで「おかえりまさいませ」? メイド喫茶は家じゃないよ。それにお絵描きって言われても……わたし、別に絵うまくないよ」

「そういうものなの」


 よくわからないけど、とりあえず言えることは、お姉ちゃんはメイド喫茶に詳しい。お姉ちゃんこそ、働くべきではないだろうか。


 それからメイド喫茶とは何たるかを延々と聞かされる羽目になった。


 おかげで詳しくなれた気がする。だけど、わたしの頭でどれだけ理解できたのかわからない。




「それでは始めようか」

「はい。よろしくお願いします」


 わたし、園田そのだ光愛みな純慶すみよしさんがメイド喫茶でバイトするという話を聞き、わたしも同じところでバイトすることにしました。


 今日はそのための第一歩、面接です。


 この前、お姉ちゃんにメイド喫茶とはなんたるかを聞かされたので無敵です。


「まずは無難なところから、志望動機から聞こうか。なに、これで採用するかを決めることはないから正直に答えてもらって構わない」


 こういうのって、言われた通り、正直に答えていいものなんでしょうか?


 否。


 絶対にそんなことありません。不採用の理由を言われるわけではない以上、信じてはいけません。


 間違っても、純慶さんのことを話してはいけません。


 そうですね。ここは無難に、向上心があるところをみせましょう。


「世界を征服するためです!」

「……? ……世界を……征服……?」

「はい!」


 いまいち思いが伝わっていないようですね。規模が大きすぎたのでしょうか。


 マズイですね。不穏な空気が漂います。


「接客の経験はあるのかな?」

「はい! まったくありません。したいとも思いません」


 この前、お姉ちゃんに対してやってみたけど、わたしには合わないとわかりました。自分のことを知るいい機会となったので、無駄ではなかったようです。


 ただ不思議ですね。この子、なにしにここに来たの? 店長だろう人がそんな顔をしてます。


 まぁ、確かに、世界征服をしようというのに、接客の経験がないのはマズイかもしれません。交渉力に問題があると思われてもしょうがないでしょう。


 いや、でも、これから身につけようと言ってるわけで、向上心があることはアピールできてるはず。


「……うむ……」

「大丈夫ですか? 突然、頭抱えて」

「大丈夫だ。問題ない」

「そうですよね。これから征服されようとしてるわけですし。不安ですよね」

「……うむ……」


 不穏な空気かわらず。このままではマズイとはわかりますが、具体的にどうすればいいのかわかりません。


「ちなみに、なにかのキャラになりきってたりとかは……」

「ありません!」

「……ない、かー」

「はい!」


 嘘でもある、と言ったほうがよかったのでしょうか?


 いや、でも、これからお世話になるのに嘘はよくありません。


 具体的なキャラがあるわけではなく、向上心ある人を装ってるわけですし。


「採用するって決まったわけではないが、いつから出れそうかな?」

「補習があるので、しばらく来れません」

「今日はお疲れ様でした。結果は追って連絡します」

「はい! ありがとうございました」


 どうなるかと思いましたが、無事に終えることができました。


 すぐに結果を知ることができないのは残念ですが、まぁいいでしょう。


 結果が楽しみです。

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