第12話

 学校帰りのルーティン――商店街で買い物、保育園で慶太を拾う、をして家に帰ると愛春の「おかえり!」という元気なお出迎えがあった。


 元気な姿を見るとほっとする。


 元気が一番だ。


 そこでふと慶太はどうだろうと思い、様子を窺う。


 愛春のように快活とした性格ではなく、比較的おとなしい性格をしている。


 外で走り回るよりも、家でゲームをしたり、本を読んだりする方が好きなタイプ。


 注意深く見るも特にいつもと変わらなそうだ。


 もう何度も光愛が愛春や慶太の相手をしてくれているため、かなり懐いている。


 慶太なんか光愛の膝の上に座り、光愛の胸に手を当てるほどだ。


 ………………胸?


「ちょ! 慶太!」


 俺が慶太を注意しようと動く。


 保育園児とはいえ、俺の彼女たる光愛の胸を目の前で触られるのはいろいろと複雑だ。


 だが慶太はそんな俺の心情を知りよしもなく、光愛の胸を触りながら、とんでもないことを口走る。


「みなおねえちゃん。ちいさい」


 ピキッ!


 ひびが割れるような不穏な音が聞こえたような気がした。


 慶太はそんな空気を読めず、むしろわざとやっているのかというぐらい流暢りゅうちょうに言葉を続ける。


「みなおねえちゃん。もしかして、おねえちゃんじゃなくて、おにいちゃんなの? おとこのこ?」


 ピキピキッ!


 ひび割れが悪化した気がする。


 光愛は顔を引きつらせて、明らかになにかを我慢している表情をしている。


 幼い子どもとはいえ……いやむしろ幼い子どもに言われるからこそ心に来るものがあるという感じだ。


「オトコノコ、ジャナイヨ。オンナノコ、ダヨ」


 光愛は片言でしか喋れなくなってしまった。


「えっと、慶太。夕飯までまだ時間あるし、一緒にゲームでもするか」


 とりあえずとばかりに俺は慶太を光愛から遠ざけることにした。


「うん!」


 元気な返事が返って来た。慶太は光愛の膝の上からゲーム時の指定席—―テレビの正面に移動する。


 慶太は1日中ゲームしていても飽きないほどにゲームが好きだ。


 1人でやるのも、複数人でやるのも。誘えば嬉々として応じる。


 あまりやり過ぎは体によくないが、適量なら問題ないだろう。


 俺が家庭用ゲーム――乱闘系のアクションゲームを準備していると、慶太は嬉しそうに待っている。


 その間、愛春は同じ女として光愛の心情を察したのだろう。


 電池切れのロボットのように固まっている光愛の肩にそっと優しく手を置いて、


「光愛お姉ちゃんのかたきは取るから」


 と、かっこいいセリフをキリッとした表情で言っていた。


 その言葉に俺は嫌な予感しつつも、ゲームの準備を進める。


 準備を完了させてゲームを開始。


 初めの内は俺、慶太、コンピュータ×2の4人? 対戦で俺と慶太がチームを組んだり組まなかったりでプレイする。


 タイム制とストック制があるが、タイム制を選択した。


 1試合で2分半。とどめを刺せれば+1ポイント。逆にやられれば-1ポイント。もっともポイントが高い人が勝者となる。


 地道にダメージを与えていたところに止めを刺して横取りできてしまう。


 そのことからたとえ好戦していたとしても負けることがあるため、勝敗を多少誤魔化せる。


 それに何度やられても、復活できるメリットは大きい。


 少しでも手が空くとまた、慶太が光愛の胸を揉みだしかけないからタイム制の方がいいだろう。(手が空いたら揉んでいいわけではないが)


 アイテムの出現を有りにして、乱闘らしくわちゃわちゃさせる。


 アイテム無しにしてもいいが、単純にアイテム事態を楽しみたい。


 これはプレーヤーたる俺と慶太の総意だ。


 とにもかくにも、真剣にというよりも、お互いが楽しくということを最優先にプレイする。


 そうして何戦か試合を終えると、傍観ぼうかんに徹していた愛春が「愛春もやるー」と言い出した。


「おう!」


 それを予想していた俺は事前に準備していたコントローラーを渡す。


 内心で「ふっ! やはり来たか」と悪役めいたセリフを呟く。


 実を言うと愛春はそんなにゲームがうまくない。


 普段からやらないからというのもあるが、そもそもとしてゲーム自体好きではない。


 だというのにどうして参戦してきたかというと、先ほどの『光愛の仇をとる』を実践するためだろう。


 愛春は俺の『困っている人を放っておけない』性格を幼いながらも受け継いでいる。


 ただそれは未完成であり、まだまだ未熟。


 良かれと思ってやったことが実は相手が求めていないことだったなんてことが起こりうる。


 かくいう俺も何度か経験した。


 良かれと思ってやったことで良いことした気になるも、実を言うとされた方にとってはどうでもいい。


 むしろ場合によっては迷惑であったりする。


 愛春が今している行動がそれだ。


 たとえ、このゲームで愛春が慶太をぼこぼこにしたところで光愛にとってなにも良いことはない。


 だというのに愛春は光愛のためにと行動している。


 俺のスキをうまい具合につき、慶太1人対俺、愛春、コンピュータの3人というチーム分けで、さらにタイム制だったのをストック制(3機持ち)に変え、ゲームを開始させた。


 ちなみにコンピュータの強さは普通。


 普通というのは慶太と同じくらいの力量だ。


 慶太1人だとコンピュータ1人と拮抗するにもかかわらず、俺と愛春がコンピュータに加勢するという図。


 どうあっても慶太に勝ち目はない。


 俺は当然、このままゲームを開始するのはよろしくないだろうと思い、


「本当にこのチーム分けでいいのか?」

「うん!」


 愛春から元気のいい返事がきた。


 慶太の様子を見るとすでに軽く涙目に見える。


 このチーム分けになったこと自体が悲しいという感じだ。


 止めるなら今かと思うが、どういうわけか慶太の顔つきが変わった。


 悲しい顔から挑戦したい顔へと。


 ゲーム画面をしっかりと見据え、コントローラーを構え、試合が始まるのを今か今かと待っている。


 そんな慶太の邪魔をするのも気がひけたため、結局そのまま試合を開始させた。


 俺は端の方で技の練習をしたり、アイテムとたわむれたりする。


 慶太に攻撃が当たらないよう気を遣う。


 慶太1人でコンピュータと拮抗きっこうするのだから俺が本格的に戦闘に参入したらその時点で慶太に勝ち目はない。


 運よく慶太がコンピュータと愛春を倒し、俺と1対1になることがあれば、俺はじゃれ合うかのように慶太との対戦を楽しむことにしよう。


 そんなことを秘かに考えつつ、対戦の様子を窺う。


 俺はてっきり、愛春が一気に畳みかけるかと思っていたのだが、そんなことはなかった。


 なにやら操作方法がわからず迷走しているという感じだ。


 ジャンプしたり、ダッシュしたり、技を出したり……1つずつボタンを押してどれを押すとどうなるのか試している。


 その間、コンピュータはまっすぐ慶太へと接近。


 慶太対コンピュータの戦闘が始まる。


 俺が思っていた通り、慶太は難易度普通のコンピュータと拮抗している。


 慶太が攻撃を当てると、そのあとコンピュータが逆に攻撃を当てる。


 これを繰り返し、お互いのダメージはほぼ同じ。


 大きなダメージを与えることなく、小さなダメージの応対。


 派手さはないがいい勝負だといえるだろう。


 そろそろどちらか3機中の1機を失いそうな展開。


 そこで愛春が乱入しにいく。


 一通り操作し終えたのだろう。


 愛春は慶太に技を当てようとするも空振り。


 その時の慶太の動きはコンピュータが繰り出した技を避けたらそのついでに愛春の技も避けたという感じだ。


 愛春は今度こそ当ててやろうとばかりに慶太に急接近。


 接近したタイミングで慶太が技を繰り出すと愛春に直撃。技の勢いで吹き飛ばされた愛春はコンピュータと激突。


 そういえばこのゲーム味方同士の攻撃は当たらないけれど、敵に吹き飛ばされたとき味方と衝突するんだよな。


 愛春はすぐに体勢を整え直そうとするも、慶太はチャンスとばかりに急接近して技を当てにかかる。


 対して愛春は技を出すボタンと間違えてジャンプボタンを押してしまったようだ。


 傍から見たら、慶太の技に当たりにいっているように見える。


 再度飛ばされてしまう愛春。その後方で慶太から距離を取ろうとしていたコンピュータと愛春がまた衝突してしまう。


 見ているとまるで愛春がコンピュータの邪魔をしているように見える。


 慶太対コンピュータで拮抗していた戦いは、いつの間にか慶太が優勢となっていた。


 うまくいかない愛春は悔しそうにむーと顔をしかめている。


 逆に気持ちいいぐらい愛春が自滅するもんだから慶太は楽しそうだ。


 笑みをこぼしている。


 そのまま愛春は操作がうまくいかず、わざとではないだろうけれど、コンピュータの邪魔をした。


 結果、慶太は2機失うも、愛春とコンピュータを破り、俺との対戦にこじつけた。


「お! やっと終わったか」

「お兄ちゃん! 戦いに参加しないで最後まで残るのズルい!」


 味方であるはずの愛春から責められた。


 それほどまで慶太にやられたのが悔しいのだろう。


 俺は重い腰をあげるがごとく優雅に慶太へと近づき戦闘を開始する。


 まるでRPGのラスボスだな、俺。


 1機しかない慶太。対して俺は戦闘にまったく関わっていなかったため3機ある。


 現状だけ見ると慶太の勝利は絶望的。


 それを慶太はわかってか、表情が険しくなっている。


 愛春は、俺がまったく戦闘に参加しなかったのがかなり不満だったらしく、頬をぷくーと膨らませている。


 構わず俺がゲームを続けていると、愛春は俺の背後に移動し、俺の背中や脇をくすぐりにかかってきた。


「ちょ! 愛春! お兄ちゃん、そこ弱いから」

「いいじゃん。1機対3機。お兄ちゃんならこのくらいのハンデあっても余裕でしょ」

「余裕じゃない! ……ひひっ! ほら! 今なんかよくわからないうちに1機失ったぞ!」

「まだ1機対2機。余裕、余裕」

「いやいやいやいやいや」


 俺は愛春のくすぐりでゲームに集中できない。


 その状況が楽しいのか、慶太が俺らを見て笑っている。


 慶太は愛春を止めることなく、チャンスとばかりに俺のキャラを攻撃してくる。


 薄情だな。おい。


 というか愛春。『光愛の仇をとる』はどうした。


 これじゃ、俺らのチーム負けるぞ。


 そんな感じで俺は慶太とまともな対戦できず敗退した。


「愛春~。仕返しじゃ~」

「あひゃひゃひゃ」


 ゲームが終わるが早いか、俺は愛春をくすぐり返した。


 別に怒っているわけじゃない。


 前述したとおり、それぞれが楽しめれば俺は満足だ。


 ただ楽しむというのは俺自身も含めてだ。愛春にくすぐられっぱなしでは面白くない。


 俺のくすぐりにより、愛春は仰向けで足をバタつかせて笑い転げる。


 スカートがめくれて下着が見え隠れしているが気にしない。くすぐり続ける。


 しばらくそうしていると、俺の背後に慶太が回り込み、俺の脇をくすぐってきた。


「ちょ! 慶太。それ、地味にくるぞ」


 慶太のくすぐりはわさわさと全指を使うのではなく、つんつんと両手の人差し指でつつくものだった。


 俺が慶太のくすぐりをガードしようと脇を締めると、愛春へのくすぐりがおろそかになった。


 解放された愛春は正面から俺をくすぐりにかかってくる。


 正面からは愛春、背後からは慶太。


 ガードしきれない俺は防戦一方で2人にやられて笑うしかなかった。


 俺が2人のくすぐりにやられていると、くすりと笑い声が聞こえた。


 その声に主は光愛だ。


 先ほどまで電池切れのロボットのように動かなかった光愛は笑い、慶太の言動を忘れたように元気になっていた。


 さっと立ち上がり、決戦に挑む勇者のごとく宣言する。


「さて、わたしも参戦します」

「光愛お姉ちゃんも、お兄ちゃんくすぐるの?」

「ううん」


 光愛ははっきりと首を横に振り告げた。


「ゲームをしよう」


 その言葉を聞いた瞬間。愛春と慶太は嬉しそうに頬をほころばせる。


 光愛を気にしているような素振りを見せてはいなかったが、2人とも本当のところは気にしていたようだ。


 愛春は光愛の仇をとると言いつつも忘れた風だったし、慶太に至ってはなにが起きたのかわかっていなさそうだった。


 だけれど、2人とも光愛が元気ないことを察していたのかもしれない。


「光愛お姉ちゃん。愛春とチーム組もうよ」

「慶太も」

「それじゃ3人で魔王純慶さんを倒そう」

「誰が魔王だ!」


 愛春と慶太は両サイドから光愛を挟んでべったりだ。


 光愛に、愛春と慶太を取られたみたいな気になって少し寂しい俺がいる。


 だが仲良くやっている姿が見れて嬉しい俺もいる。


 3人対1人。1人の方が俺。


 ハブられたようで寂しい気がするも、気兼ねなく全力を出せる。


 こういうチーム分けも悪くないんじゃないか?


 そうしてキャラ選択画面で各自どのキャラを選ぶか悩む。


 そこで愛春が発言する。


「ねぇねぇ、このキャラって女? 男?」


 愛春が指したのは中性的で男なのか女なのか判別しづらい。


 服装も短パンにシャツでこれまたどちらともとれる。


 どこかのアニメで登場するキャラで、俺は過去に見たことがあり知っていたため答えた。


「確か女だったはずだ」

「ふ~ん。なんでこんなわかりづらいの作ったんだろう。どうせ女の子なら、もっとわかりやすくおっぱいボインボインにすればいいのに。実は男の子だったりして」


 俺は苦笑を浮かべて軽く流す。


 だがこの場に軽く流せずにいる者がいた。


「スミマセン。キュウニ、ヨウジヲオモイダシタノデ、キョウハカエラセテイタダキマス」


 そう言って光愛はカバンを持ってアパートから出て行ってしまった。

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