第27話
「純慶さん。もういいですよ」
光愛の合図で部屋に入る。
床に散らばっていたはずの下着や制服は片付いていた。
光愛が片付けたのだろうけれども、風邪を引いているにも関わらずよく動けるなぁと感心する。
当の本人は布団を肩までしっかりとかけている。
全裸ならまだしも服を着てそれは熱くないのだろうか。
まぁただ、男子より女子の方が冷え性が多いと聞くし、当然のことながら俺は光愛ではないため、熱いか寒いかはわからない。
「ストロー持ってきたぞ」
光愛母に突然、洗面器を渡されるという奇妙な行動で忘れかけていたが、そもそも俺はストローを取りに部屋を出ていたことを光愛の顔を見て思い出した。
「ありがとうございま……す?」
俺はそうなるのも当然だろうと1人納得しながら、洗面器やタオルをローテーブルに置いた。
それからストローをいちごミルクが入った500 mlのペットボトルに挿す。
「どうして洗面器を持ってるんですか?」
特に隠す必要がないため、ありのままの事実を伝える。
「光愛のお母さんに渡されたんだ」
「⁉ そうですか……でしたら」
光愛は上体を起こし、背中を俺に向ける。
てっきり俺は服を着たとばかり思っていたが、そうではなかった。
胸側に布団を抱えたまま、長い髪を前方に除け、熱で赤みを帯びた背中を顕わにさせてから告げた。
「……背中、拭いてもらってもいいですか?」
服を着たんじゃないのかという疑問がどうでもよくなるほど俺は動揺している。
なんとなく、こんな展開になるような予感はしてはいたが、実際になると照れくさいものがある。
だが、それは光愛も同じだろう。
俺だけが照れくさいわけではない。
そう自分に言い聞かせ、平静を装い、光愛の要望に応える。
「おう。いいぞ」
動揺で冷や汗をかき、ほとんど手に感覚がない。その手で洗面器に入っているお湯で濡らしたタオルを
搾り出たお湯の洗面器内に落ちる音が、これから光愛の背中を拭く知らせのように感じ尚一層、緊張から体が
タオルを絞り終え、光愛の背中に視線を向けると、小柄な
なかなか拭き始めない俺を不審がった光愛が視線を向けてきたことで我に返り、タオルを背中にあてた。
「ひゃっ!」
「悪い」
光愛はエビ
ゴクリと唾を呑み込み「拭くぞ」と今度は声を掛け、光愛が静かに頷くのを確認してからタオルを背中にあてる。
そっと、ゆっくりと、なぞる様に背中を拭いていく。
しばらくして、背中を拭き終えると光愛が恥じらいながら「他は自分で拭くので申し訳ないのですが――」と最後まで言うのを
扉を閉め、全身の力が抜けその場にへたり込んでしまう。
扉越しに光愛が体を拭いている音を聞きながら天井を眺め感慨に耽っていると、すぐに時間が経ち、光愛の合図で部屋に戻る。
体を拭いてべとつきが取れたからだろう。
さすがに光愛は全裸でいることを止めたようだ。
ベッドに横になったまま布団を抑えるようにして出している両腕からパジャマらしきピンクの布地が見える。
これが本来あるべき格好であるはずなのに不思議と残念がる自分がいる。
「片してくるな」
俺は洗面器とタオルを手に部屋を出て、1階に下りる。
下り切ったところでまたもや光愛母が待ち構えていた。
もしかすると……いや、もしかしなくても階段を下りる音に合わしているのだろう。
片づけを押し付けるようで申し訳ない気持ちはあるも、渡さないのも不自然であるため、洗面器とタオルを光愛母に
それから再度部屋に戻ると、上体を起こし、クッション性のヘッドボードにもたれかかった光愛がストローでペットボトルに入ったいちごミルクをすすっている最中だった。
「どう飲んだって味は変わらんだろ?」
「そんなことはありません」
光愛を見ているとキレイな肌を思い出し、気恥ずかしい。そのため、なにかやり忘れたことはないかとローテーブルに視線をやる。
ローテーブル上に皿に載せられたリンゴが目に入る。
「リンゴといちごミルクって合うのか?」
「えっと……合いませんね」
俺の視線で光愛もリンゴの存在を思い出したのか、気まずそうに答えた。
なんだか光愛母に申し訳ない気がするも、ストローといい、
リンゴに罪はない。
それはわかってはいるのだけれど、リンゴがかわいそうだ。
「さて、そろそろ帰るかな」
「すみません。今日はありがとうございました」
そうして部屋を出ようとしたところで、
「……あ、ちょっと待ってください」
「?」
「リンゴ食べて行ってください」
「いやでもこれ、光愛の分だろ?」
「いえ、わたしはもう食べました」
そう言われリンゴを見ると、もともと4切れあったはずなのに、いつの間にか2切れになっていた。
お言葉に甘え、リンゴを食べる。
1口目は甘いと感じるも、噛む数が増える毎に酸味が増し、次第に味がしなくなる。
「はい!」
食べ終えた瞬間。光愛はいちごミルク入りのペットボトルを俺に差し出してきた。
「飲んでみてください」
「ああ」
光愛に言われるがまま、飲んでみる。
「ん~、おいしくはないな」
「ですよね」
光愛はすでに経験済みなのだろう。
共感できたことを喜んでいるように見える。
「あ、間接キスしちゃいました。……どうしましょう?」
「どうしようと言われてもな~」
困り顔で打開策を求めてくるも、どうしようもない。
それよりも間接キスなんて言われると照れるものがある。
だが光愛は照れるというよりも、やってはいけないことをしてしまった。失敗した、という風に申し訳なさそうにしている。
その理由は続く言葉で理解した。
「風邪、移ったらすみません」
「あ~」
どこかずれているような気がしなくもないが、そうでもないか。
光愛を安心させるべく、嘆息してから力強く言葉を返した。
「そんなもん俺がやっつけてやるから安心しろ!」
「はい!」
瞳を潤ませ元気な返事で光愛は返してくれた。
熱のせいか、頬の赤みが増した気がする。
いつまでも長居するわけにはいかないため、荷物をまとめ、
階段を下り切ったところで、光愛に似てはいるも、光愛母とは違う女性とぶつかりそうになる。
「おっと、すみません」
手早く軽い会釈して謝ると、その女性は気さくに返してくれた。
「い~え~」
俺の脇を通り過ぎ階段を上っていく女性の後ろ姿を眺めつつ、昔どこかで会ったような既視感に
「お兄ちゃん。帰るよ」
「おう」
思考を巡らせていると、愛春が玄関方面から顔を出し、帰宅を促してきた。
俺はそれに従い、玄関へと足を向ける。
「今日は突然お邪魔してすみませんでした」
光愛母に挨拶すると、柔らかな笑みで返してくれた。
「いいのよ。いつでもいらっしゃい」
その言葉を受け、身が軽くなるのを感じる。
この人には癒やしの力があるようだ。
「愛春ちゃんも……大統領になるためにたくさん勉強しなくちゃね」
「うん! また色々と教えてね」
「ええ、もちろんよ」
この家に来て、愛春の将来の夢が大統領になることになったのを思い出し、兄として頭を抱えたくなる。
光愛家を出て、帰路に就く。
家に着くまでの間に俺は愛春に日本に大統領はいないことを説明するも「とにかく偉い人って意味だから大丈夫!」と、無邪気な笑顔で返されてしまい、それからなにも言えなかった。
それにしても、光愛のお見舞いにと愛春はついてきたはずなのに、会わずに帰ってよかったのだろうか。
まぁ本人が特に気にしていないのであればいいか。
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