第23話
学校の敷地内を出て、ほっと一息つくのもつかの間、住宅街を歩いていると、今度は住民の目に
井戸端会議に興じていた奥様方からの「あらー」という感嘆の声と眼差しを浴びて恥ずかしい。
可能な限り、光愛をお姫様抱っこして住宅街を歩く時間を短くしようとする思いが歩くスピードとして現れる。
と、いうより走っている。
「
「ああ、悪い」
全力疾走ではなかったが、それでも体調の優れない光愛に負担をかけてしまったようだ。
酔っているような、歌っているような、そんな言い方ではなく、普段通りだった。
俺は走るのを止め、光愛に負担をかけないようにと、可能な限り揺らさないよう歩く。
努力のかいあり、光愛への負担は軽減できたようだ。
すやすやと寝息を立てて心地良さそうに眠っている。
近くでみる光愛の寝顔にドキリとさせられるも、可能な限り気を取られないようにする。
住宅街を抜け、信号のある横断歩道を渡り、再びの住宅街。
光愛の家には1度しか行った事がなく、はっきりと道を憶えていない。
しかし、光愛はぐっすり夢の中にいるため、道を聞くことはできない。
だというのに俺は迷いながらも光愛の家に着くことができた。
その理由は光愛の家の庭が広いからだ。
近隣住宅の倍以上はある家に、その家と同じか、それ以上に広い庭がある。
だからといって、屋敷というほどではない。
一戸建てではある。ではあるのだが、どこぞのお金持ちを思わせる。
どこか立ち入ってはいけない雰囲気があるも、このまま帰るわけにもいかない。
このまま帰るということはつまり、光愛を家に持ち帰るということ。まさにお持ち帰り。
なんてふざけている場合ではない。
さてどうしたものかと立ち
鼻先まである大きな垂れ耳を特徴とする、ビーグル犬。
その犬と目が合う。
吠えられるかと思ったが、そんなことはなく、静かにこちらを凝視している。
まるで、知り合いなんだろうけど遠目ではわからず、声を掛けるべきか迷っているという感じ。
まぁ実際、その犬と光愛は知り合い。いや、それどころか飼い主と犬という関係なのだから、そう見られるのは不思議ではない。
だがそれは人と人での話。人と犬でそんな状況になるだろうか。
犬の生態に詳しいわけではないためわからない。
そうしてしばらく犬と見つめ合い? をしていると玄関から光愛の母親らしき人が出てきた。
身長はおそらく女性の平均程だろう。髪の長さは肩にかからないほどでウェーブがかかっている。
「あら」
柔らかな微笑みを
彼女は庭に面した戸を開けた。
「光愛の母です。申し訳ないんだけど、光愛の部屋までお願いできる?」
「あ、はい」
俺が庭に入ると、光愛母は戸を閉めてくれた。
そして光愛母を先導し、庭に敷かれた石を渡り、玄関口へと進む。
玄関付近に犬がいるため、玄関から家に入るには必然と犬に近づくことになる。
近づけばさすがに吠えてくるだろうと思っていたが、静かにこちらを
なんとも不思議な犬だ。犬独特のへっへっへという息遣いすらない。
本当は置物ではないかと疑うほどだ。
だが時たま瞬きをしていることからちゃんと生きていることが窺われる。
俺が犬に気を取られているうちに、光愛母は家にあがり、スリッパを準備してくれていた。
それに気づいた俺は、おずおずと玄関に足を踏み入れる。
「お邪魔します」
「お邪魔、されま~す」
答えたのは光愛だ。
それを見た光愛母は柔らかな微笑みを浮かべる。
「あらあら」
どうやら光愛のは寝言だったようで、むにゃむにゃ言って心地よさそうに眠っている。
これからまだ光愛を部屋まで運ぶ作業が残っているというのに、家の中に入った瞬間、ほっと安心した。
不思議と空気感がそうさせる。
いったん、光愛を玄関に寝かせ靴を脱がせた。
そのあと、俺は外靴からスリッパに履き替え、再び光愛をお姫様抱っこする。
光愛が眠ってしまっているため、いくら恥ずかしかろうと、これ以外の運びようがなかった。
光愛母の案内で光愛の部屋へと向かう。
階段を上り、2階へ。登り切った左手先へ向かう。
光愛母が扉を開けてくれた。
光愛の部屋に足を踏み入れ、そのままベッドに光愛を寝かせる。
目的を達成して一息つく。
いくら光愛が小柄とはいえ、30分程も抱きかかえたままだと腕にくる。
開放感が半端ない。そのはずなのだけれど、どこか寂しさも感じる。
「それで光愛の彼氏さん」
「……え、あ、いや……」
「あら? 違ったかしら?」
「いえ、違わないんですが……面と向かって言われると……」
「ふふ、そうよね。光愛のこと、よろしくね」
「はい!」
反射的にではあるが、俺は力強く返事をした。
「それじゃ俺はこれで失礼します」
光愛の部屋を出ようと――
「……いちごミルク……」
――したところで光愛が寝言を言った。
「……………」
去りづらい空気が流れ、俺自ら申し出る。
「俺、買ってきましょうか?」
「お願いしますね」
と、いうことで、園田家を出て、いちごミルクを買いに商店街へと向かった。
500 mlペットボトルのいちごミルクを購入。そして一度、カバンをアパートに置きに帰ると、
「? お兄ちゃん? お帰りなさい?」
「ただいま」
俺が帰って来たことが不思議でしょうがないという顔で愛春に出迎えられた。
それもそのはず、普段ならこの時間に帰ってくることはない。
まだ学校にいる時間だ。
「どうしたの? お兄ちゃん」
確かにそうなるわな。
俺が事情を説明しようとするも、その前に愛春が
「もしかして学校、追い出されちゃった?」
「いや、なんでだよ!」
俺のツッコミに対して、光愛はかけてもないメガネをクイッと上げるようにして言う。
「あなたは真面目で優秀すぎます。この学校には相応しくありません」
「まぁ確かにあの学校、緩すぎて俺にはイージー過ぎるけど……」
「でしょ~」
「だけど、なんで愛春がそんなこと知ってるんだよ」
「愛春が通ってる学校では有名だよ。出席さえすれば卒業できる緩い学校だから狙い目だよ、って」
「小学校ですらそんな
「実際に狙ってる人だっているよ」
「誰だよ。あんな緩い学校を小学生ですでに志望してるヤツ」
俺が軽く頭を抱えていると、愛春が胸を張り堂々と宣言した。
「目の前にいるよ」
「愛春かよ⁉ またなんで?」
「だって、お兄ちゃんや光愛お姉ちゃんが通ってる学校に愛春も通いたいんだもん」
「そうは言っても、愛春が通う頃には俺も光愛も卒業してるぞ」
「それは学校に行かせないよう拘束して阻止する」
「とんでもないこと考えるな、俺の妹は」
「今夜も寝かせないよ」
「も? も、っていったい何夜寝かせない気だ?」
「愛春が高校生になるまで」
「なかなか酷い!」
「大丈夫。ちゃんと昼間は寝かせてあげるから」
「抱き着いて離さないの間違いだよな」
「よくわかったね、お兄ちゃん」
「そりゃな」
ぜぇぜぇと俺が息を切らしていると、余力のある愛春が話を戻してきた。
「で、結局、どうしたの?」
「ああ、光愛が体調を崩してな。家まで運ぶのに早退したんだ」
俺の言葉を聞いた愛春があわあわと焦りだした。
愛春は俺の耳にぎりぎり届く程度のか細い声でぶつぶつと言う。
「もしや、光愛お姉ちゃんの部屋に毎晩忍び込んで寝かせなかったのが――」
「犯人はおまえか!」
「ひっ! 違うの! あれは違うの!」
「なにが違うっていうんだ!」
「夢の中だから! 寝かせなかったのは夢の中だけだから~!」
「そうか。でも、そんな念を飛ばしているうちに、呪いへと
「ふっ! よくわかったね。愛春の
「くっ!
「ならばお兄ちゃん――」
愛春は一拍置く。そのただならぬ空気から俺は息を
正直わかっている。これがとんでもない茶番であることを。
だが愛春が真剣にその茶番をしているから乗ってやらないわけにはいかない。
そうして続く言葉を聞く。
「—―愛春と一緒に光愛お姉ちゃんのお見舞いに行こうよ」
ただならぬ空気は消え、無邪気な笑みを向けてくる、愛春。
それを見た俺は現実に引き戻され、返答する。
「そうだな」
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