第3話

 わたし――園田そのだ光愛みな白木しらき純慶すみよしさんと恋人同士になりました。


 出会ってから初日に交際を開始することになるなんて驚きです。


 …………っていうのは嘘で、実は9年前に会っています。


 だというのに、純慶さんは全然きづいてくれません。


 わたしからそのことを言い出したくないから思い出せるようにとせっかくわたしのことをいろいろと喋ったというのに。


 大変、遺憾いかんです。


 なんて憤慨ふんがいしている場合ではありません。


 しばらく会わないうちに純慶さんの家族が大変なことになっていました。


 なんと、お父様がお亡くなりになっていたなんて。


 純慶さんはすばらしいお方。


 9年前に会ったときも感じましたが、優しくて頼りがいがあって、見返りを求めずに行動できるのはすごいです。


 この前なんて、不良に絡まれているわたしをなんの躊躇ためらいもなく助けてくれました。


 また妹の愛春ちゃんや弟の慶太くんの面倒をみる頼れるお兄ちゃんです。


 そんな偉大な方にわたしは釣り合う女性になりたいと思います。


 具体的には、料理ですね。


 純慶さんの胃袋を掴むために料理を…………という考えはもちろんありますが、一番はなにより、純慶さん本人が料理のできるわたしを求めています。


 わたしが料理をして、その間に純慶さんが妹と弟の面倒をみる。


 まるで夫婦ですね。


 そんな夫婦生活にわたし自身、憧れています。


 だからこそ、わたしは料理を勉強すべく――


 ――料理漫画をリビングのソファで横になりながら読んでいます。


 丁度今、料理をしている場面。


 脳裏に焼きつけます。


 切ったり、煮たり、焼いたり…………


 …………難しいので飛ばしましょう。


 そもそも料理漫画の肝は調理過程にありません。


 それに料理は習うより慣れろ。


 実際にした方が早いです。


 ということでわたしは料理漫画に掲載されている調理過程をすっ飛ばして読み進めます。


「いや、それじゃ意味ないでしょ!」


 突然のツッコミを入れてきたのはわたしの姉—―園田そのだ結愛ゆあです。


 姉は大学生であり暇人であり……要はニートです。


「勝手にわたしのモノローグに入ってこないでよ。お姉ちゃん」

「いや、モノローグもなにも……あんた、口に出してたからね」

「え⁉ 嘘⁉ そんなことある?」

「いやいや、びっくりしてるのは私の方だからね。なんかぶつぶつ言ってるなぁと思ったら、『調理過程をすっ飛ばす』とか言い出すし……これじゃなんのために私が料理漫画を貸したのかわかりゃしないわ」

「う⁉ でも、学校の教科書だって読んだだけじゃ理解できないでしょ? それと同じで料理だって調理過程を読んだところで理解できないわけで…………要は、わたしは悪くないもん」

「…………どうでもいいけど、そんなんで料理ができるようになるの?」


 お姉ちゃんの言う通り、料理漫画を読んだだけで料理ができるようになるなんて到底思えません。


 しかも調理過程をすっ飛ばしたらなおさらです。


 ただそれでもわたしにだって言い分があります。


「たしかに読んだだけじゃ料理できるようになるとは思えないよ。……でも! この漫画が面白すぎるのが悪いんだよ! わたしは悪くない!」

「漫画に責任を押し付けるとは……我が妹ながら……」

「ぶー! いいじゃん別に」

「なんにしてもやらないとできるようにはならないよ。ほら、お母さんがやきそばを作ってるよ。少しは手伝ったら?」


 リビングのすぐ隣はダイニング兼キッチンになっています。


 その方向を指してお姉ちゃんは偉そうです。


 こんな風に偉そうに言うお姉ちゃんだけれど、お姉ちゃんも料理ができません。


 よくまぁ偉そうな態度を取れたものだと思います。


 とはいってもいつまでも漫画を教科書にしている場合ではありません。


 教科書は眠るために読むものであってなにかを学ぶために読むものではないのです。


 まぁ、この教科書はいくら読んでも一切眠くはならないのですけどね。


 お姉ちゃんがキッチンにいるママを指すもんだから、ママがなにかな? という風にいぶかにこちらを見てきます。


「どうしたの?」


 声に出す始末です。


「光愛が料理できるようになりたいんだって」

「お姉ちゃん、なんで言うの?」

「ん? 別にいいじゃん。っていうかお母さんに教わったら?」

「……光愛が料理……。……包丁どれだかわかる?」

「なにそのレベル⁉ 包丁ぐらいわかるよ」

「あれよ。料理する方の包丁よ」

「他にどんな包丁があるの⁉」


 お姉ちゃんも、ママも、わたしをバカにして~、も~う。


「料理ぐらいできるんだから、今からでもママが作ってるやきそば、代わりに作るよ」

「お~」


 ソファから起き、立ち上がり、胸を張り宣言すると、お姉ちゃんが感嘆の声を上げ、パチパチと手を叩いている。


 それがなんだかうれしく感じられた。バカにされているようにも感じるけど。


 我ながら堂々と手伝いを自ら申し出るなんて誇らしいと思う。


「でも今日はいいのよ。もうできたから」


 確かにもう出来上がりそうだなというのを素人目にもわかるほど、調理過程の後半に差し掛かっているのがわかっていました。


 むしろ、だからこそ、手伝いを言い出せたとも言えます。


「……あ、そう」


 もう出来上がりそうだとわかっていたことだけど、実際にそうだと言われると肩の力が抜けます。


 少しほっとしたような、言い出した手前なにも手伝わずにいるのが恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちです。


「ちゃっちゃと食べちゃって」

「はーい」


 ダイニングの丸テーブルに焼きそばが載った皿を並べていくママ。


 その動きに合わせるようにして、わたしとお姉ちゃんが丸テーブルに移動します。

 3人が席についたところで箸を手に取り、


「「「いただきます!」」」


 と号令で食べ始めます。


 焼きそばに箸をつけて思い出しました。


 ママは野菜が大好きなのです。


 料理をするとどうしても自分好みに作ってしまうもの。


 だからでしょう。ママが作る料理は野菜が異常なまでに多いです。


 麺の上に野菜が載っていますが、まったく麺の姿が見えません。


 箸で野菜をどかしていくと、ようやく麺が姿を現す次第。


 どう見ても麺より野菜の量が多いです。


 シャリシャリ! シャリシャリ!


 これが我が家の野菜—―もとい、焼きそばを食べているときの咀嚼音そしゃくおんです。


 どうやったらこんな焼きそばが出来上がるのか不思議でなりません。


 料理ができないわけですからわからないのも当然と言えば当然なのですが……。


 もしお店に出すことになったら『野菜たっぷり焼きそば』としなければクレームがくるレベルだと思います。


 わたしは別に野菜がキライというわけではないため問題はありません。


 でもこれを子供が食べるとなるとどうでしょう。


 純慶さん家の妹ちゃんと弟くんは小学2年生と保育園生。


 おいしくいただけるでしょうか。


 野菜が好きだと言うのならなんら問題はないとは思いますが、明らかに普通ではないことがわたしでもわかります。


 なぜなら学校の給食なんかでこんなの出てきたことありません。


 あれは体によく、かつ子どもが食べやすいようにと作っているはず。


 要はわたしがなにを言いたいかというと、


「夕飯は一緒に作ろうか。光愛」

「いや、止めとく」

「え~」


 料理はママに習うべきではないということです。


 わたしがママに「料理を習いたくない。こんな野菜炒めを作りたいわけじゃないから」と言うと、ママは世界が滅亡でもしたのかというぐらいにショックを受けていました。


「この量ならむしろ野菜少ない方なのに……野菜炒め呼ばわり⁉」


 とよくわからないショックを受けていますが、その内勝手に元気を取り戻して『野菜たっぷり』な料理を作ることでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る