第19話
「位置について、よーい……ドン!」
事前にカナメと話して授業時間との兼ね合いで5レース勝負となる。
その1レース目。
俺の得意な泳ぎは平泳ぎなのだが泳ぎ方が自由であることを考えるとクロールで泳ぐのがセオリーだろう。
クロールは泳法の中でもっとも早いからな。
泳ぎながら横目でカナメの泳法を確認すると、彼女もクロールだった。
5レース中の1レース目ということもあり、様子見を兼ねてアップ程度で泳ぐ。
お互いがお互いに勝負の判定に悩むような
そのことから俺はゴールした途端にカナメを確認する。俺の方が先にゴールはしたが、その差は僅差だった。
様子見を兼ねているというのはカナメも同じだったようで疲れている様子はない。
「ヘッ! やるじゃねぇか」
「スミヨシくんこそ。さすが元水泳部」
光愛からカナメは陸上部員だと聞かされているが、水泳部と兼部している可能性があるのではないだろうか。
そう思えるほどにカナメは泳ぐのが早いと感じられた。
大会でみかけた記憶はないがあてにならないだろう。男女別に分かれているし、出場選手全員の顔を覚えているわけではないからな。
だとすると手を抜いている場合ではないのかもしれない。
2レース目。
気を引き締めてレースに挑んだことで、俺が先行している。このままいけば勝てそうだ。
ふと横目で光愛を確認すると、光愛は先生に怒られないギリギリの早歩きで、俺の泳ぎに並行して移動しているのが見える。
時たま、これはさすがに怒られるのではないだろうかと思える程、ピョンピョンと軽くジャンプして、光愛ははしゃぐ。
「純慶さん。がんばれー。カナメちゃんなんかやっつけちゃえ」
光愛の声援が聞こえる。
プールサイドで
光愛は声援を止め、足を滑らせた。
まさか高校生にもなってプールサイドではしゃいで足を滑らせるやつがいるなんてという驚きと、ただ単純に光愛のことが心配で、気づいた時には俺は泳ぐを止めていた。
カナメは光愛が足を滑らせたことを知らないのか「あたしの勝ちー」と嬉しそうに右手を掲げている。
それを横目に光愛に声をかける。
「光愛、大丈夫か?」
「大丈夫です。すみません。勝負の邪魔しちゃって」
「いや、それはいいんだ。気をつけろよ」
「はい!」
「スミヨシくん」
カナメは先ほどの嬉しそうな表情から一変。気まずそうに言う。
「どうする? 今のはなしにする?」
「バカいえ。勝負中によそ見する方が悪いんだ。これで1対1」
「あはっ! そうこなくっちゃ。なんたって光愛との交際を賭けた真剣勝負だもんね」
俺が勝負だと認識しているのが嬉しいのか、カナメは笑みを浮かべてスタート地点へと移動した。
3レース目。
光愛は先ほど声を掛けてきたプールサイドの端にいるクラスの女子となにか話している。
距離があり、ひそひそと話しているため、なにを話しているのかわからないが、おそらく俺とカナメの勝負に関することだろう。
俺とカナメが光愛との交際を賭けて水泳対決をすると話していたとき、光愛はそばに居た。
居たのだが、上の空で水泳対決することは理解しているが、交際を賭けていることは理解していない様子だった。
おそらく、そのことを打ち明けられているのだろう。
タイミングをみて、俺から話そうとしたが、結局は言えなかったからな。
「位置について、よーい……ドン!」
スタートを切り、今度はカナメが先行している。
先ほどのレースでは俺の泳ぎに並行して光愛が早歩きしたことで足を滑らせていた。
そのことからスピードを出しづらい。
また配分を考え、全力を出していない。だが、カナメの泳ぎを見て、このレースが勝負の分かれ目だと判断し、途中からペースをあげる。
光愛がゴール付近にいて、先ほどのような俺の泳ぎに並行して早歩きができないとわかったこともスピード上げる理由となった。
泳ぎに集中し、スピードを上げ、カナメの後を追う。
するとプールサイドから光愛が大声を出した。
「加奈愛ちゃんのバカァァァァァアアアアア!」
「ハァ⁉ 光愛に言われたくないんだけど!」
突然の罵声に焦ったカナメは泳ぐのを止め、しなくいいはずの反論をした。
そのまま口喧嘩しそうな2人を無視して、俺はゴール。
それを見た光愛は歓喜する。
「やった」
……なんだこれ……。
光愛が悦びを顕わにし、カナメは怒気を顕わにする。
俺はなんだか申し訳ない気持ちになり、提案した。
「……えっと……今のはなしにするか?」
「するわけないでしょ!」
気を使って提案したつもりだったのだが、カナメはそれが気に食わないという感じに怒気を強めて返事をした。
そのままプールから上がり、次のレースのためにスタート地点に移動する。
カナメとの水泳対決はこれで2対1。
5回勝負であることから次、勝てばレースは俺の勝利で終了。
なのだが……。
……俺は4レース目。カナメに負けた。
「手抜いたでしょ」
「そんなわけないだろ」
先ほどの3レース目でのことが申し訳なく感じていたのは事実だが、別に手を抜いたわけじゃない。
ではなぜ負けたのか。その答えは男子ならわかるはずだ。
女子と勝負していると感じる。やりづらさ。
これがもし競泳でなければ、別の勝負であれば感じなかったかもしれない。
もしくはカナメと並走するほどのいい勝負をしなければ。
俺は勝負中。過去の大会にカナメが出場していたレースがあったか考えていた。
思い出そうとするがためにカナメの体を観察していた。
していたらあることに気づく。
カナメ……スタイルいいなと。
出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。
要はおっぱいが俺の集中力を削ぎにかかっている。ということだ。
スクール水着で露出している肌面積が少ないとはいえ、制服に比べるとどうも目立つ。
胸元やお尻がきついのか、ときおりスクール水着を指で伸ばしている。その姿が妙に色っぽい。
「泣いても笑っても次で勝負が決まるけど、覚悟はいい?」
「おう! もちろんだ!」
すでに勝負はついていると言ってもいい。
俺がカナメのおっぱいに魅了された時点で試合終了のゴングが脳内で鳴り響いている。
そんな俺の心境を知らないカナメは最終レースに向けて集中力を高める。
息を整える。「ふしゅー」という音を出して息を吐く。
俺はただただその姿に魅了され、無意識に凝視してしまう。主におっぱいを。
「す~み~よ~し~さ~ん」
プールサイドから声がした。
光愛が怒気で髪を逆立てて、ものすごい形相でこちらを睨んでいる。
「スミヨシくん。なんか光愛が怖いんだけど」
カナメが怖いと思うということは相当だな。
「なにかしたの? ……って言ってもずっとあたしと泳いでいたわけだからなにかしてたら気づきそうなものだけど」
「いや、俺はなにも――」
俺が誤魔化そうとするも、光愛がはっきりきっぱり言ってしまう。
「そんなにおっきいおっぱいが好きか⁉」
光愛。それは言ってはいけないこと。
俺が止める間もなく光愛は叫ぶ。
「ずっと加奈愛ちゃんのおっぱいばっか見て! どうせわたしのは小さいですよーだ!」
「へ⁉ スミヨシくん、ずっとあたしのおっぱい見てたの?」
「いや、ちがっ!」
「わたしの目は誤魔化されないんだからね。この前わたしとプール行った時もずっと、お……おっきい、おっぱいばっかり見て、一緒にいるこっちが恥ずかしいわ!」
カナメは両腕で胸を隠すようにして俺に凝視されないよう努めている。
頬を赤くして、完全に俺が胸を凝視する変態だと認識した
「光愛、誤解だ」
「誤解なんてしてないもん!」
弁解しようとするも光愛は聞く耳を持たない。
そもそも、どう弁解したらよいものか。
俺が思案していると、
「はーい。それじゃ次の人でラストね」
泳げない組の指導をしている女性体育教師が授業がまもなく終了することを告げる。
「あー、あと……男子が女子をエロい目で見るのはいつものことでしょ。気にしない。気にしない」
それを聞いた女子達は確かにと納得した面持ちだ。妙な納得のされ方をされてしまった。
順番ではない俺とカナメ。勝敗はつかず、体育の授業が終了することが確定した。
ちなみに、次の水泳の授業で勝負の続きをすることはなかった。
どうやら、カナメは俺と全力で水泳対決をしてみたかっただけのようだ。
カナメが勝ったら、俺と光愛は交際を止めるという約束をさせられたのもそういう理由だろう。実際に確認したわけではないが。
そういえば、事前に決めていなかったが、もし俺が勝っていたらどうなのだろう。
なにか俺に利点のあるなにかが起こっていたのだろうか。
考えても仕方がない。結局、勝負はつかず、話は流れて行ったのだから。
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