第4話
昼食を食べ終えたわたしは犬のソウ(犬種はビーグル)の散歩に出掛けます。
普段はママも一緒に散歩することが多いのですが、今回はひとりです。純慶さんに釣り合う女性になるためにと自ら申し出ました。
えっへん! わたし偉い!
今日は雲一つない晴天。暑すぎず、寒すぎず、心地よい気候。
こんな日はお昼寝するに限ります。ふわぁ~(あくび)。
なんて考えていたら散歩する気が失せてきました。
いけませんね。気を取り直して。いざ、散歩です。
玄関で靴を履いて、外の犬小屋にいるソウの元へと向かいます。
意気揚々と玄関を飛び出したためか、
コッ! グイ! ひゅ~。ドン!
引き戸のレールに靴底を引っかけてしまい、そのまま勢いで倒れてしました。
……痛い。
堅いタイルの上に勢いよく倒れたわけですから。そりゃ、痛いですよ。
幸い膝を擦りむいただけで済みましたが、縁側で寛いでいたママや庭で食後の運動と称して縄跳びをしていたお姉ちゃんに、がっつり見られていました。ハズカシイ。
「……光愛……大丈夫?」
半笑いで心配しているか怪しい声音で訪ねてくるお姉ちゃん。
「救急箱いる?」
一切慌てた様子もなく、むしろ、『あ~、いつものね』と言わんばかりに冷静なママ。
……なんだか……もう……あれだね。
こんなのは……いつものことだと思いたくない。
お姉ちゃんやママに大丈夫であることを伝えてから、気を取り直して、ソウを散歩に連れて行くための行動をします。
散歩用のリードを持ち、チェーンで繋がれているソウの元へと近づきます。
ぐにゅ。
なんとも不穏な感触が足元にあります。
見ると、踏んでいました。言葉にしてはいけないアレ。う――を。
お姉ちゃんはもう「ぷふっ!」と声に出して笑う始末。
ママは「あらら」と冷静。
気を取り直して。
わたしは靴を履き替え、再度ソウの散歩を試みます。
う――の付いた靴を洗う勇気はまだありません。
きっとママが洗ってくれることでしょう。
どこからともなく自分で洗えよ。と言われている気がしますが、わたしの耳には届きません。幻聴です。
足元にトラップがないか注意しつつソウに近づき、散歩用のリードに繋ぎます。
そうしてわたしは散歩に出掛けられました。
散歩する道は決まっているわけではありません。
大通りに出て駅に向かうのもよし、駅とは逆方向に向かうのもよし、近隣の公園に向かうもよし。
散歩ですから決まった道順なんてありません。
ペットたるソウが元気に駆けてくれさえすれば十分です。
だからこそソウの様子を窺います。
のっそり。のっそり。
優雅に歩いています。
それはまるで中年のおじさんが休日に散歩をしているかのようです。
ゴールデンウィークに出掛けたドックランから帰って来てからというもの、どうも犬っぽさが抜けてしまっています。
年をとったからという見方ができるかもしれません。
近隣に住むおじいちゃん犬(犬種は柴犬)は大変落ち着いています。
それを思うとソウも結構なおばあちゃんなのかもしれませんね。
……とはいっても、急に変わり過ぎなのですよね。
ドッグランに出掛けたときは車の上に跳び乗れる程の跳躍をみせていたというのに(実際、乗ってはいませんが)、飼い主の移動速度を無視した独走をみせていたというのに…………今はその影も形もありません。
不思議なこともあるもんですね。
そんなことを考えながら住宅街を休日のサラリーマンの散歩よろしく、のっそり。のっそり。と歩きます。
このままのペースだといつも歩いている距離の10分の1もいきそうにありません。
本当に、急激に老化し過ぎです。
もしや! なにかの病気では?
散歩を取りやめ、動物病院に行った方がいいのでは?
そうと決まれば動物病院に向かいましょう。
どのくらい時間がかかるかはわかりませんが、方向だけは向かいます。
たしか駅の方にあったはずです。
駅に向けて歩を進めてきます。のっそり。のっそり。
歩きながらスマホでどのくらい時間がかかるか調べてきます。
いつもならバス、もしくはパパに車で送ってもらうため、歩くとなるとどのくらい時間がかかるかわかりません。
そうして調べてみると、駅までは徒歩で約1時間……往復で約2時間……。
……どう考えても散歩の域を超えています。
止めましょう。ソウを病院に連れて行くのは止めましょう。
ソウをバスに乗せて行くことも考えました。というか実行しました。
すると、ソウをキャリーバッグに入れないと乗車できない。そう言われ断られてしまいました。
病院に向かうのは止めます。
元気がないように見えるのは老化のせいです。そういうことにしておきましょう。
病院は止め、公園に向かいます。
公園は駅とは逆方向に広々としたのがあります。
他にもいくつかありますが、あそこが一番広いです。
友愛総合公園――遊具はありませんが、広々としていて、全力で走れます。
またバドミントンやフ〇スビーだってできちゃいます。
とはいってもわたしは運動が得意ではないのですけれどね。
「あら光愛ちゃん。奇遇ね」
わたしが公園へと向かおうと回れ右して方向転換したところで声をかけられました。
その人物は
ぷっくらとした肢体は食堂のおばちゃんのような優しさを想起させられます。
どうやらトイプードルであるポニーの散歩をしているようです。
近所に住んでいるはずなのにこの前、純慶さんと一緒にいたときが初対面でした。
家が近くてもきっかけがないとなかなか知り合えないものですね。
「こんにちは」
「こんにちは。あら? かわいい子、連れているじゃない」
紺藤さんはソウを見て言いました。
紺藤さんの犬—―ポニーが元気よくソウに向かいます。
前足を上げソウの背中に乗せて、「かまって~」するも、ソウの反応は薄いです。
横目でチラッと見るだけで動こうとしません。
その反応はまるでソファで横になって寛いでいるお父さんが部屋ではしゃいでいる子どもに声を掛けられて「ん?」と軽く返事をするだけで動こうとしない光景に似ています。
ソウは本当に犬なのか怪しくなってきました。
「なんだか……のっそりとしてて休日のお父さんみたいね」
わたしと同じことを紺藤さんも感じたようです。
「いくつ?」
「わたしが小学2年生のときから飼っているので……えっと……」
指折り数えてみます。1、2……あれ? 1、2…………。
小学2年生の2月だから、わたしが7歳のときで……え~っと……いくつだ?
「じゃあ、9歳くらいかな?」
わたしが計算しきれず困惑しているのを察してくれたのか、紺藤さんがそれっぽい数を示してくれました。
「はい! そうです!」
本当に9歳かどうかはわかりません。
が、たぶんそのくらいです。
「それにしても落ち着いているわね。家の子は7歳で、そんなに歳が離れているわけじゃないのに……たった2歳でこんなに差がでるものなのね」
「そうですね」
落ち着きだしたのは2週間ほど前からなのだけど……それを話し出すと長くなりそうなので、黙っておくことにしました。
そうやってわたしと紺藤さんが話し込んでいると、ソウは伏せの姿勢で大きなあくびをしています。
それはまるで妻か娘の買い物に付き合わされた休日のお父さんが近場のベンチに座って待っているという様相です。
わたしのパパにそっくり。
ペットは飼い主に似ると言いますが、ソウはパパに似たようです。
ポニーはソウの周りを元気に走り回ってはソウの背中に前足を載っけてを繰り返しています。
「あ~、そうそう」
なにかを思い出したという風に紺藤さんが話します。
「リンゴが余っているのよ。光愛ちゃん。どう? 持ってかない?」
断ろうとするも、なかなか引き下がっては貰えず、結局、貰うことになりました。
リンゴを貰うべく、紺藤さん家に向かいます。
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