第21話

「どうして純慶すみよしさんがいるんですか?」


 人気のない場所。


 足音から背後に誰かが近づいていることに気づいたわたしは自販機のガラスで視覚的にも確認してから、くるりと純慶さんがいる方へと体を向けると同時に言いました。


 恥ずかしさのあまり純慶さんを責めるような口調になってしまいます。


「カナメが飲み物を買ってこいってうるさいんだよ」

「パシりですか⁉ 純慶さんはパシられているんですか?」


 純慶さんは頬をきながら申し訳なさそうにしています。


「悪いな」

「? なにがです?」


 純慶さんがなにを悪いと思っているのかわからず、わたしは首を傾げます。


 純慶さんに怒っていると勘違いされてしまっているよう。


 実際はなにも怒っていないというのに。


「見ようと思って見たわけじゃ、ないんだけどな。でも視界に入ったから、仕方がなく」

「…………(ボフッ!)」


 わたしがノーパンノーブラだということを見られていた? いつ? どこで?


 教室から駈け出した時?


 でも、あの時は見られないように注意していたから見られていないはず、だけれど、あくまでわたし個人の感覚であって、実際に見られていないという確証はありません。


 落ち着け。わたし。落ち着いて状況を確認するの。


「いつから?」

「あ?」

「いつから知ってましたか?」

「ん? ああ、加奈愛と水泳対決している時、からだな」


 その回答だけではわからないため、続けざまに聞きます。


 どうして、わたしが下着を忘れてしまっていることに気づいたのか。


 もちろん。


「下着」なんて言葉、安易に口に出すのは――特にこのノーパンノーブラの姿で口にするのは死ぬほど恥ずかしいため、あえてそこは省きます。


 純慶さんもなんの話をしているのかわかっていることだし。


「そんなときから……どうしてわかったんですか?」

「ん? ああ、光愛のことだから、どうせまただろうと思ってな」


 これは驚きです。


 純慶さん、わたしが去年も下着を忘れたことを知っています。


 加奈愛ちゃんから聞いたのでしょうか。


「でも、見るのを止められなかったんだ」


 なんと⁉ わたしのノーパンノーブラ姿がそんなに気に入ったと⁉


 スクール水着を着ている時はあまり魅了している感ありませんでしたが、実は結構ドキドキしていたのかもしれません。


 スクール水着もノーパンノーブラと言えなくもない。実はノーパンノーブラ最強説⁉


 それなら今後は純慶さんの前では常にノーパンノーブラで。……って、そんなことできるわけないじゃない!


 というか、わたしがノーパンノーブラで困っているときに、純慶さんはそんなわたしを見て発情していたってこと⁉


 純慶さんのエッチ!


 わたしは怒りやら、恥辱ちじょくやら、嬉しさやらの感情を処理しきれず、うつむきながらプルプルと体を震わせます。


 純慶さんがそんなわたしを見て、心配そうに顔を覗いてきます。


「大丈夫か? 光愛」


 純慶さんに突然、顔を近づけられたわたしは羞恥と驚きから咄嗟とっさに自販機のある方へと後ずさります。


 背後に自販機を感じながら、純慶さんを責めるような口調で言います。


「なら、どうして追って来たんですか?」

「そりゃ謝った方がいいかなと思って。見てたのは事実だし」


 見ていたことに対して謝罪しているのにもかかわらず、物理的な距離を詰めてくる純慶さん。


 謝罪されているというのに、全然、全く、これっぽっちも、謝罪されている気がしません。


「いや!」


 これ以上近づかれたら、恥ずかしさでどうにかなりそうで、わたしは純慶さんを突き飛ばす勢いで右手を目一杯伸ばし、距離を詰められるのを拒否します。


「悪いと思ってるなら見ないでください!」


 純慶さんは困った顔で後ずさり距離を取ります。


 物理的な距離が離れたことで多少安心するも、見られていることには変わらず、恥ずかしさからわたしは両手で胸を必死に隠しました。


「あ、悪い……」


 2人黙り、居心地の悪い空気が場に流れます。


 居づらさがあるものの、去りづらさもあるため、身動きが取れずにいると――。


「なに? この空気?」


 加奈愛ちゃんが来ました。


「……加奈愛ちゃん」


 わたしは加奈愛ちゃんの顔を見れてなんだか安心しました。


 それにより今まで聞かれたら恥ずかしいと思って、あえて口に出さないようにしていたワードがポロっと出てしまいます。


「聞いてよ! 加奈愛ちゃん! 純慶さん、酷いんだよ! わたし今日、下着を忘れてね。今、着けてないの。そんなわたしの姿を見るのが止められないって!」

「「…………は?」」


 わたしの言うことが理解できないのか、2人して首を傾げてきます。


「なんか思ってた反応と違う⁉ なんで⁉」

「っていうか下着を忘れたんなら言いなさいよ。言ってくれれば体操着を貸したのに」

「え? 加奈愛ちゃん、体操着を持って来てたの?」

「そうよ。それでもし、忘れてたら貸そうかと思って聞いてみたら忘れてないって言うし。……っていうか、去年も貸したでしょ」

「え? そうだっけ?」

「そうだよ。なんかスカートの中がスース―するって言うから、わたしが予備で持って来てた体操着を貸したじゃん。そしたら着替え終わった光愛が『そういえば下着を履いてないのを忘れてた』なんて言い出すし。……なんで忘れるかな? 色んな意味で」


 加奈愛ちゃんに言われて思い出しました。


 そうだ。


 だからノーパンノーブラでもなんとかなったのか。


 加奈愛ちゃんの体操着を借りることでなんとかなったんだ。


 加奈愛ちゃんの体操着を借りることで今、抱えている問題を解決できると知ったわたしは安心しました。


 ふと純慶さんの方へと視線を向けると、彼はわたしに背を向けそっぽを向いています。


「純慶さん。どうしたんですか?」


 加奈愛ちゃんが来るまではまっすぐこっちを見ていたというのに今はわたしを見ないように努めています。


 あまりの変わりように不審がって顔を覗こうとすると、そっぽを向いて抵抗しました。


「光愛、早くしないと昼休み終わっちゃうよ」


 わたしが純慶さんの顔を覗こうとしている間に、加奈愛ちゃんはすぐそばにある中央階段を上り、踊り場へ移動。そこからわたしを急かしてきました。


「あ、うん」


 純慶さんの態度の変わりように戸惑いつつも、わたしが加奈愛ちゃんの元へ駆けだすと同時に加奈愛ちゃんは急かすように先を歩き階段を上ります。


 わたしは負けじとスピードを上げて後を追いかけるも。


 上の階の少し手前でふと純慶さんは結局なにを謝っていたのか気になりました。先ほどの反応からして、わたしがノーパンノーブラだとは知らなかったよう。ならなぜ。


 わたしは元来た道を戻ります。1段ずつではなく、数段飛ばしで勢いよく降ります。


 踊り場から下り階段に差し掛かったところで、自販機よりも、下駄箱よりも、先にあるガラス張りの扉が目に入りました。


 そこではケラケラと楽しそうに扉を開け、校舎内に入ってくる2人組の女子がいます。


 途端。


 ブワッと玄関口からわたしがいる階段の踊り場を目掛けて、勢いよく風が吹きつけてきます。


 階段を駆け下りたこともあって、スカートが勢いよくめくり上がり、わたしの視界を遮りました。


 あまりにも突然のことであったため、スカートを抑えることも忘れて呆然と立ち尽くしてしまいます。


 しばらくすると、扉が閉められ、風が止み、スカートが元の位置に収まります。


 スカートで遮られていた視界の先を見ると、そこには純慶さんがいました。


 純慶さんはわたしより数段下りたところにいて、そこからだとちょうど純慶さんの顔の高さにわたしの股がある状態で。それは……つまりは……。


 わたしはなにが起きたのかわからず、ただただ呆然と立ち尽くしました。


 すると、純慶さんはなにもなかったかのように。だけれど、頬を赤らめ恥ずかしそうにして、できる限り自然を装い、わたしの横を通り過ぎて階段を上って行きました。


 純慶さんが上の階に到達したであろう頃、わたしは階段の踊り場でへたりこみます。


 床が冷たいタイルになっていることも気にならないほど力が抜け、ただただ呆然と座り込んでしまいました。


 純慶さんを魅了したいと考えていたにもかかわらず、いざ魅了したとなると、それはそれで恥ずかしいものでした。


 それはあられもない姿をさらしてしまったからでしょう。


「光愛。なにやってるの。早くしないと授業が始まっちゃうよ」


 しばらくすると、加奈愛ちゃんがやってきました。


「今日はもう帰る!」

「はぁ⁉」


 わたしは恥ずかしさのあまり純慶さんがいる教室に戻りたくないと駄々だだをこねるも、加奈愛ちゃんはわたしの要望を聞き入れてくれません。


 その後、わたしは体操着を制服の中に着ているも、ノーパンノーブラであることは変わらずのまま、午後の授業を受けることになりました。


 もう2度とノーパンノーブラなんて羞恥的な姿にならないと、心に誓うわたしなのでした。

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