第18話

 教室の窓越しに外を眺めると、キレイな青空が広がっていた。


 絶好のプール日和。


 プールの授業があるこの時期は梅雨つゆの時期と被っているため、雨や気温の低下で中止になることがあるのだが、今日は決行できそうだ。


 久々に思いっきり泳げることを思うとワクワクが止まらない。


 この前、光愛みなとプールに行った時はウォータースライダーを滑ってばかりで全然泳げなかったからな。


 そんなこと考えながら、光愛を見る。


 光愛は不機嫌そうに愚痴ぐちっていた。


「わ~わ~わ~、なんで晴れているの~」

「光愛。あたしのイスを揺すらないでくれる?」

加奈愛かなめちゃんのせいだよ。どうせ加奈愛ちゃん、てるてる坊主を作って晴れるよう祈ったんでしょ」

「光愛じゃないんだからそんなことするわけないじゃん。そういう光愛はてるてる坊主を逆さに吊るしたんじゃないの?」

「そ、そんなこと……するわけないじゃん」

「じゃあ、今日の放課後、光愛の家に行って確認しに行くよ」

「……い、いいよ~」

「ゴミ箱まで漁るからね」

「いいけど、そしたら加奈愛ちゃんは人の家のゴミ箱を漁る女だって、クラスの皆に言いふらすよ」

「なら、もしも、てるてる坊主が見つかったら、光愛にてるてる坊主を食べてもらおうかな?」

「てるてる坊主はティッシュでできてるから食べ物じゃないよ」

「あれ? ないんでしょ? ないんなら食べることになるかもなんて考えなくてもよくない?」

「いや、わたしは作ってないよ。わたしは作ってないけど、もしかしたら、ママやお姉ちゃん、もっと言えばパパが作ってるかもしれないじゃん」

「それズルくない? それって、もし見つかっても『わたしが作ったわけじゃないもん!』って言うやつじゃん」

「ズルくないもん!」

「はいはい。まぁ、どっちでもいいや。……っということでスミヨシくん。今日はよろしくね」

「ん? ああ、おう」


 急に話を振られてビックリした。


 完全に光愛とカナメの会話だと思っていたんだけどな。


「そういえば光愛、水着は持ってきた?」

「ちゃんと着て来たから大丈夫だよ」

「っということは、下着を忘れてきたのか」

「そんなわけ…………そんなわけないじゃん!」


 光愛は机をバンッと叩き、頬を膨らませぷいぷいと抗議している。


 ノーパン、ノーブラで制服を着る姿を想像したのか。頬を赤らめ、恥ずかしそうだ。


 イスに座ったままスカートの丈を気にしている。


 たとえ、本当に下着を忘れたんだとしても、今は水着を着ているわけなのだから気にする必要はないだろうに。


 まぁ本当に水着を着て来たのかなんて知る由もないんだけどな。




 そんなこんなで体育の――水泳の時間がやって来た。


 水泳の授業ならではの、シャワーやら、準備体操やらの、泳ぐ前のルーティンを終え、カナメとの勝負の時がやって来た。


 カナメの水着姿がお披露目ひろめになったとき、男子達が一様に歓声を上げていたが、俺はそのことを気にしないよう努める。


 勝負に集中せねばならない。


 なぜなら、この勝負で光愛との交際を続けられるかが賭かっているのだから。


 愛春あいは慶太けいたが光愛に懐いている今、光愛を手放すわけにはいかない。


 なにより俺自身が手放したくない。


 転校初日に俺は勢いで、光愛に告白して付き合うことになった。


 あの時は勢いだけだったが、今思うとそうしないといけないなにかがある気がする。


 それは家で夕飯を作って欲しい、もしくは、俺が夕飯の準備をしている間、愛春や慶太の面倒をみて欲しい。といったこととは違う。


 それよりももっと重要なことで……それを知るためにも光愛との交際が必要不可欠だということだけはわかっている。


 それを知るためにも、俺はカナメに勝ち、光愛との交際を続ける。


 なぜ光愛と交際するのにカナメの了解が必要ななのかという疑問はあるが、今はそんなことはどうでもいい。


 もし負けたら、カナメが俺と光愛の仲を邪魔してくるのだろう。


 今はその理解で十分だ。


 授業では泳げる組と泳げない組で分かれる。


 泳げる組は列を作って順番に泳いでいく。


 泳げない組は先生の指導の下、泳げるように練習する。


 担当する先生によって厳しさは変わるが、今担当している先生は緩い方だろう。


 プールサイドの端の端でタップタオルを体に巻いて楽しそうに談笑する生徒がいるが、とがめる様子はない。


 泳ぎたくない人は泳がなくていいというスタンスのようだ。


 だが、ケガ人は出したくないようで、走っている生徒やふざけている生徒にはちゃんと注意している。


 ちなみにその担当する先生は生徒と同じようにスクール水着を着用した20代の若い女性でナイスバディだ。


 うっかり視界に入れてしまうと視線が釘付けになり、完全に集中力を持っていかれてしまうから注意が必要だ。


 おっと。これは余談だったな。


 光愛はというとプールサイドに立ち、こちらを窺っている。


「スミヨシくん。準備はいいかな?」


 カナメに話しかけられる。


 授業の様子を確認している間に、俺とカナメの泳ぐ順番が来ていた。


 光愛の話によるとカナメは陸上部でありながらスポーツ全般を得意としており、水泳も得意だ。


 去年の水泳の授業ではすでに陸上部に所属しているにも関わらず、うわさを聞きつけた上級生が勧誘に来たほどだと言う。


 油断ならない相手だ。と、同時に元水泳部員として、負けられないという気持ちが強くなる。


「問題ない。本気でかかってこい」


 俺たちの次に泳ぐ女生徒に号令をお願いしてから配置につく。


 俺は久しぶりに本気で泳ぐという緊張感と高揚感を得る。


 さらに隣に並ぶカナメの容姿に気を取られないよう誘惑を振り払いながら、心を落ち着かせようと号令を静かに待つ。


 レースが行われるときのこの緊張感も、水泳の……競泳の醍醐味だいごみだろう。


 水泳は早さを競う競技あると同時に魅せる競技だ。


 スピードだけじゃない。体に無理のないキレイなフォーム、息継ぎなどのリズム感。


 スピードばかりに気を取られて気にする人はあまりいないかもしれないが重要だ。


 例えば溺れている人を助ける人命救助。競泳でそこまで考えるのはお門違いだという人がいるだろうが、そうだろうか。


 そもそも泳ぎを覚えるのに初めから早く泳ごうとはしないはずだ。まずは確実に泳げるようになろうとする。早さを気にするのはそのあとだ。


 かく言う俺もそうだ。俺の場合はそもそも泳げるようになることを目的とはしなかった。


 妹ができると聞かされたあの日。


 たまたまテレビで見た水泳選手の引き締まった体を見て、俺もあんな風になりたいと思って水泳を習った。


 最初から泳げるようになろうと思ったわけではなく、兄になる人間として立派になろう。心と体を鍛えよう。


 そう思って小学1年生から水泳を習いだした。


 そう考えると今がその成果の見せどころではないだろうか。


 俺が勝負に敗れ、光愛を家に引き連れなくなれば、愛春と慶太は悲しむだろう。


 負けるわけにはいかない。


 プールサイドにいる光愛の姿を横目に集中力を向上させる。

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