第2話 親友の正体

「お、あったあった。いい感じの所に置いてあるな」


 進は生徒会に呼び出された准弥からの連絡を待っている間、書店と併設されているCDショップを物色していた。

 そして一枚のCDを手に取り笑みを浮かべた。


 HANAUTAの「ドローンからの景色」


 HANAUTAはYouTubeでアップされた「コンクリートジャングル」という曲が大バズりした今注目No.1の正体不明のアーティストだ。

 コンクリートジャングルがヒットしたと同時にヒット漫画のアニメ化の主題歌を担当することになった。それがドローンからの景色だ。


 進のスマホが震え、LINEを開いた。

「ん、准弥からか。んーと俺のことか、まああいつなりに何か考えがあるんだろう」

 すぐさま了承の返信を送る。


 進と准弥の関係は小学生の子役時代にさかのぼる。


 進は天才子役として、周りからちやほやされていた。

「進くん昨日のドラマ見たよ、ねーねーあの俳優さんって普段どんな感じなの?」

「いや普通にいい人だよ」

「進、メガトンレッドと知り合いなんだろ?サイン貰ってきてよ」

「流石にできないよ」

「なんだよ、ケチだなぁ。有名人なんだからそれぐらいできるだろ」


 演技の仕事は好きだ、でも周りの人間は俺の演技の評価なんてしていない、ただ天才子役としての価値しか見ていない。


 そんな時、子役として、有名人として、接して来なかった人間が一人いた。


「なあ、今日はその、仕事とかあるの?」

「ん?別に無いけど」

「んじゃさ、学校終わってから俺んちでゲームしようぜ!」

 なんだこいつ急に遊びの誘いって、こいつと俺はまともに話したことないぞ。


 物心ついたときには芸能界にいた、俺には遊ぶ友達おろか芸能界の話以外で話したことすらなかった。


「准ちゃんおやつ、進くんもゆっくりしていってね。」

 誘われるがまま、俺は准弥の家に来ていた。


 綺麗なお母さんだな。でもどこかで見たことのあるような?


「よしじゃあ遊ぶか!このゲームしようぜ!」

「これ、どうやるの?ゲームとか全然したことなくて。」

「そうか!んじゃ俺が教えてやる!今日から師匠と呼びたまえ」

「え?」

 なんだこいつ、でも嫌な気は一切しない。

 俺は准弥に素朴な質問を投げかけた。

「どうして、俺を遊びに誘ったの?」

「んー。別に。何て言うか、窮屈そうだなぁと思って」


 窮屈そうか。

 確かに学校生活は窮屈だ。普通の子供でいたくても周りはそうさせなかった。

 ただ樫木准弥だけは、普通の同級生の友達として接してくれる。


「樫木はさ、芸能人の話とかしないの?」

「んーどうなんだろう、別に芸能人だからどうとか無いな。たまたまつけたテレビに進がドラマに映ってて、進って同級生なんだって話を母さんにしたんだ。で母さんがテレビの進を見て、この子きっと何か抱えてるものがあるって。だから俺だけは普通に接してやれって。まあ言われなくても俺は進は進だと思ってるけどね」


 そして俺は仕事が無い日は准弥と遊ぶようになった。


 やがて子役としての宿命のような時期が訪れる。

 それは、子役じゃ無くなる時だ。


「そうですが、分かりましたいえいえ仕方ありません。それでは」

 マネージャーさんが受け答えていたのは先方の映画関連の人だ。


「無くなったよ、映画の話」

「・・・・そうですか」


 小学六年生、俺は声変わりが始まっていた。

 一年前に受け合格したオーディションは次々と降板していた。

 先方が欲しがっていたのは、天才子役の小学生。

 大人になろうとしている俺ではない。

 小さい子供だったからちやほやされていたし、仕事も沢山来ていたのだ。


 色々な選択をする時期だった。


 テレビから退き、舞台から演技を一から学ぶコース、このパターンが元子役には多いだろう。ここから声優に転身する人も居れば、舞台役者として演技を極める人もいる。


 もう1つは、このままがむしゃらにオーディションを受けて、仕事を取ってくるコース。

 正直厳しい世界だ。流行りから廃れたいち子役がセカンドブレイクするのは、巡り合わせもあるだろう、宝くじを当てるくらい難しいだろう。


 そして、芸能界を引退するコースだ。



 俺は芸能界を引退することを選んだ。


 中学に上がると、俺は学校に行かなくなった。

 新生活でウキウキって訳にも行かなかった。

 芸能界を引退した元天才子役を見る同級生の冷ややかな視線、ちやほやされていたほうがなんぼかましだった。選択を間違えたのだろうか。


 学校をサボり、補導の網を掻い潜りゲームセンターで暇をつぶし、公園のベンチで昼寝したり、今はもう使われてない言葉かもしれないが、グレたとでも言うべきか、不良というべきか。髪を金髪に染め、ピアスも開けた。

 制約から解放されたんだ俺は。


 街をフラフラ歩いていると、高校生に出くわす。


「ん?あいつは?おい!お前千渡進だろ?」

「いや人違いです」

「いや間違いねえ。あの教育番組のえっと、あれだ、メリメリ体操だわ。思い出した」

「ちょっとお前踊ってみてくれよ」

「うるせえ、しゃべりかけるな」

「ちっ。芸能人だからって調子乗りやがって、いや今は元芸能人か。だったら顔を傷つけても問題ねえよな?」

「やんのか!こら!」

「お前、結構稼いでたんだろ?俺達に金を恵んでくれよ!」

「誰がお前らみたいなチンピラに」

「痛い目みないとわかんねーか」


 結果は分かりきっていた。年上の三人相手に敵うはずもない。


「ちっ。しけてんな。今度あったらもっと金を財布にいれとけよ、はは」


 ボコボコにされ、三人が去った後、俺は傷だらけで路地裏で大の字になっていた。


「糞っ。惨めだな俺。なんなんだよ」


 口の中の血の味と目から流れた塩味が混ざり合う。


 ビクっ!


 腕を目に当てていた俺の頬に、冷たくて、痛さがしみる感触が伝う。


 目を開けるとそこにはコーラを持った、准弥の姿があった。


「お前、何してんの?学校も来ずに」

 コーラを手渡してきた准弥はいつもと変わらない表情だ。

「うるせえ。見りゃわかんだろ」

「そうか。わかる。挫折して卑屈になって、ボコボコにされたって訳ね」

「ぐぐっ、、」

 なんも言えねえ。実際そうだからな。

 准弥は俺にこう言った。


「お前は自由になったんだ。そうだろ?。

 自由を履き違えんじゃねえよ。自由なお前は何でもできるだろ」


 准弥に言われて思い出した。

 そうだ、俺は自由が欲しかったんだ。

 だから俺は芸能界を辞めた。


 誰かに言って貰いたかった。

 お前は自由だと。

 准弥は俺にこう言った。


「明日、学校に来いよ。お前には俺という男がいるじゃんか」


 俺には親友がいた。


 樫木准弥という親友が。


 その日を期に俺は学校に行くようになった。


「進、お前、作曲できるんだな」

「まあな、劇団にいた時に、色々レッスン受けさせて貰ってたからな、作曲ツールは独学だけど」

「へー、それでこの曲をYouTubeで配信するのか」

「ああ、映像とかは何もないし、入れる技術も無いからな、タイトルだけ入れてな。こんな感じで」


 カタカタとキーボードを打ち込む。


「よし、これでOK」







 HANAUTA『コンクリートジャングル』

























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