第7話

 テスト期間後の登校。さらに、終業式も終えたことから、本格的な夏休みが始まった。その間、光愛みなはメイド喫茶の採用面接を受けたのだが、あっけなく落とされた。


「どうしてダメなんですかね」

「さぁな」


 現在、約束通り、俺の家で光愛は補習課題に取り組んでいる。


 リビングのちゃぶ台に頬をつけながら不満そうにしている光愛。勉強道具を広げてはいるものの、進んでいる様子はない。


「光愛お姉ちゃん、元気だして」


 愛春あいはは光愛の隣に優しく寄り添い、元気づけようとしている。


 落ち込んでいることを理解しているようだが、なぜ落ち込んでいるのかを理解できているのだろうか。


「愛春ちゃん……ありがとう。そうだよね。いつまでも落ち込んでもいられないよね」


 空元気ではあるも、それでも元気に振る舞おうとしている。どんな状況であれ、頑張ってお姉さんしようとしているのは光愛らしい。


「学校のテストだけがすべてじゃないよ」


 愛春の発言にどう反応したものか。


 光愛が落ち込んでいるのはメイド喫茶の採用面接に落とされたからだが、愛春はテストの結果が悪かったからだと思っているようだ。


「えっと……テスト? どうして愛春ちゃんはテストの話をしているのかな?」

「だって、光愛お姉ちゃん、いつもは勉強してないのに、夏休みに入ったら、勉強しだして……課題、いっぱいなんだよね」

「えっと……これは……夏休みの……宿題だよ!」

「そうなの?」

「そう、ですよね! 純慶すみよしさん!」

「ああ、そうだな」

「だけど、お兄ちゃんは勉強道具だしてないよ」

「兄ちゃんはもう終わったんだよ」


 すかさず俺はフォローする。嘘も方便ほうべんというし、まぁいいだろう。


「そうなんだ。じゃあ、光愛お姉ちゃんは勉強ができなくて、課題をだされたわけじゃないんだね。お兄ちゃん達が通ってる学校、勉強できないとたっくさん課題だされるって聞いてたから愛春、勘違いしちゃったよ」


 まったく勘違いなんかではない。


 そういえば前に俺らが通っている学校について知ってる口ぶりだった。あのときは出席すればという認識であったが、その情報は更新されたのだろうか。


 補修課題が多いことを知っているようだ。どういったルートでその情報を仕入れているのかまではわからないが。


 まさか光愛が自分で話したわけではないだろう。


「へ〜、愛春ちゃん、詳しいね」

「愛春の友達のお姉ちゃんがお兄ちゃん達の学校に通ってるんだ」

「そうか、だから詳しいんだ」

「だけど光愛お姉ちゃんじゃなかったんだね。疑ってごめんなさい」

「いいんですわよ。気にする必要ございませんもの」

「よかった〜。それにしても、光愛お姉ちゃん、汗すごくない」

「そんなことありませんわ。気のせいでござんしょ」

「そう? なんか聞き慣れない言葉まで使ってるし。本当に大丈夫?」

「あれですわ? テストで疲れたからでごわす。補修受けないように頑張ったからざんす」


 もうお前、誰だよ。


「そっか〜。なら、愛春がいいこいいこしてあげるね」


 そういって、光愛の頭に手を載せ、で始める愛春。撫でられている光愛の汗は引く気配はなく、顔を引きつらせており、真っ青だ。


 すぐにでもこの場から立ち去りたいのだろうけれど、それをしては不審に思われてしまうためできないのだろう。


 そんな光愛の心境を知るよしもなく、愛春は無邪気むじゃきに、光愛を見習うべく自身も勉強道具を広げる。


「愛春も、大統領になるために頑張らないと」


 忘れかけていたことだけれど、愛春は園田家そのだけに赴いた際、光愛母と対談したことを機に大統領になることを将来の夢としている。


 帰り道で日本に大統領は存在しないことは話したのだが、愛春はとにかく偉い人のことだと言って聞く耳を持たなかった。


 兄としてはそういう周りからバカにされそうな発言はしてほしくないのだが。学校ではしていないことを願うばかりだ。


 愛春が夏休みの宿題に取り掛かる、と同時に光愛はほっと胸を撫で下ろした。


「みなおねえちゃん、わるいこなの?」


 安心できるかと思いきや、追撃がきた。その人物は今まで黙って光愛と愛春のやり取りを見ていた俺の弟の慶太けいただ。


 空気を読んで黙ってくれればいいのに。


 言葉を受けた光愛は硬直。俺は慌ててフォローしにかかる。


「慶太、光愛は悪い子じゃなくて。勉強をしなかっただけだぞ」

「フォローとみせかけての補足説明ですよ、純慶さん。そして否定できない」

「やっぱり、光愛お姉ちゃんがやってるのは補習課題なんだ」

「そして、愛春ちゃんに事実がバレましたよ。どうするんですか?」

「正解。よくわかったな、愛春」

「まぁね」

釈然しゃくぜんとしない」

「けいたも、べんきょうする」


 いい感じに光愛の嘘がバレ、一件落着といったところか。


 勉強の空気感にあてられたのか、慶太は興味深そうにちゃぶ台上を覗いてくる。俺は慶太のためにそれっぽい教材を渡してやった。


 それは駅前にある百円ショップでたまたま見かけた物で、リンゴはいくつか、さつまいもはいくつか。といった数について学べる代物だ。


 テレビゲームをやってばかりではよくないと思い、タイミングを見計らって渡そうと買っておいたのだ。


 高校生の俺が解けなければ恥ずかしい問題ばかりが並んでいる。問題文をよく読んでみると、幼い頃の記憶を思い出す。あの頃は特別、勉強時間を設けなくても解けてたな。


 高校で学んでいる内容は偏差値が低いところであっても、そう簡単ではない。勉強しなければ光愛のように補習課題をやる羽目になる。


 厳しいところなら追試すらなく赤点なら即、落第らくだい――進級や卒業ができない。


 それを思うと課題さえやればいいのだから、うちの学校はまだ良心的だろう。


「……学校を燃やせば、課題どころではなくなるはず」


 受ける側が良心のままでいられるかはまた別の話だが。


「そんなことしても、なんの解決にもならないだろ」

「うぅ……」

「大丈夫だよ。愛春が学校の制度を変えるから」


 大きくでたな。さすが、将来の夢が大統領なだけある。


「愛春ちゃん……待ってるね」

「うん」


 待たんでいい。


 平穏なのか、不穏なのか、よくわからんな。

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