第3話
酔っ払った女性の言う通りに道を進んでいくと、お店に到着した。お店は居酒屋の2階にあり、建物と建物の間の狭い道に出入り口がある。
建物の前に着いた時、1階が彼女のお店かと思ったが、違った。中に入るとL字型の階段がある。入ってすぐだと壁しか見えず、先がどうなっているのかわからない。
道は狭く、手すりすらない。バリアフリーとは
「ここまででいい。ありがとう。助かったよ、少年」
階段を上る前に、女性は
内装は喫茶店に近い。テーブルやイスが並べられ、落ち着いた雰囲気がある。だが、カウンターには数えるのも嫌になるほど多くの酒瓶が並べられていた。
喫茶店であると同時に、居酒屋でもあるようだ。
「そこの丸いテーブルのところに座ってくれ」
言われた通り、俺は腰を据える。女性はカウンター奥にある
それから俺にも水を持ってきてくれた。メニューも一緒だ。心なしか、先ほどより足取りがしっかりとしているように感じられる。
「お礼になにか食べていくか?」
「いえ、結構です」
酔っ払いに料理をさせるなんて不安しかない。下手したら光愛以上だぞ。
以前、光愛には料理をお願いしたことがあるが、換気扇は回さない、猫の手は忘れる、スマホでレシピを見ながら。と、不安要素全開だった。
この女性は料理しなれているだろうから、光愛のようにはならないだろう。だが、無意味にしてもらう必要はない。お腹が空いているわけではないしな。
「それじゃあ、さっそくだけど、始めようか」
どこからともなく取り出したノートパソコンを開き、話を切り出してくる。先程の酔っ払った姿が嘘のように真剣な眼差しだ。それはまさに、仕事人間とでも言えばいいのだろうか。
まだ社会に出ていないため、わかるはずもないのに、それでも感じるものがある程、熱心さが伝わってくる。ここにいることが場違いな気がして、緊張が走る。
「まず、私はこのお店の店長を勤めている、えだまめだ。えだまめ、といのはこのお店での名前で本名ではない」
酒のつまみを自身の名前にするなんて、よっぽど好きなんだな。
「そう硬くならないで。あたり触りないことしか訊かないから」
「はい……」
「まずは、そうだな。……歳は、いくつ?」
「高校2年生……17歳です」
年齢を訊かれているのに、高校生であることを言ってしまい、慌てて本来の答えを言う。
「高校生ね」
「ダメですか?」
高校生の募集はしていないのかと焦るも、思い過ごしだったようだ。
「いや、全然。親や学校の許可は?」
「もちろん、取ってます。……けど、ここって、どんなお店ですか?」
「あぁ〜、ごめん。先に話すべきだったね」
手の
そう思える。別に自分のしたことがなかったことになるわけではないけど、ほっとしてしまう。より立場が上の人なら
ただ、考えてみれば本来は求人票を見てから応募。それから面接なわけだから、彼女が失念しても仕方がないかもしれない。
おかしいのは本来のルートで応募をしない俺の方だ。
「メイド喫茶なの」
「……は?」
「ここはメイド喫茶ルル・アモーレ。通称、ルルアモ。メイド喫茶というのはおかえりなさいませ、ご主人様。ってやつ。聞いたことぐらいはあるでしょ」
そうあって欲しいとばかりに言ってくる。そう言われてしまっては聞いたことないとは言えないよな。
「聞いたことはありますけど……俺、働けるんですか? 男ですよ?」
「キッチンならね。……嫌?」
「いえ、ただお店に入るのは初めてで。こんな感じなんですね」
「まぁ、お店によるかな。カウンターしか席がないとこ、ライブをやるとこ、時間に応じてお金がかかるとこ」
「……ここは?」
「今言ったことはどれもない。他のとこに比べれば安く利用できる。その分、スタッフの給料も安いけどね。比べてみると面白いよ」
「……そうですか」
比べてみると、の部分が俺をこの世界に引き込もうという思いが透けて見え
「やめとく? お金を稼ぎたいだけなら他にいっぱいあると思うよ」
「いえ、大丈夫です。困ってるとわかってて引けません」
「お人好しだねぇ。なんか悪いことしたかな」
「気にしないでください。早くバイト先を決めたいですし」
「ふ〜ん。なんでバイトを? お小遣い稼ぎ?」
「それもありますけど、うち、片親で。少しでも家計を助けたくて。妹や弟はまだ小さいですし。すみません、こんな話」
「気に入った」
「え?」
イスから立ち上がり、前かがみになって両掌で俺の手を握りしめてくる。柔らかく、すべすべな手に包まれる。突然の動きに驚きだ。好意的なのは嬉しいが。
「大した足しにならないかもだけど、うちで働きな」
「ありがとうございます」
「それで、料理の経験は?」
「軽いものなら小学生から。最近は家庭の事情でほぼ毎日」
「なるほどね。じゃあ、早速、作ってみてくれる?」
そこからは早い。完全に酔いは
レシピを渡され、材料や調理器具の場所を教えられ、主要メニューをいくつか作った。
「よし、合格。しばらくは研修ということで私と一緒に入ってもらうから。どのくらいシフトに入れそう?」
「土日祝日のみになりそうですが、大丈夫ですか?」
「うむ、大丈夫。ゆくゆくは1人でキッチン回してもらうから頭に入れといて」
「わかりました」
「早速だけど、今日から入れる? そうだな……5時から9時までで考えてるけど」
「大丈夫です。……あぁ、一応、親に連絡いれてみます」
「そうだね。その方がいい。まさかメイド喫茶で働くなんて思っていないでしょうし」
「……そうですね」
母さんにありままを話すと驚かれた。ただ
それから開店までレクチャーを受け、本日勤務のメイドが出勤する時間となった。
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