第13話
「うえ"~ん。光愛お姉ちゃんに嫌われた~。んあ"~」
胸の大きさを気にしている光愛に直接ではないにしろ
「兄ちゃんが愛春に悪気はなかったってちゃんと伝えといてやるから、もう泣くな」
「う"っぐ! ほん"とに? みなおえち"ゃん、ゆるじてくれる?」
「ああ、許してくれるさ」
もちろん。光愛が愛春を許す確信はない。
ないのだが、今はそう言うしかない。
俺としては光愛がどの程度怒っているのか測りかねている。
胸の大きさなんてそんな気にすることではないだろうに。
そもそもとして光愛は怒ってすらないのでは? とすら俺は考えている。
考えているのだけれど、あまりにも愛春が泣きじゃくるため、実はとても悲惨で無残で無情で、
「おなかすいた」
愛春の号泣をあやすのに夢中で時間を忘れるほどだったのを、慶太の一言で現実に引き戻され、空腹を感じる。
愛春よりも、光愛の胸を直接触って「ちいさい」と言っていた慶太の方が罪深いことをしているはずだ。
なのに、慶太はけろっとしており、なにごともなかったかのような顔をしている。
これは将来大物になるかもしれない。と、思うのだが、今日したことは正直たんなるセクハラだ。
子どもだから特にどうこうとはならないが、大人だったら犯罪で捕まるレベル。
まぁ、慶太自身そんなことわかってはいないだろうがな。
それにしても本当になにもなかったという顔をしている。
もしかすると、慶太の嘆き分を愛春がすべて背負っているのではないかとすら思えてくる。
それにしても腹減った。
慶太の一言で今までまったく感じていなかった空腹を感じるようになってしまった。
それもそのはず、時刻はすでに7時を過ぎている。普段ならとっくに夕飯を食べ終えている時間だ。
ピンポーン!
母さんが帰って来た。
「ただい――うわ!」
「おかあち"ゃん」
「ありゃ? どうしたの?」
母さんが帰ってくるなり、愛春は母さんに抱き着いた。
なんども俺が泣き止むようにとあやしたというのに、まったく無意味だったかのようにドバーっと愛春は泣きじゃくった。
抱き着かれた母さんはなにが起きたのかわからず困惑している。
靴すら脱げず、座ろうにも愛春が邪魔で、移動すらままならない。
俺はその様子をリビングから顔を出して、ただただ眺めることしかできなかった。
母さんは仕事で疲れているのだろう。足に力を感じず、少しふらついているように見える。
だからといって、倒れてしまっては愛春を巻き添えにしてしまうためできないという感じだ。
座りたいという思いをひしひしと感じる。
「おにいちゃん。おなかすいた」
慶太は少し空気を読んでくれ。
俺が嘆息するタイミングで、
「
「みな"おねえち"ゃん」
「とりあえず夕飯先でいいか?」
母さんが愛春をあやしている間に、俺は夕飯を手早く作った。
慶太はダイニングとリビングを行ったり来たりとふらふらしている。
キッチンには来ないため、料理の邪魔にはならないが、視線の端に入って気になる。
出来上がった料理をダイニングテーブルに並べだすと、慶太はイスに座り待ち構えだした。
作った料理はチャーハン、中華スープ、生野菜サラダ。
チャーハンは卵とウィンナー。中華スープは卵とわかめ。生野菜サラダはトマトとレタスときゅうりとコーン。
特別なものは入っていないが、空腹が最大の調味料。おいしくいただいた。
食事を終えると愛春と慶太はリビングでぐっすりだ。
愛春と慶太が寝入っている間、俺と母さんで洗い物を片しながら、俺は母さんに今日おきたことを話した。
「ふ~ん。そういうことか」
俺の話を聞き終えた母さんは得心したという風に小刻みに頷いて、自身の胸に目線を向け、哀しそうにしていた。
見た感じそんな落ち込むほどの大きさには見えないが、それは今であって、過去がどうだったかはもちろん息子の俺は知る由もない。
わざわざ息子に自身の胸の過去を語る親はいないだろう。
娘にだったら相談された際に話すかもしれない。が、それも憶測であって確信には至らない。
「とりあえず俺は明日、光愛に謝ろうと思う」
「そうね。それはそれでいいとして、お詫びの品も必要かもね」
「お詫びの品?」
「そう。まぁそれは私が準備しとくから、純慶は謝罪の言葉を考えといて」
「おう」
その日の夜。
母さんは仕事で疲れているだろうに夜なべしてなにかを作ってくれた。
今朝、茶色い紙袋を渡される。無地で取ってすらついていないシンプルなタイプ。中に母さんが作ったものが入っているのだろう。
俺が中を見ようとしたら制止させられた。どうやら俺が見てはマズいもののようだ。
朝起きた時に訊いてもなにを作ってくれたのかは教えてくれなかったが、光愛のためになるものであることは確か。
俺たちの睡眠の邪魔にならないようダイニングで薄明かりの中、ちまちまとなにかを縫っていたことだけは知っている。
母さんには感謝しかない。
「ああ、そうそう。これを作ったのは私ってこと、伝えといた方がいいかもね」
「? わかった」
そもそもとしてなにを作ったのかわからないからどうしてそんなことを伝える必要があるのか俺はわからなかったが、母さんの言うことに従うことにしよう。
しばらくすると母さんは仕事に向かった。
その後、俺は愛春と慶太を起こす。
愛春は昨日のことをまだ引きずっているようで元気がない。
慶太は変わらず我関せずといった感じだ。
「まだねむいよ」
慶太は眠い目を擦ってやっと立っているという感じだ。
愛春はお気に入りであるうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている。
ちなみに普段なら愛春はそのぬいぐるみをぶんぶん振り回して、ぬいぐるみというよりもそういうおもちゃのように乱暴に扱う。
その様子はさながら、今抱いているぬいぐるみも光愛のように離れて行ってしまうのではないのかと
そんな愛春の頭を俺は無言で
すると愛春は哀しいのか嬉しいのか、よくわからない表情を浮かべていた。
まぁなんにせよ。
心苦しくはあるが、ぬいぐるみを学校に持って行かせるわけにはいかないため、無理やり引きはがさせてアパートに置いて行かせた。
「……光愛姉2号……」
あのぬいぐるみそんな名前じゃなかったよな。
前まで普通に「うさちゃん」って呼んでいた気がする。
悲痛な表情を浮かべ、しぶしぶ学校に向かう愛春が可哀想ではあるが、俺にはどうしようもできない。
できることがあるとすれば、母さんが作ってくれた品が入った紙袋を光愛に渡すぐらいだ。
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