第15話

 学校からの帰り道。俺は光愛みなと自宅に向かっていた。


 光愛は胸パットが入った紙袋を大事そうに抱きかかえている。


 大切に扱ってくれるのはありがたいが、中身が胸パットだということを考えるとなんだか恥ずかしい。


 傍から見ればただ紙袋を抱えているだけなのだが、中身が中身だけにどうも落ち着かない。


 早く家に帰りたいと思っているのに、商店街である店の前を通った際に光愛は立ち寄りたいと言い出した。


 そのお店というのは、ランジェリーショップ――女性の下着売り場だ。


「俺がついていく必要ないだろ。1人で行ってきてくれ」

「え~、1人じゃ恥ずかしいですぅ~」

「俺の方が恥ずかしいわ」

「いいから行きましょう」


 光愛は俺の手を引っ張り、嫌がる俺を無理やり店内に連れ込む。


 店内に入ると、注目を集めているような気がする。


 光愛が一緒だからまだ言い訳できそうだが……。


「ちょっと試着してきますね」

「え⁉」


 光愛が試着室の中へと入っていく。俺は1人、取り残されてしまった。


 試着室の前で呆然と立ち尽くす。


 …………することがない。


 だからといって店内を回って「へ~、こんな商品があるんだ」なんてできるわけがない。


 店員さんやお客さんはできる限り気にしないようにしているようだが、いぶかな視線を向けられているようでならない。


 居場所のない俺は仕方なく、光愛の試着が終わるのを今か今かと試着室の前で待つことにした。


 試着室から服ずれの音が聞こえる。その音を聞くたびに居心地の悪さを尚一層、感じる。


 時折、俺は光愛に「まだか」と急かす。


 着替えに集中しているのか、光愛からの返事はない。だが、しばらくすると試着室のカーテンが開かれた。


 カーテンが開かれる音がしたことで試着を終えたものだと判断し、光愛がいる方へと視線を向ける。


「純慶さん。どうですか? 似合いますか?」


 そこにはバカでかい黒のブラジャーとパンツだけを着けている光愛の姿があった。


 右手は後頭部、左手は腰に手を当て、セクシーポーズ……って! そうじゃない!


「は⁉ バカ! 見せるな! カーテン閉めろ!」


 なぜ光愛がそんな行動をとったのかわからないが、俺の慌てようを見た光愛は状況を察したよう。


 左手でブラを右手でパンツを隠し、体をねじり必死に隠そうとしている……と思われる。


 なぜ思われるなのかというと、俺は瞬時に光愛がいる試着室とは逆方向を見たから実際のところはわからないからだ。


 そのため光愛が実際にどのようなポーズなのかはわからない。


 わからないのだけれど、脳内で光愛が隠そうとしているのを想像してしまう。


「へ⁉ ちょっと! 見ないでください!」

「見せたのお前だろ!」


 シャーと、カーテンを閉める音が聞こえる。




 会計を済ましてからお店を出ると、光愛の胸が不自然なほど明らかに大きくなっていた。


 試着室から光愛が出てきたとき、店員さんは唖然あぜんからの苦笑。なにが起きたのか理解しているようだった。


 それは俺も同じで……要は光愛は大きいプラをつけてから、パットを詰められるだけ詰めている。


 大きすぎるためだろう。光愛は胸を――厳密には胸に詰めたパットをこぼさないよう腕で押さえながら歩く。


 その状態ではカバンを持っていられないため、自然と光愛のカバンは俺が持つことになった。


 お店からアパートに帰るまで、光愛は注目を浴びる。


 あまりにも不自然であるため、すれ違う人から苦笑すら漏れている。


 だというのに、光愛はまったく気にする素振りを見せない。


 それどころか、眼福という感じで満足気な表情すら見せている。


「純慶さん。わたし巨乳です。巨乳になりました。どうですか?」


 光愛はパットの詰まった胸を腕で持ち上げ、俺に見せつけてくるかのように近づけ、嬉々として問いかけてくる。


 明らかに体格とのバランスとか、腕で押さえていることとか、不自然極まりない。だが、当の本人があまりにも嬉しそうにしているため、答えは決まっている。


「まぁ、いいんじゃないか」


 はっきりと似合っているとはさすがに言えないため、答えを濁すと光愛は複雑な表情を見せていた。


「こんな胸でもいいんですね」


 いや、よくないとは言えないだろ。


 胸が小さい女子が。それでもなお、胸を大きく見せようとしている。


 どんな返答すれば満足だったのか俺にはわからない。


 商店街を抜けて保育園に到着。保育園で慶太を回収する。


 保育園でも光愛の胸は目立ち、保母さんや保護者には温かな笑みを向けられていた。


 また小さな子供達からは、


「おねえちゃん。おっぱいおおきい」


 と賞賛の声を浴びる。


 それを受けた光愛は満足気に、


「揉んでみる?」


 と、明らかに子供にかける言葉ではないことを言って場を困惑させていた。


 教育上よくないため、俺と保母さんで光愛の胸を揉ませることを阻止する。


 お母さんのおっぱいでも揉んでなさい。


 もしくは、お父さんでもいいけれど……いいのか?


 保育園からアパートに向かうまで、慶太は光愛の胸を凝視していた。


 それは揉みたいからというよりも、好奇心によるもののように見える。


 例えるなら、昨日はサナギだったのに、今日はちょうになるようなもの。


 突然の大きな変化についていけず、本当に同一人物なのか疑ってまじまじと見てしまう。


 そんなことから慶太は光愛を胡乱うろんな目で見ていた。


 アパートに到着すると愛春のお出迎えがあった。


 もうお決まりとなりつつある……のだが、今日はちょっと違った。


「……お兄ちゃん……おかえ、り⁉」


 いつもは元気であるのだけれど、昨日は光愛に酷いことを言ってしまったことから、しょんぼりとした感じに玄関にやってくる。


 光愛の不自然なまでに強調された胸を見て、愛春は驚愕きょうがくした。


「愛春ちゃん。ただいま。昨日はごめんね」


 光愛は愛春に優しく語り掛ける。その姿は頑張ってお姉ちゃんしようと背伸びしているようだ。


 対して、愛春は口元をあわあわとさせて、まるで恐ろしいものでも見たかのように泣き叫ぶ。


「光愛お姉ちゃんが! 愛春のせいで! ヤクに手~出しちゃった~」

「その発想はなかった!」


 俺は思わずツッコんでしまう。


 一晩で胸をここまで成長させる薬。もし実在すれば繁盛しそうなものだが、副作用や価格が気になるところだ。


 愛春は玄関を離れ、リビングへと駆けていく。


 俺は愛春を追いかけるようにリビングに移動し、部屋の端に俺と光愛のカバンを置く。


 その後、どうにか愛春をあやし泣き止ませた。


 リビングで泣き止ませながら、改めて光愛を見る。愛春の言うように特異的ななにかをしたように見えなくもないなと思った。


 自身の胸を見た途端に愛春が泣き出してしまったことで、光愛はしょんぼりと力なくリビングの床に座っている。


 光愛の膝の上には昨日と同様に慶太が座っている。


 光愛はもうパットの詰まった胸を手で支える気力もないようで、両手をだらんとまっすぐ垂らす。


 慶太はそんな光愛の様子を気にもせず、光愛の胸を揉みだした。


 その様子を見ていた俺はというと、愛春をあやすのに力尽き、なんかもうどうでもよくなり、ただただその様子を眺める。


 光愛の手による支えを無くし、慶太の手による圧力をかけられた胸(正確には胸パット)がこぼれ、その1つが光愛のお腹へと移動。


 それを不審がった慶太がパットを取り出そうとワイシャツを上げていき、パットを取り出そうとしている。


 それに光愛が気づき悲鳴をあげかけるも、慶太は止める気配なくワイシャツの中に顔を突っ込み、パットを取り出していく。


「ちょっと! 慶太くん? なにやってるの? 純慶さん! 止めさせてください!」


 なんかもう疲れ切ってしまっていた俺は心の底からの声が漏れる。


「自分でなんとかしてくれ」

「そんな~」


 とはいえ、放っておくわけにもいかず、抱きかかえていた愛春(泣き疲れて夢の中)をリビングの床にそっと寝かせてから、慶太を止めに入る。


 慶太の脇を掴み、光愛から剥がそうとするも、ワイシャツの中にすっぽりとハマってしまっている。


 光愛が中を見られないようにぐっとワイシャツを抑えているもんだから尚更だ。


 無理やり引っ張るものなら、ワイシャツのボタンが壊れそう。


 かといって、慶太を床側に引っ張るにしても、光愛の足がストッパーとなり、うまく引っ張り出せない。


 さらには俺が引っ張り出すために慶太の脇を触っているもんだから、くすぐったいのか微かな笑い声を漏らして、光愛のワイシャツの中で暴れている。


 慶太は光愛の脇を触っているのか、光愛はくすぐったそうだ。


 光愛は一刻も早く慶太をワイシャツの中から出したいようで、思いっきり後退している。


 そんなに引っ張ったらワイシャツのボタンが壊れる。


 そう思った矢先—―


 —―ボタンは弾け飛んでいた。


 俺は慶太を抱きかかえた状態で勢いそのまま後ろに仰け反り、床に頭をぶつける。


「……いてて」


 すぐに起き上がると、そこにはすべてのボタンを失ったワイシャツの中からおへそと、胸に不相応な大きさゆえに垂れ下がったブラから覗く微かに膨らんだ胸が顕わになった光愛の姿があった。


「イヤー」


 左頬に強烈な衝撃を受けた。それと同時になにかが破裂するような大きな音が鼓膜を刺激する。


 視界が暗転し、倒れ込む。




 俺が起きた時には母さんがアパートに帰っていて、光愛の姿はなかった。


 なんだか記憶があやふやだ。


 だが、母さんの「光愛ちゃんに紙袋、渡してくれた?」と言われ、思い出す。


 後日、俺は誠心誠意の謝罪をし、許してもらった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る