第22話
夏の知らせたる
猛暑といっても、それは昼間。もしくは夜寝るときの話で。いくら夏といえど朝は冷える。
ただ冷えるとはいっても、もちろん冬程ではない。
だが、夜寝る前と朝起きた時の気温差は油断ならない。
でないと――
「くちゅんっ!」
「
「ありがとう。
光愛のように体調を崩してしまう。
「チーン(鼻をかむ音)」
朝は体調悪そうに見えなかった光愛だが、昼休みの時間ともなると顔を真っ赤にし、幾度もくしゃみをするようになった。
光愛自身が持ってきたティッシュはすでに使い切り、カナメに貰っている。
たとえ朝の体温が平熱だったとしても、朝よりも昼、昼よりも夜。と、体調が悪いと徐々に体温が上昇していくものだ。
「光愛は夜はちゃんと寝て、野菜もちゃんと食べるのにどうして体調を崩すのかな?」
「それはわたしが知りたいよ」
「なんか変なものでも食べてるんじゃないの?」
「そんなわけないじゃん。加奈愛ちゃんじゃないんだから」
「いや、あたしだってしないけど? ……なにか思い当たることないの?」
「ん~。……そうだね……」
体調が悪いにもかかわらず、律儀にカナメの質問に答えようと考え込む光愛。
体調が悪いのならばさっさと早退すればいいものを、一向に早退する気配を感じない。
タイミングを見て、促そうと考えている間に。
光愛は体調が悪い中、頭を使ったせいか、赤い顔をさらに赤くさせて、頭をクラクラとさせている。
「……え……え~っと~……」
すぐにでも横になりたい程、体調が悪いだろうに。そんな中、カナメの質問に答えようとしている。
あまりにも必死であるため、俺とカナメは光愛の返答を静かに待つ。
しばらくして、光愛はゆっくりと返答する。
「いちごミルクがいいかな?」
「「なんの話だよ⁉」」
「体調が悪いときに飲みたいものの話じゃなかったっけ?」
「「そんな話はしてない!」」
「そっか~。2人もわたしと同じでいちごミルクがいいか~」
「「言ってない!」」
まともな会話ができないほど、体調が悪いようだ。
それを理由に帰るよう促すと、光愛は素直に従った。
足元がおぼつかない中、1人で帰るのは心配ではある。
だからといって、体調不良で親が迎えにくるような歳でもない。
そしてなにより、光愛自身が1人で帰れると言い張るのだ。酒に酔いつぶれたOLさながらに。
それでも家に帰るという行動は取れるようで、カバン片手にフラフラと教室の出入り口の方へと歩いていく。
ガタンッ!
教室の扉に正面からぶつかった。その音を聞いて、俺は決して大丈夫ではないと悟る。
「く~っ!」
声にならない声を出しながら鼻を押さえているあたり、扉があることをぶつかるまで気づかず、一切の回避ができなかったことが窺われる。
「
カナメに名前を呼ばれ、俺は顔だけ向ける。
「先生には言っておくから光愛のことは任した」
心配なことはなにもないと言わんばかりの決め顔と、力強いサムズアップに押され、俺は光愛を家に送り届けることにした。
「ああ、その代わり、後でノートを見せてくれよ」
「任せなさい!」
カナメは張った胸を拳で叩いて、ふくよかな胸をポヨンと揺らす。
俺はそれに見入ってしまうも、すぐさまその邪念を振り払い、自分のカバンを持って光愛のもとへと向かった。
教室から廊下に出るとすぐに光愛の姿を確認。
負傷者のごとく壁に片手をついて、少しずつ歩を進めている。
大して動いていないにも関わらず、ぜぇぜぇと息を切らしているのは体調不良だけでなく、日頃の運動不足も原因だろう。
光愛は体育を苦手としている。
参加しないわけではないが、積極的に動こうとしない。
授業だから仕方なしという感じだ。
だからだろう。
体調が優れない今、少し動くだけでかなり消耗してしまう。
すぐさま俺は、光愛の隣へと移動し、光愛のカバンを持つ。
それから肩を貸そうとするも、身長差からうまくいかない。
光愛の身長に合わせて中腰のまま歩くと俺の体勢がきつい。
だからといって、中腰せずに肩を貸すと、光愛の腕が上に高々とあがってしまい、今度は光愛が辛い体勢となってしまう。
そうこうしている内に光愛は肩で息をして辛そうにしている。
このままでは
それから俺は光愛の前で背中を向け、腰を落とし、待ち構える。
おんぶしようという算段だ。
2年生の教室群の廊下で人目があるため、多少の
にへらと笑みを浮かべ、飛びつくかのように俺の背中に体重を預けてくる。
乱暴な乗り方で一瞬、担ぎ損ねるかと思ったが、そんなことはなく、むしろ無理なくきれいに担げた。
「すぅ~み、よしさ~んは~、どぉっこに、つれてって、くぅ~れるん、でぇ~すか?」
顔が赤くなっているのも手伝って、もう酔っ払いとしか思えない。
体調が悪いと言われるよりもむしろ、酔っぱらっていると言われた方がしっくりきそうだ。
「光愛の家だよ」
「おー! おぅ~よばれ、でぇ~すね。やぁ~りま、した」
なんだろう。
よくよく聞いてみると酔っぱらっていると思えなくないんだけど、歌っているようにも思える。
不思議な感じだ。
同級生の
俺はそれらの目から逃げるように、下駄箱へと向かった。
移動中、光愛の女の子らしさを感じる。
甘い香りはもちろん。おんぶしていることで背中にふんわりとした柔らかみを、手には柔らかい太もものを直に感じる。
下駄箱に着くと、光愛に靴を履き替えさせる。その際、ケラケラと笑いながら足をバタつかせるもんだから苦労した。
本当に酔っているわけじゃないんだよな。
そんな疑問が脳裏をよぎるも、確かめるすべはない。
昼休みの下駄箱は普段、人気がない場所なのだが、こっそり教室から跡をつけてきた同級生がこちらを窺っている。
当人達はバレていないとでも思っているのか、一向に去る気配を感じない。
光愛も俺も靴を履き替え、さて再びおんぶをしようかと光愛に背を向けようとしたところで、
「だっこ」
下駄箱前の床に腰をかけ両手をまっすぐこちらに差し出す光愛に抱っこをせがまれる。
一瞬、
「だっこ~!」
先ほどよりも力強くせがまれる。
それはまるでそれ以外は許さないとでも言わんばかりに。
仕方なしに、前に抱えていた俺と光愛のカバンを背中に移動させる。
その動きを見た光愛はにへらと嬉しそうな笑みを浮かべた。
抱っこする準備ができたタイミングで再度、光愛が両手をまっすぐこちらに差し出してくる。
正面から光愛を抱き抱えようとすると、
「うぅ~、ちがう~」
なんて耳元で言うもんだから中腰で維持するのが辛い体勢であるにもかかわらず硬直。
間髪入れずにせがまれる。
「おひめさま、だっこだよ~」
それを聞いた俺は確かに慶太や愛春ならともかく、光愛を抱きかかえるのに正面からは辛いものがある。
小学生に間違えられそうなくらいに
30分足らずとはいえ、徒歩で光愛の家まで向かうのは大変だ。
途中信号待ちする可能性だってある。
その間、ずっと正面から抱きかかえるのは辛い。
そう理解し、光愛に言われたようにお姫様抱っこする。
右へスライド。光愛の左手側に移動してから、右腕は光愛の背中に、左腕は光愛の膝裏に、そうして抱きかかえて、持ち上げた。
すると光愛はその勢いに任せるかのように、
チュッ!
光愛が俺の右頬に軽いキスをした。
頬に残った湿り気が確かに唇が触れていたことを教えてくれる。
「ありがとう」
途端。
陰から覗き見ていた同級生たちがキャーキャーと騒ぎ立てる。
俺は恥ずかしさからその場から逃げるように昇降口を出て学校を後にした。
扉は誰かが開けてくれたのだろう。開放されていた。
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