第8話

 昼休みの教室。


 俺、光愛みな相葉あいば、とで、雑談を交えながら食事を済ましたところで俺が話を切り出す。


「ところでさ。相葉、ノートを見せてくれないか?」

「いいよ。白木くんは勉強熱心だね」


 相葉はノートを取り出し、俺に渡してくれた。


「サンキュー。助かる」


 光愛は不機嫌そうにむーとしている。


 俺にはなぜ光愛が不機嫌になっているのかわからないが、相葉にはわかるようだ。


 相葉は光愛をからかうように言った。


「光愛は真面目に授業を受けてないもんね。いつもあたしを盾にして居眠りしてるし」

「いつもじゃないもん」

「はいはい。それでも授業中に寝ていることがあることは事実でしょ」

「むー」

「これに懲りたら真面目に授業を受けることね」


 相葉は光愛が真面目に授業を受けていないことを知っているようだ。


 俺も相葉と同じ意見で真面目に授業を受けるべきだと思う。


 いくら出席して補習を受けさえすれば進級、卒業できるかと言ってそれに甘んじていてはいつまで経っても成長できない。


 相葉に責められている光愛が自業自得とはいえ可哀想ではある。だが、声には出さない。


 光愛と相葉は睨みあい不穏な空気が漂う。


 俺はその空気を変えるべく、あくまでも自然に感嘆の声を漏らした。


「すげえな、相葉。キレイにノートを取ってるじゃないか」

「そうかな?」

「おう。見やすいよ」


 相葉のノートはカラフルに彩られていて要点がよくまとまっている。


 まるで書店に並ぶ参考書を読んでいるかのようだ。


 授業中に先生がテストに出すと言ったところを『☆テストに出る!』と赤字で書かれている。


 まさにこういうノートを求めていたんだという理想型がここにはあった。


「あとでコピー取らせてくれないか?」

「もちろん。いいよ」


 試験が近いこともあり、各ノートをピラピラとめくりながら、目に焼き付けるようにして確認する。


 時折、誰かのノートのコピーらしき紙が挟まっていた。


 その紙の内容を見てからノートを見ると同じ内容が書かれている。


 どうやら授業に参加できなかった分を誰かに見せてもらい、その内容を改めてノートにまとめているようだ。


 誰に見せてもらっているのかはわからないが、光愛ではないことだけはいえる。


 俺が相葉のノートを芸術作品のごとく見ていると、光愛が先ほどの仕返しとばかりに相葉への反撃をする。


「でも加奈愛ちゃん。キレイにノートを取っている割にそんなに成績よくないよね」

「ぐっ! 補習常連者の光愛がそれ言う?」

「そんなに頑張ってるのにいつも平均いくかいかないかじゃん。要領が悪いんじゃない?」


 不穏な空気は変わらずだった。


 気づけば2人とも立ち上がりにらみあいを過熱させている。


「たとえテストの点数が良くなくても、キレイにノートをまとめるのは誰かに魅せる能力として社会で役に立つでしょ」

「だけどそのキレイなノートを作るのにに時間をかけてたら、要領の悪いとして扱われるんじゃない?」

「そうやってなんでも無駄になるからなんて言ってなにも行動しない光愛はなに? ただのニートじゃない。傍から見ればどちらが無能か明らかよね」


 ケンカするほど仲がいいとは言うけれど2人とも熱くなりすぎじゃないか?


「2人ともその辺にしなさい。高校生にもなってみっともない」


 俺がケンカを仲裁しようか迷っていると、委員長の宮中みやなか沙也花さやかが割って入っていった。


 彼女は三つ編みにメガネといった、ザ委員長の風貌をしている。


「だって~」


 光愛は不服そうだ。


「だってもなにもありません。2人がケンカするのは勝手だけど少しは周りを見て場所をわきまえなさい」

「は~い」


 相葉だけが返事をした。


 光愛は返事をせずそっぽを向いている。


 宮中は役目を終えたとばかりに早々に自分の席へと戻っていった。


 そもそも俺がノート見せてもらったところからケンカが始まった。それを思うと、なんだか申し訳ない。


 光愛はぼそりと「わたしは悪くないもん」とぼやく。


 そうだな。俺が悪かった。


 言葉にはしなかったが、光愛に謝罪の念を送った。




 放課後。


 俺は教員に事情を話して職員室のコピー機を使わせてもらった。


 その間、相葉は教室で待ってもらっている。


 光愛は相葉と昼休みにケンカしたのが気まずいのか、帰りのホームルーム終了後、早々に教室を出て行った。


 この前みたいに俺が料理している間に愛春や慶太の面倒をみてもらいたかったのだが、今日は無理そうだ。


 そもそも試験前なのだから勉強すべきだしな。


 それはそうとあいつらの面倒みながらどうやって料理をしよう。


 最悪、母さんが帰ってから料理すればいいか。


 夕飯の時間が遅くなってしまうが止むを得まい。


 それはそれであいつらギャーギャーうるさくて嫌なんだけどな。


 主に近所迷惑的な意味で。


 そんなことを考えながら手早くノートのコピーを取っていく。


 職員室という普段は長居しないところにいるため気まずい。


 コピー機を貸してほしいなんて要望、通らないかと思ったが、俺の予想に反して「やる気があっていいね」と逆に好感を持たれた。


 光愛の「この学校は補習さえ受けさえすれば進級、卒業できる」という言葉が頭をすぎる。


 本当にこの学校は大丈夫だろうか。


 相葉から借りたノートがせっかくカラフルだというのに、白黒コピーしかできないのが歯がゆい。


 かといってカラーコピーするわけにはいかない。


 白黒とカラーではかかる費用は段違いだ。


 それを学校側に負担させるわけにはいかない。


 白黒でもありがたいんだ。贅沢ぜいたくは言えまい。


 商店街に行けばコピー機を借りられるお店があるかもしれないが、あまり長い間ノートを借りているわけにもいかない。


 聞く限り相葉の家は商店街とは逆方向だ。


 試験前のこの時期にあまり長く付き合わせるのは悪いしな。

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