第5話

 紺藤さん家に到着。


 リンゴを貰ったらすぐに帰るつもりがどういうわけかリビングに通され、食べていくことになりました。


 リビングに入ると四角いローテーブルの前に座ります。


 緊張から無意識に正座をしてしまう、わたし。


 ソウはポニーと一緒です。


 リビングの隅にある柵の覆われたところで仲良く寝ています。


 紺藤さんいわく、パピーブロックというそうです。


 紺藤さんはお皿とリンゴを持ってきます。お皿は新品のようにピカピカで真っ白。リンゴは旬ではないはずなのにおいしそうな光沢を放っています。


 紺藤さんはわたしの対面に座り、慣れた手つきでリンゴの皮をむきます。


 華麗な包丁さばきに見とれるのは一瞬。


「あ!」っという間もなく、皮なしリンゴの出来上がりです。


 剥いた皮が途中で切れておらず、面白いくらいに長くなっています。


 それをなんとなく摘まんで上にあげてみます。


 そうやってわたしが皮で遊んでいる間に、紺藤さんはリンゴを8等分にしました。


 わたしは皮で遊ぶのをやめ、1切れを手に取り、


「いただきます」


 してから口に運びます。


 食べるとシャリ! と音が鳴ります。


 口の中に甘さが広がっていき、幸福感に満たされます。


 トッ! トッ! トッ!


 2階から誰かが下りて来たようです。


「お母ちゃん、腹減った。ご飯作って!」


 なんの躊躇ためらいもない様子で勢いよくリビングの扉を開けて入ってきます。


 どうやら娘さんのようです。


 その子は中学生だと思われる容姿で、髪は後ろで結んだポニーテールです。


 どこか面影が友達の加奈愛ちゃんに似ているような気がします。


 でも、相葉と紺藤では苗字が違うため気のせいでしょう。


凛愛菜りあな、お昼食べたでしょ」

「でも腹減った。っていうかお昼なんてとっくに過ぎてもうおやつの時間だよ」

「ならそこへんにあるリンゴかお菓子でも食べてればいいでしょ」

「え~、お母ちゃんが作る料理が食べたいよ。お母ちゃんが作る料理がいいんだよ」

「しょうがないわね」


 紺藤さんは腰を上げてリビングからキッチンの方へと向かいました。


「やった」


 そこでようやく、わたしはリアナちゃんに認識されます。


 目を見開いて驚いた表情をみせるも、声音は淡々と、


「あれ? っていうかお客さん来てたんだ」


 リアナちゃんは言いつつ、紺藤さんがわたしのために切ってくれたリンゴをシャリシャリモグモグ食べます。


「そうだよ。……そうだ。光愛ちゃんも食べてく?」

「いや、いいですよ。そんな悪いです」

「いいのよ。というかもう2人前で作り出しちゃったから食べてって」


 そう言ってプロを思わせる鮮やかな手さばきで料理を作っています。


 その間、リアナちゃんは本当にお腹を空かしているのか、リンゴをわたしが食べた1切れ以外全部、食べてしまいました。


 ほどなくして、出来上がったのはオムライス。


 トロットロたまごは一切の焦げ目なくキラキラと輝いています。


「いただきま~す」


 元気な号令をいうやいなや、スプーンでオムライスをすくって口の中に運んでいくリアナちゃん。


「うんめ~」


 口の中をオムライスでいっぱいにして、本当においしそうに食べています。


 それを見たわたしはゴクリ! と食欲が湧いてきて、


「いただきます」


 食べることにしました。


「……おいしい」


 食べてみるとリアナちゃんの賞賛が大げさではないと理解しました。


 わたしはオムライスを家でしか食べたことがありません。


 家のオムライスは野菜大好きなママが作っていることから『野菜たっぷりオムライス』になり、大量のたまねぎによりシャリシャリとオムライスにあるまじき音を立てます。


 それと比べたらおいしいのはもとより、それよりなにより…………もっと食べたい。


 そう思わせるおいしさを感じます。


「だろ! もっと食ってけ」

「うん」


 ふたりしてバクバクモグモグ食べ進めていました。


 リアナちゃんは食べ終わってからすぐ仰向けになり、オムライスで膨らんだお腹をさすっています。


「ゲプッ! もう入らん」


 食べた量は1人前のはずなのにすごくお腹いっぱいそうです。


「食べてすぐ横になるなんてはしたないわね。光愛ちゃん。ごめんなさいね。こんな娘で」

「……いえ」


 わたしも食べたらすぐ横になるから人のこと言えないんだよな。


 さすがに今は他人の家だからしないけど……横になりたい。


 ダメかな? ダメだよね。ぴえん。


「そうだ! トランプやろう!」


 ガバッっと勢いよく起き上がり、快活に提案するリアナちゃん。


 それに対してやれやれという風に紺藤さんが応えます。


「なによ、突然」

「いいじゃん。お母ちゃん、早く出して来て!」

「まったくしょうがないわね」


 紺藤さんは再びリアナちゃんのわがままで腰をあげました。


 奥の部屋に移動して「どこにやったかな~」とぼやきながらトランプを探しています。


 その間、リアナちゃんは「だ~」とか「あ~」とか言って、また横になります。


 なんでしょう。この無意味な発音。


 わたしは苦笑を浮かべていると、リアナちゃんはガバッと起き上がり、元気よく声をかけてきます。


「なにして遊ぶ?」

「……なにしてって……」


 なにもなにもトランプじゃないのかな?


 そんな疑問からわたしが答えられずにいると、リアナちゃんが強引に勧めてきました。


「スピードでいい? スピードで!」


 トランプでやるゲームをどうするかだったのかと理解するも、力なく返事をします。


「……うん。いいけど……」


 リンゴを貰ったらすぐに帰るつもりだったのに……そのことからはっきりと了承できずにいると、リアナちゃんにツッコまれました。


「けど、なに? なにか予定でもあるの?」

「ううん。別にないよ」

「ならやろう」

「ん~」


 どうしましょう。


 別に嫌というわけではありませんが、これ以上長居するのもどうなんでしょう。


「ねぇ! やろう!」


 結局わたしは押し切られてしまい、トランプをすることにしました。


 紺藤さんがトランプを持ってリビングに戻って来てリアナちゃんに渡します。


 トランプを受け取り可憐にきるリアナちゃんの姿は、まるで強運に恵まれたギャンブラーのようです。


 スピードは赤と黒のカードを分けるからきる必要ないのに。


 それを思い出したのか、リアナちゃんはハッしてからと赤と黒のカードを分けます。


 そうして準備を整えて、わたしが赤、リアナちゃんが黒のカード持って、ゲーム開始。


 したのですが……のんびりマイペースなわたしはリアナちゃんにボロ負け。


 リアナちゃんが軽く足をバタつかせて、


「つまんな~い。他のにしよう」


 ということで今は紺藤さんも交えて、7並べをしています。


「あがり~」


 リアナちゃんが最初にあがりました。


 7並べなんて結局配られたカード次第ですね。


 わたしは端の「A《エース》」とか「K《キング》」ばかりでまったくあがれる気配がありません。


 それを紺藤さんも感じているのか、流れ作業をするかのように淡々とすばやくカードを出しています。


 わたしの思考する時間がどう考えても一番長いです。


 そうして幾度かトランプで遊んでからわたしは日が傾いていることに気づきました。


「そろそろ帰りますね」

「あら? そう? もっとゆっくりしていってもいいのに」


 すでに結構な長居しているにもかかわらず、紺藤さんはわたしを呼び止めます。


「いえ、さすがにもう帰ります」


 はっきりと断り切れず長居することになりましたが、今度ははっきりと断ることにします。


「あら、そう? それじゃまた来てね」

「いつでも来い! 待ってるぞ!」

「はい! 今日はありがとうございました」


 床から立ち上がり腰を折り曲げて深々と頭を下げ、お礼を述べました。


 そして、わたしはずっと気になっていたことを訊きます。


 オムライスを食べたときから訊きたかったことで長居した理由でもあります。


「それで……あの……どうやってあんなおいしいオムライスを作れるんですか?」


 紺藤さんはポカンと開けていた口を締め、頬を緩めてから優しい笑顔で答えてくれます。


 まるでわたしの一言ですべてを察したかのようです。


「なら今度、一緒に作ってみる?」

「え⁉ いいんですか?」

「もちろん! 久しぶりに腕が鳴るわ」

「お母ちゃんは専門学校で調理師免許を取ったあと、喫茶店で数多くの料理人を育成した経験があるの」

「へ~そうなんですね」

「今はもうただのニートだけどね」

「こらこら専業主婦と言いなさい」

「どうして辞めちゃったんですか?」


 わたしが訊くと紺藤さんはトイプードルのポニーを抱きかかえて答えます。


「犬を飼う生活に憧れてね。この子とできる限り一緒にいたいの。今じゃこの子なしの生活なんて考えられないわ」

「そうだったんですね」

「まぁ~飼いたいって言ったのはアタシなんだけどね」


 リアナちゃんがそっぽ向いて付け加えます。


 犬を飼いたいとせがんだものの、いざ飼うとほとんどの世話を母親がする事態になったのかもしれません。


 ポニーが紺藤さんによって抱きかかえられたことにより、ポニーの下敷きになっていたソウが起き上がります。


 わたしはソウを連れて玄関へと向かいました。


「それじゃまた今度来ますね」

「え~いつでもいらっしゃい」


 こうしてわたしは紺藤さん家で料理を習うことになりました。


 まったくと言っていいほど今まで料理をしていなかったため、純慶さん家で料理するのはまだまだ先になりそうですが、頑張ります。

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