第15話

 光愛みなが来なくなった。


 お店にだけでなく、俺の家にもしばらく来ていない。


 夏休みであり、俺に会うことが義務というわけではないため、気にする必要はないかもしれない。


 とはいえ、ほぼ毎日、顔を合わせていたもんだから気になる。


 熱でもだして寝込んでいるのだろうか。だとしたら、いつぞやのようにいちごミルクを持ってお見舞いに行ってもいいかもしれない。


純慶すみよしくん、どうしたのぉ?」

「まなさん」


 お店のキッチンで開店準備を進めながら光愛のことを考えていると、メイドの1人、まなさんに話しかけられた。


 心配させてしまったかもしれない。


「もしかして、光愛のことぉ?」

「どうしてそう……いや、光愛を知ってるんですか?」

「知ってるもなにも、同じ中学出身だよぉ」

「同じ中学……あぁ、部活が同じだったとかですか?」

「そう。どうしてわかったのぉ?」

「いや、だって、上級生と関わりを持つのなんて、部活ぐらいしかないかなぁ、と思いまして」

「上級生? 誰がぁ?」


 首を傾げ、いぶかし気な視線を向けてくる。


 その反応は、逆に俺にとって不思議でしかない。


 なにをかれているのかわからなくなるほどだ。


「まなさん、純慶くん。そろそろ開店時間……どうしたの?」


 疑問が脳内を侵食することで訪れた沈黙ちんもくは、うどんこと宮中みやなか沙也花さやかに声をかけられたことで破られた。


 せっかくだから、話を振ってみる。


「もしかして、まなさんは同い年?」

「ん? そうだけど……なに、いまさら」


 うどんに確認を取れたところで、改めてまなさんを見る。


 言われてみれば同い年のように思えてきた。


 まじまじと、まなさんの顔を見ていると、予期せずして光愛の過去を聞くことにな

る。


合唱部がっしょうぶに所属してたんだけどぉ、光愛ったらコンクール本番中に演奏をやめちゃって。そのことを私と会ったことで思い出しちゃったみたいなんだよねぇ」

「合唱? 演奏?」


 ピアノを演奏できることや、今でも楽譜がくふを読んでいることから、中学時代に合唱部に所属していたことは不自然ではない。


 自然なことだとすら言えるだろう。


 だが、そんな苦い過去があるのに、前向きに音楽を楽しめるだろうか。


 思い返してみると、光愛に初めて会った日、合唱部に所属していたことを聞いた気がする。ただ、それを話している時、辛い過去があるようには見えなかった。


 それなのに、当時の仲間に会っただけで塞ぎ込むだろうか。


 疑念はあるも、他に理由は見当たらなそうだ。


「心配なら光愛家に行ってみたら?」

「そうだよぉ。本人に訊かないとわからないことだってあるんだよぉ」

「そうだな。そうします」


 考えたところでどれも憶測おくそくでしかない。らちがあかないため、助言にしたがい俺は光愛の家に行くことにした。


 バイトがあるため、今すぐとはいかないが、ちょうど行けそうな日がある。


 その日は愛春あいはが友達の家に遊びに行く日で、慶太けいたを保育園に預ければ、俺は光愛家へと向かうことができる。




「よう。久しぶりだな」

「父さん……っていうのもなんか違和感いわかんがあるな」


 突然と顔を見せなくなった光愛のことが心配になり、俺は家までやって来た。


 出迎えてくれたのは光愛母で、娘に声を掛けてもらっている最中だ。


 今はその待ち時間で、ソウと遊んでて、なんて言われたので、お言葉に甘えている。


 ソウというのは光愛家で飼っている犬のことで、どういうわけかその中に死んだはずの俺の父親がいる。


 父さんいわく、車にかれそうになっているところ助けた犬なのだとか。


 以前、来た時に知ったのだが、未だに信じられない。


 だが、口調といい、クセといい、また会った時に俺の名前や妹の愛春の名前を知っていたことから、ありえないと否定しきれない。


 なによりも俺に話しかけてきているこの現象に説明がつかない。


 犬の中に入れば会話ができるようになる確証はないが、現実に起きているのだから信じる方が無難だろう。


 簡単に信じ過ぎだと思われそうだが、信じたい俺がいる。


「あの娘に会いに来たのだろう」

「まぁな」

「にしても、もっと会いに来てはくれないのか? 夏休みだろ? 暇で暇でかなわん」

「色々と忙しいんだよ。バイトを始めたし」

「バイト……そうか。ちなみにどういうバイトだ?」

「……飲食店だ」


 メイド喫茶で働いているとは言えなかった。


 飲食店でも間違いではないし、まぁいいだろう。


 まぁ、ただ、多少の罪悪感はある。


 母さんは知ってるわけだし。


「それより、光愛の様子はどうだ?」

「……光愛? あの娘なら最近は元気がなさそうだが……そうか。なにかあったんだな」

「まぁ、ちょっとな」

「胸でも触ったか!」

「なわけあるか!」

「そうだな。そもそもめる程ない」

「そこじゃねぇよ!」

「まぁそういうな。貧乳もまたいいものよ」

「胸の大きさで選んだのか!?」

「そんなわけないだろ。もちろん、それだけではない」


 なにがもちろんだ。胸の話をしている時に母さんが悲しそうにしていたことを思い出しちまったよ。


「ていうか、胸の大きさなんてどうでもいいんだよ!」

「本当か? 本当にそう言い切れるか?」

「……くっ! そう言われると考えちまうが……」

「まぁ悩め。おっぱいは逃げん」


 なにを偉そうに。言ってることは単なるエロおやじだぞ。


 それに歳を取れば、大きさや形は変わるわけで、逃げないは違くないか?


 いやいやいや、なにを真剣に胸について考えているんだ、俺は。


 光愛の様子を確認しに来たというのに。これではプールに行った時のように怒られてしまう。


 まぁ、あの時も胸について考えていたわけではないけれど。ナイスバディに吸い寄せられていただけで。


 だから。こんなことを考えていたらまた光愛に怒られてしまう。これから会おうっていうのに。


「光愛だけど……」


 そう、光愛。今はなによりも光愛だ。


「純慶くん?」


 気づけば、光愛母がすぐそばまで来ていた。


「もしかして純慶くんは幽霊とか見えたりするの?」


 ソウと話しているところを見られたのかもしれない。


 心配そうにこちらを見ている。


「ああ、いえ、光愛となにを話そうかと……その……練習してました」


 いつぞや愛春にもした言い訳をする。


 我ながら苦しまぎれだ。こんなの信じる人いるのかな。愛春も信じなかったし。


「そうなんだ。なら、よかった」


 信じちゃったよ。しかも、よかったの?


 いや、よくないよ。そう言いたくなったけど、えた。


 なんとなくだけど、ソウが話せることは黙っていた方がいい気がした。


 世間にバレでもしたらいい見世物みせものだ。そうなれば、簡単に会えなくなるかもしれない。


 父さんも同じ考えなのか、光愛母が来てからだんまりを決め込んでいる。


 この人ならうっかり、いろんな人に話しそうだ。バレてはいけない代表格だろう。


「それでもう、その……練習はいいのかな?」

「あ、はい」


 この人に嘘を吐くのはすごい罪悪感ざいあくかんがある。信じやすいところがあるからだろう。


 うっかり真実をバラしそうになる。


「それじゃ、あがって。くついでね」

「あ、はい。お邪魔じゃまします」


 え? なに? 靴を脱がずにあがる人がいるの? グローバルなの?


 光愛母の天然ぷりに翻弄ほんろうされつつも自我じがたもち、光愛がいるであろう2階へと向かう。


 階段を1段1段のぼりながら、どう切り出そうか考える。


 ストレートに、どうして顔を出さないのか、なんて言おうものなら光愛の権利を侵害しんがいしているようでならない。それではまるで、束縛そくばくしているようだ。


 中学時代の嫌なことを思い出したのか、なんて言うのも踏み込み過ぎではないかと思う。


 色々と考えてはみたが、俺にできることなんてたかが知れてる。


 扉の前で深呼吸してからノックをする。


「………………」


 返事がない。寝ているのだろうか。


 おそおそる扉を開いて中をのぞいてみる。


 返事を待たずして女子の部屋に勝手に入るのは気が引けるも、いつまでも待っているわけにもいかないだろう。


 制止されているわけでなければ中を覗いてもいいはず。そう自分を正当化し、ゆっくりと実行する。


 あろうことか、光愛の姿はなかった。


 部屋はキレイに片づけられており、ベッドの上にある布団さえも、きっちりとたたまれている。


 ホコリっぽさはなく、まるでついさっき掃除そうじしたばかりのようだ。


 本人不在ということなのだろうか。だとしても、ではなぜ俺を家にあげた?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る