第14話

 愛春あいはとアパートの前で別れ、慶太けいたを保育園に送っていき、俺は学校に着いた。


 昇降口で上履きに履き替え、教室へと向かう。


 思えば光愛みなになにかプレゼントするのは初めてな気がする。


 別に緊張する必要はないのだが、緊張してしまう。


 教室に入ると、すでに光愛はいた。


 早速、俺は謝罪して、母さんから託された紙袋を光愛に渡そうとするも、それよりも先に光愛が謝罪してきた。


「昨日は急に帰ってしまい、すみませんでした」


 家で何度か練習でもしたのか、キレイなお辞儀を見せてくれた。


 内心、片言ではなくなった光愛にほっとしつつ、応対する。


「いや、それはいいんだ。っていうか俺の方こそ不快な思いさせて悪かった」

「いえ、純慶さんが謝ることではありません」

「そうか?」

「そうです」

「それはそうと。愛春がすごく落ち込んでいたから今日は目一杯遊んでやってくれないか?」

「はい! もちろんです!」

「あ、それとこれ……お詫びの品だ」

「え?」


 俺は母さんから渡された紙袋を渡した。


 母さんからなにか伝えるようにと言われていた気がする。


 ……えっと…………なんだったっけ?


 そうこうしているうちに光愛は紙袋の中を覗いている。


 早く言わなければ。


 なんか知らんが、光愛が頬を赤くしてわなわなしているし。


 ……そうだそうだ。あれだ。


「光愛。実はそれ――」

「そこまでして大っきいおっぱいが見たいかぁぁぁぁぁああああああ」


 光愛は紙袋を真上に放り投げ、勢いよく駆け出し、教室を出て行ってしまった。


 紙袋は天井すれすれまで上がり、落下してきた。それを俺はキャッチする。運よく中の物は外に飛び出さなかった。


 せっかく母さんが作ってくれた品を粗末にするわけにはいかない。


 光愛を追いかけようと教室を出ようとしたタイミングで、


「おっはよう。なんか光愛がものすごい勢いで駆けてたけど、スミヨシくんなにかした?」


 カナメが教室に入って来た。


 心なしか、光愛の悲劇を楽しんでいるようにみえる。


 カナメの言葉を受け、俺は光愛を追いかけるよりも先に紙袋の中身を確認する必要があると気づく。


 俺は紙袋の中を見ることにした。


 母さんに見てはいけないと言われていたため罪悪感があるも、気にしている場合ではない。


 光愛が駈け出した元凶は袋の中身にあるのだから。


 紙袋の中には似たような形の物がたくさん入っていた。柄は無地や花柄などバラバラだ。


 布で作ったのと、毛糸で作ったのがある。


 紙袋の中を覗いただけではなんなのかわからなかったため、俺は手に取ってよく見ることにした。


「ん? なんだこれ?」


 さすがに花柄のを取り出すのは躊躇われたため、俺はできるだけ無地のやつを取り出した。


 俺は品定めするかのようにまじまじと観察し、プニプニと揉んで触り心地を確かめる。


「スミヨシくん。……それ、どうしたの?」


 気づけばカナメは自身の机の上にカバンを置き、立ったままこちらを凝視していた。


 頬を赤らめ、まるで恥ずかしいなのかを見ているかのような顔をしている。


 それはカナメだけでなく、クラス中の――主に女子が、俺をまるで下着泥棒を目撃するかのように見ていた。


 俺は弁解するかのように告げる。


「いや、これは……えっと、光愛に渡すために持って来たんだ」

「そ、そうなんだ。ちなみにスミヨシくんはそれがなんなのか知ってるの?」

「いや……なんなんだ。これ?」

「えっと……とりあえず、それは仕舞おうか。仕舞って、廊下に出て、2人きりで話そうか。うん。そうしよう。それがいい」


 カナメは左手人差し指で左頬を軽くき、頬を染めたまま、俺の手を掴んで廊下に連れ出した。


 俺は素直にカナメの行動に従う。


 廊下に出るも、変わらずクラスメイトの注目は変わらなかった。


 隠れようともせず、教室内から廊下にいる俺とカナメを見てくる。


 それを見たカナメが注目を浴びているという状況が変わっていないことに気づき、今度は本校舎の端にある階段の踊り場へと向かった。


 そこはほとんど人通りがない。


 カナメはクラスメイト達がついて来ていないことを確認してから、嘆息して話し出す。


 その様子はなんであたしがこんなことを、という感じだ。


「えっと、スミヨシくんが持ってるそれは――」


 カナメは元々赤らめていた頬をさらに赤く染め、意を決した風に言った。


「胸パット。だから」

「胸パット。って! 胸を大きく見せたい女子が身に着ける。あれか?」

「……そう」


 俺は自身が置かれた状況に気づいた。


 自身が犯した行動の意味を考え絶句する。


 俺は光愛に胸パットを渡した。


 そしてそれは、胸の小さな女子—―光愛に「お前はみすぼらしいくらいに胸が小さい。だから胸パットをつけて少しはましになれ」と、そう言っているのと同じことだ。


 もしくは「俺は巨乳が好きだ。だから巨乳の光愛を見せろ」そう言っているのと同じ。


 さらに言うと、クラスメイトに関しては誤解している人がいるかもしれない。


 普段から胸パットを持ち歩き、あまつさえ女子にプレゼントする変態。


 それだけならまだましも。


 もしかすると人によっては下着を盗むのと同じように胸パットを盗み、さらにはそれを女子にプレゼントする変態。


 例えるなら大人のおもちゃを白昼堂々平然と渡すようなもの。


 なんにしてもいいイメージは持たれまい。


 それを俺は先ほどしでかしてしまったのだ。


「まぁ、クラスの女子にはあたしから誤解しないよう話しておくけど、それはどこで手に入れたの? まさかスミヨシくんが女装用に元々持ってたとかじゃ、ない、よね?」

「女装用⁉ って! そんなわけないだろ!」

「じゃあ、なに?」


 普段快活なカナメとは思えない程しおらしく訊いてくる。


 あまり人に話すようなことではないが、誤解されたままというわけにもいかない。


 俺は渋々、カナメに昨日あったことを話した。


 光愛の胸を小さいとはっきり言ってしまった慶太のこと。


 ゲーム内のキャラの話だが、女ならわかりやすく巨乳であるべきだという言った愛春のこと。


 そして、そのことを母さんに話すと紙袋を渡されたこと。


 その中身が胸パットだと俺は知らなかったこと。


 改めて考え、話すとなんとも恥ずかしいエピソードだ。


 思い出すだけでも恥ずかしいというのに、それをクラスの女子に説明を強いられるなんて。


 どんな羞恥しゅうちプレイだ。


 だが、説明したかいあり、カナメは「なんだ~」と肩の荷が下りたという風に胸をで下ろした。


「いったいどんな想像をしてたんだ?」

「え⁉ あ、いや……パットの感触を確かめて、これが胸の感触かと感慨にふけっているものかと」


 なにやらボソボソと言っていてなにを言っているのか聞こえなかった。


 顔をうつむかせ頬を染めたまま、手をもじもじとさせているあたり恥ずかしいことなのだろう。


 深くは追及しないでおいた。


 胸パットはタイミングをみて、カナメから事情を話して光愛に渡してもらうことになった。


 予鈴が鳴り教室に戻ると、すでに光愛が戻って来ていた。


 光愛は俺の顔を見るなり、ハッとした顔をしてから教卓のある方へと顔を向けた。


 目を逸らされたことは間違いない。


 俺とカナメが席に着くと、光愛は前の席にいるカナメにボソボソと話し出した。


 ちらちらと俺の様子を窺いながらだ。


 おそらく俺が光愛に胸パットを渡したことを話しているのだろう。


 カナメは休み時間の度に女子を教室の外へと呼び出し、1人また1人と誤解を解いてくれている。


 初めに光愛、次に委員長の宮中沙也花。そうして徐々に誤解は解けていく。


 昼休みになる頃には俺を奇異な目で見る者はいなくなった。


「ありがとな。カナメ」

「いいってことよ。ていうかスミヨシくんはなにも悪くないし」

「うぅ、純慶さん。ごめんなさい。わたしなんか勘違いしてました」

「いや、いいんだ。ちゃんと説明しなかった俺が悪いんだし」

「光愛はもっと落ち着きを覚えた方がいいんじゃない? よく委員長のサヤカに注意されてるし」

「それは加奈愛ちゃんが悪いんでしょ」

「そうやってすぐ、自分は悪くないって言いだす。いつまでも子供なんだから」

「どっちが!」


 光愛は机に両手をつき、カナメの方へ身を乗り出す。


 対してカナメは「あたしは大人だから子ども相手にムキになりませんよ」という風に校内にある自動販売機で買った紙パックのバナナミルクジュースをストローですすっている。


 甘い飲み物を飲んでいるあたりカナメも、十分子供ではなかろうか、と思うもなにも言わないでおく。


 少し離れたところからこちらの様子を窺っている委員長こと宮中のメガネがキラリと光った気がする。


 注意しに来るのかと思われたが、カナメが光愛の相手をまともにしなかったため、2人のケンカが白熱せず、宮中の出番はなかった。


 心なしか寂しそうにしているのは気のせいだろう。

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