柚に相談

 外の景色は真っ暗になってしまった。

 帰ってきてからすぐというのは流石に申し訳ないので、着替えて風呂に入ってもらうように促した。

 そしたら「夜ご飯を食べながらお話しませんか?」という提案を柚がしてきて、現在俺達は挟むようにテーブルに座っている。


 目の前には久しぶりに見る柚の手料理。

 昨日自分で作ったなんちゃって料理とは比べ物になりそうにないぐらい美味しそうだった。


「「いただきます」」


 一口頬張る。

 ……なんか、三日食べなかっただけですっごい美味しく感じるんだけど? これはクオリティ故の感覚なのだろうか?


「ふふっ、そうやって美味しそうに食べる姿を見るのも久しぶりですね」


「三日しか経ってなかったはずなんだけどなぁ……すっごい美味しく感じるんだよ。いや、前から美味しかったけどさ」


「それはいつも見ているので分かりますよ」


 柚が頬張る俺を見て嬉しそうに微笑む。

 ……こんな姿を見るのも、本当に久しぶりに感じるな。

 たった数日のはずなのに、今はこの微笑ましそうに見ている柚に懐かしさを感じる。


「それでお話というのは────」


「あ、そうだな。実は、さ────」


「この前に送ってくれたLI〇Eの事でしょうか?」


 話を切り出した柚が間髪入れずに、柚は内容を言い当てた。


「そ、そうだけど……」


 そんなに分かりやすかったか? と疑問に思ってしまうのと同時に、恥ずかしくも感じてしまう。

 そんなに構ってちゃんオーラが出ている文章だっただろうか?


「新太さんも可愛い一面があるのですね。私、驚いちゃいました」


「……悪かったな、構ってちゃんで」


「ふふっ、別に責めている訳ではありませんよ? ただ、意外な一面が見れて嬉しかっただけですから」


「……そうかい」


「それに────」


 そして、柚は笑みを絶やさないまま、両手を合わせて小さな声で呟いた。


「私も、同じ気持ちでしたから……」


「…………」


 ……その呟きは、俺の耳に届いた。

 恥ずかしがっている訳でもないはずで、伝えたくない訳でもなかったからこそ、その呟きが聞こえてしまったのだろう。

 故に────


(もう、柚は隠す気がないって事……だよな)


 だったら、俺もちゃんと言わなきゃいけない。

 俺自身、その為に柚としっかり話す機会を設けさせてもらったのだから。


「……ふぅ」


 小さく息を吐く。

 情けない事をしてしまったんだ。この瞬間ぐらいは大人として────未熟ではあるものの、年上としてしっかり余裕を持って伝えたい。


「なぁ、柚────」


 俺は、真剣な瞳を向けて口を開いた。


「柚は……この関係を終わらせたいか?」


 ♦♦♦


「終わらせたい……ですか?」


 壁にかけられた時計の針が刻む音が響く。

 それと合わせて、柚の声もしっかりと響き渡った。


「あぁ……柚は、この関係を終わらせたいのか……ちょっと柚の意見も聞きたくてな」


「この関係……とは、新太さんがこの家から出ていくという話でしょうか?」


「そうじゃない、俺は最後まで柚を預かるという話を降りる気はないし、ここでしっかりと暮らす────今の質問は、そういった話じゃないんだ」


 茨さん達のお願いを降りるという話ではない。

 ただ単純に、俺と柚が今のように『仲のいい単なる他人』のまま過ごすか、『恋人』という関係に変わって過ごすかという話だ。

 もし、柚が変わりたいというのであれば……多分、俺は受け入れてしまうだろう。

 心の中でそうであって欲しくはなかった────なんて願いながら。


 だけど、断るという行為はしない。

 何故なら……俺は、その答えでも嬉しくて、幸せに歩めるのだろうから。


 要は優順不断なのだ。

 だからこそ、俺は柚の俺に対する気持ちすら、言葉にさせないように遠回しに聞いてしまっている。


 互いに逃げ道を残せるように。

 前に進んで引き返した時に互いの関係が壊れないように。


 そして答えを、柚に委ねようとしている。

 我ながら情けない。自己嫌悪で胸がいっぱいになってくる。


「なるほど……そういう話でしたか」


 俺の言葉に、柚は納得したような表情を見せた。

 たったそれだけの言葉で理解してくれている……柚は、相当頭が良くて察しがいいと感嘆してしまった。


「やっぱり、新太さんは優しいですね」


「……は? どうして……?」


「だって、その質問は私の事を真剣に考えてくれていたという事ですよね? 私の為に────普通の男の人であればそこまで考えてくれませんよ」


 考えすぎが、優しい。

 そう、柚は言ってくれた。


 確かに、俺みたいにウジウジと考えるのではなくスパッと答えを出す人間もいるのかもしれない。

 潔いのか、考えなしなのか……その人の事を知らないから一概には言えないが、少なくともこんな考えには至らない人だっている。


「別に優しい訳じゃねぇよ……単に、臆病で女々しいだけだ」


「私はそうは思いませんよ? 私の事を考えてくれて、真剣に悩んでくれて……私の気持ちも一蹴できたり感情の赴くまま行動したりできたはずなのに────ちゃんと逃げ道を残してくれています」


 柚は箸を置いて、優しい笑みを浮かべて俺を見据える。


「……気持ちを知られているにも関わらず、恥ずかしいって全然思えません────これも全て、新太さんのおかげです。新太さんが、私は恥ずかしく感じる事も、後悔する事もなく……子供のまま、新太さんと話せているんだと思います」


 そう語る柚はどこかスッキリしているように見えた。

 俺とは違ってちゃんと答えを出して、自分の気持ちに折り合いをつけて、俺と向き合ってくれている────そんな感じだった。


「だから、新太さん……私、素直な気持ちを言いますね────」


 そして、柚は俺に答えを提示する。


「私は、新太さんとの関係を変えたくありません」

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