第20話

「スミヨシくんのカッコイイ姿を見て、ときめいたんじゃない?」


 加奈愛かなめちゃんと純慶すみよしさんの水泳対決があった日の昼休み。


 わたしは加奈愛ちゃんと一緒にお手洗いに来ています。


「そんなことないもん。あんな……おっぱいばっかり見て、まったく」

「そんなこと言って少しはキュンキュンしたんじゃない? ほら、スミヨシくん、光愛と交際を続けるために一生懸命だったよ」

「うぅ……いや、まぁ……それは、そうなんだけど……」


 純慶さんがわたしのために――わたしとの交際のために懸命に泳いでいる姿を思い出して、顔が熱くなるのを感じます。


 でも、それと同時に、純慶さんの視線が加奈愛ちゃんのおっぱいに釘付けになっているのを思い出して、苛立いらだちも覚えました。


 その苛立ちをわたしは、加奈愛ちゃんへと向けます。


「っていうか、加奈愛ちゃんひどいよ。勝手にわたしと純慶さんとの交際を賭けさせるなんてさ」


 これは八つ当たりではありません。


 だって、そもそもそんな賭けを持ち込んで、純慶さんと水泳対決を挑んだのは加奈愛ちゃんだもん。


「いや、勝手ではないよ。賭けが成立したとき、光愛も一緒にいたし……なにより光愛の了承もとったよ?」


 それは知りませんでした。


 加奈愛ちゃんは適当なことを言っているに違いありません。


 そんな確信を持っているからこそ、語気ごきを強めて断言します。


「え⁉ いつ? わたしがそんなこと許すわけないじゃん!」

「いやいや、そろそろプールの授業が始まるねって言った時だよ。覚えてないの?」

「うっそだ~。加奈愛ちゃん適当なこと言ってない?」

「言ってないよ。なんなら賭ける? その時、純慶さんも一緒だったから知ってるはずだよ?」

「いいよ。わたしがそんなバカげたこと許すわけないもん!」


 そんな感じでお互いに譲らず、純慶さんが待つ教室に戻ると、早々に純慶さんに訊いてみました。


 すると純慶さんの反応は煮え切らないものでした。


「確かに光愛は承諾していた。してはいたんだけど、上の空で話をまともに聞いてなくて、そこをついて加奈愛に承諾させられている感じだったわけで……はっきりどっちとは言い切れないな」

「結局どっちなの?」

「ん~。どちらとも言えるなぁ」

「なんだか今日はこんなんばっか。はっきりしない呪いにでもかかっているのかな? そして光愛はどうして『ほら、わたしが言った事が正しかったでしょ』的な誇らしげな顔をしているの?」

「だって結局それって、はっきりとは了承を取ってなかったってことでしょ」

「まぁそうだけど?」

「ならわたしが正しかったってことだよね」

「なんでそうなるの?」

「だって純慶さんの話を聞く限り上の空で話を聞いてない中、返事をしてたわけだから。これはもう誘導尋問で『わたしがやりました』って言わされているようなものじゃん。ならわたしが返事をしたことにはならないよね」

「光愛のその変な自信はどこからくるの? っていうか、今回判定となるはずのスミヨシくんがはっきりしてないんだから、賭けはなしだよ」


 お手洗いから教室に戻るまでにせっかくだからなにか賭けようという話になりました。


 その賭け自体を加奈愛ちゃんはきっぱりなしと言い出します。


 それに対してわたしは抗議しました。


「え⁉ 加奈愛ちゃん、ずるいよ。負けを認めないなんて」

「いやなんで光愛が勝ったことになってるの? ああもう、自販機に売ってる紙パックのいちごミルク、買えばいいんでしょ」

「やった」

「っていうか光愛は本当にいちごミルクなんかでよかったの?」

「え? おいしいよ」

「いや。まぁ、いいや」


 加奈愛ちゃんは呆れた感じに嘆息しました。


 ところでわたしは大きな問題を抱えています。それをお手洗いに行った際に思い出した。


 大きな問題なのに一時であっても忘れるなと思われそうだけれど、忘れていたのだからしょうがありません。


 それは、わたしが下着を持ってくるのを忘れ、現在ノーパンノーブラであることです。


「それじゃ、あたし、自販機に行って――」

「待って!」


 加奈愛ちゃんが立ち上がるのを制止させ、わたしは要求します。


「自分で買いたいから加奈愛ちゃん。お金ちょうだい」

「いやいいよ。あたしが行くから、自分の分も買いたいし」


 加奈愛ちゃんは言いながら、お財布の中の小銭を机の上に広げ、いくらあるか確認しています。


 わたしはそれをチャンスだと思い、いちごミルクを買うのに必要な金額だけをひったくり、お弁当も持って、一目散に駈け出しました。


 駈け出す際、加奈愛ちゃんだけでなく、純慶さんまでなにか言いたげでした。


 しかし、気にせず、制服のスカートがめくれ中を見られるなんてことには決してならないよう気をつけながら移動します。


 そうして数分後。


 下駄箱が立ち並ぶ中央階段前にある自販機前に到着。


 いちごミルクを購入したわたしはほっと一息つくことができました。


 そこは現在、昼休みにも関わらず、人はいません。


 玄関の扉は閉ざされており、校舎内であることからスカートが風でめくれることもありません。


 安心したわたしは過去を振り返ります。


 今朝、水泳の授業が始まる前、加奈愛ちゃんに言われて下着を持っていないことに気づいたわたし。


 下着を忘れたのならプールに入るのを止めるなりなんなりすればよかったのかもしれません。そもそもとしてプールの授業自体そんなに好きではないのですから。


 水をただ浴びるだけならいいんですけど、プールの授業となると話が違います。


 低身長であることから足はつかない時はあるし、泳げないにもかかわらず泳ぐことが授業のメインになっています。


 にもかかわらず、授業に参加した理由は純慶さんにわたしのスクール水着姿を見て欲しかったからです。


 男の人の中にはスクール水着を好む人がいます。


 純慶さんがそうとは限らないけれど、それでも見て欲しかったのです。


 それならプライベートでプールに遊びに行った際にスクール水着を見せればいいと思うかもしれないけれど、そういうわけにもいきません。


 いつだかスクール水着について調べていたとき、ネットにこう書いてありました。


 スクール水着は学校のプール内でだからこそ意味があると。


 でないと市場価値が下がってしまい、それはもはやコスプレでしかない。


 正直なにを言っているのかよくわかりませんでした。


 だけれど、わたしは女。


 男の人の気持ちを理解するのが難しいだけなのかもしれません。


 せっかくそんな言葉に出会えたのだから少しは信じようと思いました。


 それに、授業の後半は水の中に入らず太陽の光で水着を乾かせばいけるはず。水泳の授業が終わった後も水着を着ていれば大丈夫だと思っていました。


 だけれど、わたしは忘れていました。


 水泳後に浴びるシャワーのことを。


 あのシャワー冷たくて嫌だし、ぱぱっと過ぎ去って終わらしたいんだけど、教師が時間をカウントするためそうもいきません。


 決められた時間は浴びていないといけないからせっかく太陽の光で水着を乾かしても意味はありませんでした。なんということでしょう。


 仕方なしに水着を脱ぎ、制服に着替えるといつもよりスース―して心もとありません。


 あんな布切れ一枚にこんなにも助けられていたなんて……。


 ……とはいえ、今回が初めてというわけではありません。


 去年もそうでした。


 ただ、去年は加奈愛ちゃんに早々にバレてしまいました。


「今日はなんだかスカートの中がスースーするね」なんて言っただけなのに。


 だからでしょう。


 去年と同じように今年も忘れていると加奈愛ちゃんに感づかれてしまいました。


 ああ、小中学生のとき、気を利かせてくれたママがプールバックの中に下着をこっそり入れてくれていたあの頃が懐かしいです。


 今はもう高校生になったのだからと言って、そんな気を回してはくれません。


 まぁそれでも過去に、プールバックに下着が入っていると気づかなかったことがあります。


 濡れた水着をプールバックに突っ込み、中にあった下着が濡れてしまい、その時は濡れた下着を履いたんでしたっけ。


 そして、そのまま気にせず授業を受け続けたら、男子に「お漏らししてる~」と揶揄からかわれました。……あの時の男子を無性に殴りたい。


 今回のことは全面的にわたしが悪いのだけれど、思い出したら腹が立ってきました。


 というのは置いておいて。今はそんな遠い過去のことはどうでもいいのです。


 今をどう乗り切るか。ただそれだけです。


 そのために去年はどう乗り切ったのか考えてみるも、なんだかんだで乗り切ったことしか思い出せません。


 特に親しい男子はいなかったし。その上、小学生に間違われるほどの低身長に、まな板を思わせる胸という体格も体格だけに目立つこともありませんでした。


 おそらく男子からすればわたしなんてそこらへんに転がっている石ころみたいなものなのでしょう。


 だからこそ、ノーパンノーブラでも乗り切れたのかもしれません。


 だけれど、今年は去年とは違う。純慶さんがいます。


 もちろんスカートの中を見られたわけではありません。


 ノーパンノーブラだということがバレたわけでもありません。


 だけれど、ノーパンノーブラで純慶さんの前に出てわかりました。


 たとえ、見られていなくても、知られていなくても……そんなちょっとエッチな姿で純慶の近くにいることが途轍とてつもなく恥ずかしいのです。


 だからこそ、わたしは純慶さんとの物理的な距離を置くため、こうして1人で自販機前にやってきました。お弁当箱も持って。


 このまま人気にないところで1人でお昼を食べようとしていた。


 だというのに……。

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