第31話
「また迷子か?」
スイミングスクール開始前に、ショッピングモール内を歩き回っていると、この前会った女の子—―光愛と遭遇した。
「そう何度も迷子にならないよ」
「じゃあ、なんだよ」
光愛は聞かれると思っていなかったのか、しばらく考える素振りをしてから答えた。
「落とし物を探してるの」
「落とし物? どんな?」
またもや考える素振り。
「う~ん。……大人への階段」
「……それって拾えるものなのか?」
「いいじゃん。別に」
俺の返答が悪かったのか、または光愛がとんちな落とし物を探しているのが悪いのか。
はっきりとはわからない。が、こんなときでもはっきりすることがある。
「とりあえず迷子センターに行くか」
「いや、だから……迷子じゃないって!」
「お父さんとお母さんは?」
「迷子扱いしないでよ!」
打ち解けられたと思っていたのだが、どうやらそんなことはなかったようだ。
強く拒絶されてしまった俺はこれ以上ここにいても仕方がないと判断し去ることにした。
「それじゃ、達者でな」
「待ってよ」
俺が去ろうとすると光愛は、俺の
「一緒に探すの手伝って」
「俺が?」
黙って頷く光愛。
「大人の階段を、探すのを?」
黙ったまま激しく頷く光愛。
とんだ無茶ぶりだ。
なんだ。大人の階段を探すって。
「どこにあるんだ? そんなの」
「わかんない」
だよな。俺もだ。
だからといって、放って置くわけにもいかない。
「少しだけだからな」
「うん」
光愛は瞳を輝かせ、嬉しそうに頷く。
俺と光愛は大人の階段を探す旅にでた。
……とはいっても、なにをどう探せばいいのか、まったくわからない。
ただまぁ、とりあえずとばかりに向かってみた。
「着いたぞ」
嫌そうな顔をする光愛。
それもそのはず、俺たちの目の前にあるのは迷子センターなのだから。
「だから迷子じゃないって!」
「いやもうさっさとお姉さんのところに帰れよ。前みたいにピアノを演奏するとかしてさ」
別にイジワルで言っているわけではない。
事実としてお姉さんと一緒にいる方が安全だろう。
これがもし、俺のようにしっかりしているなら問題ないかもしれない。
だが光愛は危なっかしい。
お菓子をあげるからと言われればホイホイとついて行きそうだ。
「自分だって1人でうろついてるくせに」
光愛は唇を
「もういいもん。1人で探すから」
そう言って光愛は俺を置いて1人で歩き去ろうとする。
付き合う義理はないのだが、放って置けるわけがない。
だからといって、隣を歩こうとも思わない。
少しばかりの距離を取りつつ、跡をつけていく。
すると光愛は後ろを振り返り、俺がついて来ていることに気づいた。
文句を言われるかと思ったがそんなことはなく、光愛は黙って歩く速度を上げる。
それに合わせて俺も一定の距離を保ったまま速度を上げた。
「不審者!」
光愛は俺の方を振り返って、立ち止まり、言い放ってきた。
その声に押されるようにして後ろを振り返ってみるも、不審者らしき人はいない。
「どこだよ不審者」
「あんたよ」
「俺かよ」
「なんでついてくるの?」
「いや、一緒に大人の階段を探すんだろ」
「あ! そっか!」
いいのか。それで。
なにはともあれ、さっきは俺のことを不審者呼ばわりしていたにも関わらず、大人の階段を探すのを再開することになった。
光愛を先導し、ショッピングモール内を見て回る。
――婦人服売り場。
「どう?」
「いや、どうって言われても」
光愛に連れられ、見せられたのは、明らかに体のサイズに合っていないぶかぶかな服を着た光愛だった。
ロングスカートは床にべったりと付いていて、完全に足が隠れている。
手も完全に隠れている。幾度か袖を折って、手を出そうとするも、すぐに隠れてしまう。
俺はいったいこれを見てどんな反応をすればいいのだろうか。
「とりあえず、体のサイズに合った服を着た方がいいんじゃないか?」
「えぇ~⁉ それじゃ子供のままじゃん」
「そりゃ子供だからな。それよりも現状を知って、許容できてこそ、大人なんじゃないのか?」
「そっか。それもそうだね」
納得しちゃったよ、この子。
そして次に光愛が着た服はどこかのキッズアニメキャラがプリントされたTシャツだった。
極端すぎるという本音を飲み込んで俺は言ってやる。
「似合ってるぞ」
「そう? なんか違う気がするけど……まぁいいか」
そりゃ違うだろうな。
大人とはまったくの対極だし。
とはいえ、光愛は気に入ったようで購入し、着たまま移動する。
――おもちゃ売り場。
「ここは大人の階段とは対極だね」
キッズアニメのTシャツを着た子供が言うセリフではない。
俺はすぐにでも店内に入りたい気持ちに駆られたが、光愛は入る気がないようだ。
店内には入らないという話になった。
まぁ、スイミングスクールに通っている間はいくらでも来ようと思えば来れるしいいんだけれどね。
だけれど、おもちゃ売り場前まで来ておいて引き返せるほど、俺は大人ではない。
「ちょっと!」
気づけば光愛が制止してくる声も聞かずに俺は、店内へと入っていた。
ところ狭しと並べられているおもちゃ。
1日中見ていても飽きない。むしろ、自ら率先して見て回りたくなる。
俺は光愛と一緒であることも忘れ、見て回ってしまう。
「もう。大人の階段はどこにいったの?」
なんてことをぼやきつつも、おもちゃを手に取り、品定めを始める光愛。
口では興味ないようなことを言っても、俺と同じで好きなんだということが行動で丸わかりだ。
魔法のステッキらしきものを手に持って振り回している。
ゴンッ!
棚にステッキが当たった。
「なかったことに」
「おい」
タイミングよく周囲には誰もおらず、それをいいことに光愛はなかったことにしようとする。
「いつまでもこんなところにいるのがいけないんだよ」
「いや、どこにいるかではなく、振り回すのがいけないんだろ」
「魔法のステッキを見たら、振りまわす以外に選択肢はないでしょ」
「その気持ちはわからなくもないが……大人の階段はどうした」
「そうだよ。だからおもちゃ売り場にいちゃいけないんだよ」
しまった。
俺は自らおもちゃ売り場から遠ざかってしまうことを言ってしまった。
ここぞとばかりに駆け出し、店内を出て行く光愛。
俺は渋々、光愛の後をついていくことにした。
――温泉、女湯。
「なぜこうなった?」
「わたしに男湯に入れって言うの?」
「別にそういうわけじゃないが、なんで温泉なんだ?」
「たくさん歩き回って疲れたの」
別にいいんだけど、子供2人だけで温泉に入っていると周囲の視線をいやに集めているようでならないのだが。
「それにしても大人の階段はいったいどこにあるのかな?」
それはわからない。
「もしかして大人にならないと見えない、とか?」
これは好機とばかりに俺は食いつく。
「なるほど。それじゃ大人の階段を探すよりも、大人になる方法を考えた方がいい、ということか。それじゃ――」
—―諦めるしかない。と、続けようとするも。
「そっか! 大人の階段を探すんじゃなくて、早く大人になる方法を探せばいいのか」
湯に浸かっていたはずの光愛が立ち上がり、拳を握りしめる。
「そうと決まれば、行こう」
「いや、どこにだよ」
相変わらず、考えていることが読めない。
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