第33話
光愛と過去に会っていた事実をとある日の睡眠中に思い出した。
夢を見たと言ってもいいかもしれない。
このことをその日のうちに光愛と加奈愛に話した。
「それじゃ前にあたしが話した通り、実は過去に会ってたってことね」
「そういうことになるな。忘れてたけど」
「加奈愛ちゃん、そんなこと言ってたっけ? 嘘ついてない?」
「言ったでしょ。なんで忘れてるのよ。そんなんだから9年前のことも憶えてないんじゃないの?」
「9年前のことはちゃんと憶えてたよ。体が! 頭では忘れてたけど……だから純慶さんに商店街で会った時、ビビビってきたもん!」
「いやいやなんで体だけが憶えているのよ。なんかイヤらしいことでもしてたんじゃないの?」
「ちょっと! 加奈愛ちゃんこそ、なに言ってるの! 小学1年生でそんなことするわけないじゃん!」
「試しにキスしてみたら? なにか思い出すかもよ」
光愛は顔を真っ赤にして早口で否定する。意味深な言葉を残して。
「思い出すもなにもそんなことしてない! これから!」
「ほほう」
笑みを浮かべながら頷いているカナメ。
しばらくして自身の発言に気づいたのか、はっとさせてから
俺と目が合い、さらに恥ずかしそうにする。
俺はどう反応すればいいのか迷い、戸惑う。
「しないの?」
「「するわけないでしょ!」だろ!」
カナメが俺たちにキスするよう誘導しようとするも、断固として拒否する。
たとえ、キスするにしてもこの流れでするのは俺も光愛も嫌だった。
その日の帰り道。
俺と光愛は商店街のあるお店に来ていた。
いつもは日用品を購入してアパートに帰るのだが、今日は違った。
今まで立ち入ったことのない店に立ち入っている。
そこは、宝石店だった。
「高いですね」
「そうだな」
俺たちは冷やかしとばかりに店内を見て回っている。
光愛の一通りみるだけに付き合う。
見て回ると言っても、そんなに広くはない店内。
ただ見るだけならぱぱっと終わらせることもできるだろうに、光愛は1つ1つを食い入るように見てなかなか一回りしない。
学生服で宝石店なんてどう考えても場違い感が半端なく、店員の目が気になるため、早々に出て行きたい。
「純慶さん、見てください。これなんか百万円もしますよ」
「そうだな。もはや高すぎてどのくらい高いのかすらわからないな」
「ですね」
光愛は瞳を輝かせて食い入るようにガラスのショーケース内にある宝石を見ている。
そんな光愛を置いて帰れず、俺は早く帰りたい気持ちを抑えつつ、付き添う。
いつもは光愛を付き合わせている手前、早く帰りたいとは言い出せない。
そうして店内を半周した頃、店員に声を掛けた。
「カップルですか⁉ カップルですね! そういうことにしておきましょう!」
「「……あ……はい……」」
風を切る音が聞こえてきそうなほど上半身を激しく動かしてハキハキと断言してくる。
俺たちはその覇気に気圧され、気の抜けた返事をしてしまう。
宝石店という上品なお店に似合わない快活で若い女性店員。
客と店員という関係にしては距離感が近すぎる。だけれど不思議と嫌な気がしない。
不思議な雰囲気の持ち主だ。
「高校生カップルにおすすめはこちらになります」
そう言って指輪ケースをパカっと開け、ガラスショーケースの上にそっと置く。
ケース内には指輪が2つ入っており、どうやらペアリングのようだ。
おすすめだと言われれば、まったく興味がなくても見てしまうのが人間の本能。
興味が向いたことを察知したらしく、快活女性店員—―若菜さん(胸元にある名札に書いてある)は商品の紹介を始める。
「こちらの商品、サージカルステンレスでできており、温泉や海水浴などに浸けても変色するおそれがありません」
サージカルステンレス?
正直、説明を聞いてもよくわからない。よくわからない物は買わないのが吉。
だけれど、とりあえず説明だけ聞くことにする。
「さらに、こちら! 丸みを帯びているため、着け心地滑らかで柔らかな指辺りを実現します」
指輪に詳しいわけではないが、丸みを帯びた指輪なんてたくさんありそうだが?
「さらにさらに、金属アレルギーを抑えた素材を使用しているため、男女兼用」
ペアリングなのだから当然ではないだろうか。
「お値段、3千円のところ……なんと! 今だけ2千6百円! これは買いだ!」
言いたいことを言い切り、売り込んでくる。
「買いましょう!」
「いや、買わない」
「なぜですか?」
「そんなお金はないよ」
「お金ならわたしが出します」
「いや、それは……」
光愛はキラキラと輝く瞳をまっすぐ、俺に向けてくる。
少し考えてみる。
彼女にペアリングを奢られる彼氏。
男女平等が叫ばれる昨今、気にする必要はないのかもしれない。
だがしかし、俺がそれを良しとするかはまた別の話だ。
「ダメなものはダメだ」
思い切って光愛から目を逸らす。それはまるで駄々を捏ねる子供のわがままに
わかっている。くだらないことだということは。
だけれど、譲ることはできなかった。
「えー、なんでそんなに頑なに拒否するんですか?」
「理由なんてない。なんかイヤだ。それだけだ」
「ブー」
頬膨らませて不満を露わにする光愛。
そんな俺たちを見て、あははと若菜さんは苦笑いを浮かべる。
「それじゃこれは彼氏くんが稼いだお金で後日、購入するということで」
思いがけない提案に俺は驚愕で硬直する。
どうやらこの店員。どうあっても購入させたいようだ。
「そうですよ。それなら問題ないはずですよね」
店員の提案に乗り、光愛は俺に同意を求めてくる。
その瞳は眩しすぎてもはや直視できない。
「……そうだな」
正直、俺は心の底から良しとしての答えではない。
ではないのだが、イヤだと言える雰囲気ではないため、口が勝手に動いてしまった。
「約束ですよ!」
先ほどの眩しすぎる瞳の数倍は輝かしい満面の笑みを浮かべる。
期待で胸一杯だということを全身で表現している。今にも舞い踊りそうだ。
「そろそろ行くぞ」
「はい!」
俺たちは宝石店を後にし、いつも通りの帰りのルーティーンをこなしに向かう。
ところで。指輪の件だが。
渋々光愛のわがままを聞いているというわけではない。
元々家計を助けるためバイトをする予定ではあった。
その理由に『光愛にペアリングをプレゼントするため』が付け加えられただけだと考えれば、尚一層やる気が増すというものだ。
ただ始めるのは夏休みに入ってからにしようと思う。
理由は明白。
嬉しそうにしている光愛に水を差すように告げる。
「それより、そろそろ期末テストだが、調子はどうだ?」
「期末テスト? なにそれ食べれるの?」
「ああ、点取り虫、なんて言うくらいだから食べれるぞ」
「ボケたのにツッコまれない⁉」
「ボケる余裕があるんなら勉強しろ」
「
「他力本願だな。……まぁいいけど」
「それより、先ほどの約束、ちゃんと守ってくださいね」
「おう。……っていうか、それよりでテストの話したのに、またそれよりで、元の話に戻ったな」
「お互い優先することが違うんですね」
「…………」
「あれ? っていうことは純慶さん、ペアリングはあまり優先順位が高くない⁉」
「それは光愛が自分で言ってることだろ」
「じゃあ純慶さん的には結構高めですか?」
「ん~。どうだろうな」
「えー、そこは嘘でも高めって言ってください!」
「さぁ、帰って勉強するぞ!」
「ちょっと! 話をまた勉強に戻さないでください!」
別に俺は光愛との約束をないがしろにしようとは思っていない。
むしろ約束しただけですごく喜んでいたことを考えるとプレゼントした時にはもっと喜んでくれるに違いない。
そんな遠くはないだろう幸せな未来に胸を高鳴らせていた。
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