第7話

 転校して来て2度の登校日。


 昼休みの教室にて。


 俺は光愛と机をくっつけ、対面している。


「純慶さん。なにをしているんですか?」

「勉強。中間テストが近いからな」

「へ~、テストに向けて勉強するんですね」

「光愛はしないのか?」

「わたしは大丈夫です」


 そうか。


 光愛は勉強しなくても授業だけで乗り切れるんだな。なんて考えていたら違った。


 続く言葉を聞いて、光愛の言葉の真意を知ることになる。


「どんなに点数が悪くてもちゃんと出席して補習を受けさえすればうちの学校は進級、卒業できるので……去年もそれで乗り切りました」

「それは大丈夫のうちに入れてもいいのか?」

「なにをいいますか。この通りわたしはちゃんと進級して2年生になれました」


 えっへんとない胸を張り堂々としている。


 まるで初めての買い物を無事に終え、帰って来た子どものようだ。


 俺は気になる点があるため光愛に訊いてみた。


「そうか。でも、高校入試はどうしたんだ? あっただろ。試験」

「うちの学校は名前さえ書ければ入れるため、大丈夫でした」


 全然大丈夫に聞こえないな。うちの学校は大丈夫か?


 とはいえ、名前さえ書ければ入れるという点は納得だ。


 かくいう俺は編入試験を受けてはいない。


 編入したいと申し出たら書類に名前などの必要事項を書いて終了だった。


 いくら偏差値が低いとはいえ信じがたい。


「だけど進学はどうするんだ?」

「名前が書ければ入れるところに行きます」

「そんなところあるのか?」

「知りません」

「…………」


 本当に大丈夫だろうか。


 本気で心配になり、俺はさらに未来もしくは進学の代わりにするかもしれないことを訊いてみた。


「じゃあ、就職は?」

「それも名前が書ければ入れるところに行きます」

「あては?」

「もちろん。ありません」

「だよな」

「大丈夫ですよ。日本にはたくさんの企業があるんですから名前さえ書ければいいよ。と言ってくれる企業がきっとあります」


 どこからでてくるかわからないが、光愛は自信に満ち満ちていた。


 なんでこんなに堂々としていられるのか俺にはわからない。


 たとえそれで本当に就職できたとして光愛はなにもしていないというのに……。


「それに、もし就職先がなくても……えっと……その……」


 恥じらいながらもじもじと言葉を続ける光愛。


「純慶さんのところに永久就職するんで大丈夫です」


 上目遣いで花咲くほどの満面の笑みを浮かべている。


 俺のことを信じて止まないという思いをひしひしと感じる。


 教室でクラスメイトが見ている中でこれは恥ずかしい。


 しかし確かにそれもひとつの選択肢かもしれない。


 だが今からその選択肢だけしか選べない状況にするわけにはいかない。


 人生なにが起こるかわからないからな。


 父さんのように突然事故死して、妻と子を残すことになるかもしれない。


 だからこそ俺は厳しいかもしれないが、光愛を鼓舞すべく意地悪を言う。


「俺のところは名前さえ書ければいい。なんて甘いことは言わないぞ」

「ふなっ⁉」


 俺の言葉を受けて驚きふためく光愛。


 俺を頼る気満々だったことが窺われる。


「それはともかくとして、光愛。ノートを見せてくれよ」

「……え、あ。いいですよ」


 光愛は躊躇ためらいもなく各教科のノートをみせてくれた。


 だが、そこには一切の授業内容が記されてはいない。


 代わりに授業中に作詞や作曲でもしているのか、口にするのも恥ずかしい……愛だの青春だのといった言葉に、音符が付けられていた。


 ていうか俺はこれを見てもいいのか? 恥ずかしくないのか?


 そんな疑問から光愛の顔を窺う。


 すると光愛は察したのか、はっ! としたあと、貸してくれたノートを取り上げにかかってくる。


 ノートの束を抱きかかえ、顔は真っ赤。口をむーと不機嫌そうにとがらせている。


 見られて恥ずかしいようだ。


 俺は軽く謝罪してから思案する。


 補習を受ければ進級できるとはいえ、あまり低い点数を取りたくはない。


 兄として愛春や慶太の見本でいたい。


 転校して早々のテストだったから、なんて言い訳をしたくない。


 光愛が頼りだったのだが、どうやら当てにできないようだ。


「いやー、売店が混んでて大変だったよー。ごめんね。待った?」


 元気のよい声で俺と光愛のところに来たのは光愛の友達――相葉あいば加奈愛かなめだ。


 相葉は昼休みが始まるやいなや、特徴的なポニーテールを揺らしながら、教室から無駄のないフォームで駆けて行った。


 その行動の理由は売店で目当ての食べ物を手に入れるためだったようだ。


 その後、1人残された光愛は勉強している俺に話をかけ、流れで机をくっつけた次第だ。


 転校初日はあんなにクラスメイトから質問攻めにあったというのに2日目にしてすでに飽きたようで俺の周りに人だかりができていなかったことも声をかけられた理由だろう。


「あれ? 光愛ってばもう。あたしがいない間に白木くんとイチャイチャしてるの?」


 そう言いながら、相葉は自身の机に売店で買って来たパンやらおにぎりやらをどさりと置く。


「別にイチャイチャなんてしてないよ」

「うっそだぁ~。そういえば先週、あのあとどうだったの?」

「……先週?」

「ほら! 白木くん家に行って料理するって話」


 俺と光愛は目を合わせ、らす。


 光愛は顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうにうつむいた。


 俺は俺で顔に熱を感じ、光愛の顔をまともに見れない。


 あの日、俺は光愛に告白した。


 その返事を光愛は抱き着いて応えてくれた。


 そのことを光愛も思い出しているのだろう。


 相葉はそのことを知らないようだ。


 光愛と相葉は友達同士なのだから話していても不思議ではないのだが。


「む? なんだね。この空気は」


 明らかに様子のおかしい俺たちにいぶかな目を向けてくる相葉。


 今更ながらこんなあからさまな態度を取らず、もっとうまくやればよかったと後悔する。


 さらにその後悔は続く相葉の発言で深まる。


「……もしかして、白木くん家に泊まっていろいろとやっちゃった?」

「へ⁉」「は⁉」


 相葉の発言で教室に残っているクラスメイトの視線が俺たちに集まる。


 だが、相葉はそれを気にせず恥ずかしげもなく、子芝居を始める。


「誰もいない2人だけの部屋。布団の中で抱き合いお互いの恥部をこすり合わせる。


『恥ずかしいから電気を消して』


『しょうがねぇな』


 ポチッ!


 暗闇の中、2人の情熱的な夜が始まる。


 白木は光愛を抱き寄せ濃厚な熱いキッスをする。


 光愛はそれに応えるように抱き返し舌を絡ませにかかった。


『体は小さいくせに随分とキッスがうまいじゃないか』


『えへへ、実は毎晩お姉様とキッスの練習をしているの』


『そうか。なら今度はそのお姉様とやらも交えて3人でするか』


『いやだわ、純慶様ったら。わたしだけでは満足できないのかしら』


『勘違いさせてしまったようだね。光愛のお姉様なら俺のお姉様も同然。早めに体を交わせて仲良くなっておくに越したことはないだろ』


『それもそうですわね。さすが純慶様』」


「「そんなことするわけないだろ!」でしょ!」


 俺たちはあまりにも熱の入った芝居に思わず聞き入ってしまった。


 だがいつまで続けられてはこちらの身が持たない。


 クラス内を見回すと何人もの生徒が頬を赤らめている。


 俺と目が合うとあからさまに目を逸らす。


 まさか本当に俺と光愛が、相葉が言うようなことをしていると思ってはいないだろうか。心配でならない。


「加奈愛ちゃん! 変なこと言わないで! そんなことするわけないでしょ! それにお姉様ってなに? わたし、お姉ちゃんのことそんな呼び方しないよ!」

「ごめん。ごめん。……で? 結局どうしたの?」


 あの日のことを人に話すのは恥ずかしいものの、また相葉に脳内妄想を子芝居されても困るため、俺と光愛は話すことにした。


 各人、お昼を食べながら。


 俺は自分で作ったお弁当。光愛は母親が作ったお弁当。相葉は売店で買ったパンやおにぎり。


 話し終えたところで相葉が感想を述べる。


「随分と進展が早いね。おふたりさん」


 言われてみて気づく。


 出会って初日に恋人同士になる人はこの世にいったい何人いるだろうか。


「もしかして実は昔に出会ってて、久しぶりに再会したとか?」

「んなわけないだろ」


 俺は瞬時に否定するも、光愛は俺のその反応を残念がるように俯いてから小さくコクコクと頷く。


 なんだろう。


 実は前世で会っていたなんてメルヘンを光愛は信じるタイプなのだろうか。

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