寂しいという気持ち

(※柚視点)


「へぇ〜、やっぱり、柚っちはあのお兄さんの事が好きで合ってたんだ〜」


 修学旅行一日目の夜。

 消灯時間が過ぎ、部屋の明かりと廊下の電気が消えた頃、寝間着姿の愛美がニヤニヤした顔で私の顔を見た。


「う、うん……そうだ、よ?」


 ベッドに潜り込みながら、顔を合わせるように小声で返事をする。

 修学旅行では夜更かしが定番────なんて愛美の言葉に乗っかってみたけど、どうにも話の内容が喋りにくい。


 もうちょっとこう……たわいもない話じゃダメだったのかなぁ?

 まぁ、いつかは言わなきゃって思ってたけど……。


「にひひっ! 柚っちも乙女だねぇ〜! 友達があれこれ言ってようやく気づくんだからさぁ〜!」


「もぅ……愛美、からかわないでよ」


「夜更かしで恋バナをするのは女として当然だよね! そして、その中で乙女な柚っちをからかってしまうのも当然!」


「当然じゃないからね!?」


 こうやってからかわれるのは、ちょっとだけ嫌だ。

 不快────まではいかないけど、ムスッて感じになる。

 ……愛美ってこういう子だからしょうがないなぁ、って思っちゃうけど。


「でもさ、よかったじゃん。ちゃんと自分の気持ちに気づけてさ。友達として、嬉しい限りだよ」


 ベッドに潜り込んだまま、愛美が優しい笑みを向けてくる。

 それは自分のように嬉しいと思っているような……そんな顔。


 ……こんな顔するから、突っぱねる事ができないんだよね。


「そうだね……私も、この気持ちを理解できてよかったって思ってる」


 じゃなかったら、今頃なし崩しの毎日を送る事になったと思う。

 悶々として、モヤモヤして、ちょっとした事で嫉妬してしまって、新太さんとの最後の時間を迎える。


 ……それは嫌だ。

 想いが実らなくてもこの気持ちを理解して、想い出を作って、好かれる為に努力していける。

 モヤモヤした状態じゃなければ、こんな小さな幸せをいっぱいに味わえるんだ。


「あちゃー、今が一番のシャッターチャンスだったかな?」


「……そんなに変な顔してた?」


「とりあえず、明日呼び出されている男の子に見せたら泣いてしまうぐらいには」


「どんな顔してたの私!?」


 そんなに変な顔してた!? うぅん、別に変な顔をしてたつもりはないし、してはいないはずなんだけど……。


「これが恋する乙女か……私も、こんな時期があったのかしらねぇ?」


「愛美、すっごいおばさんっぽくなってる」


「仕方ないじゃん、こっちはピュアな姿を見せられて胸焼けしてるんだからさぁ〜」


 ……話を振ってきたの、愛美からなんだけど?


「でも、とりあえず明日の呼び出しで断る理由はちゃんと見つけたね!」


「断るって……」


「どうせ気づいてるんでしょ? 告白されるんだって〜」


「ま、まぁ……一応」


 今日の朝、北海道に向かう前に同じ班の男の子に明日、ホテルのロビーに呼び出されてしまった。

 もしかしたら何かの用事なのかな? って思っちゃうけど……愛美の言う通り、そういう話なんだろうなっていうのは、薄々思ってたりしている。

 ……自惚れかもしれないけど。


「その時、ちゃんと言うんだよ? 好きな人がいるから無理ですって! そしたら、今までとは違ってちゃんと諦めてくれるんだからさ!」


「わ、分かった……」


「よろしいっ! じゃあ、明日も早いからそろそろ寝ようか!」


 そう言って、満面の笑みを浮かべた愛美は顔までしっかりと布団に潜り込んでしまった。


 明日の起床は朝の六時。

 私はいつもより遅いぐらいだから起きるのには苦じゃないけど、愛美にとってはかなり早いらしい。


(じゃあ、私も寝ようかな……)


 多分、まだそんなに時間は経ってないと思う。

 二十四時過ぎぐらいかな? それぐらいの時間だと思う。


「ふぁっ……」


 話し相手がいなくなると、急に睡魔が襲ってきた。

 確かに、長い時間移動してたから疲れが溜まっていたのかもしれない。

 それに、結構楽しかったから。


(新太さんの言う通り、ちゃんと楽しんでるよ……?)


 友達と過ごす時間は楽しい。

 今回みたいな旅行だと、その時間がいつもより濃く感じて、より親密になれたような気がする。


 けど────


(やっぱり、ちょっと寂しいな……)


 いつもの時間であれば、必ず顔を見ているはずなのに、今日に限っては見えていない。

 たった一日……ううん、今日の朝もちゃんと見たけど……どうしてか、その人がいない事に寂しさを覚えてしまう。


 心配……っていう訳じゃない。

 心配はしない事にした。新太さんを信じる事にしたから。


 けど、今の気持ちは単なる寂しさだ。

 胸に少しだけ穴が空いたような……そんな感覚。


(……新太さん)


 私は傍らに置いてあったスマホを取って、そのまま愛美と同じように布団の中に顔まで潜らせた。

 光が漏れないように気をつけながら、スマホの画面を開く。


 少しでも気を紛らわせようと、最後に水族館で撮った新太さんとの写真を見ようと思ったからだ。


 だけど────


(新太さんから……?)


 画面を開くと、新太さんから一通の通知が来ていた。


 お土産の催促かな? 新太さん、八つ橋が本当に欲しそうだったからそうなのかもしれない。

 私はそう思って、その通知を開いた。

 すると────


「ふふっ……」


 思わず、そんな声が漏れてしまった。

 ニヤついてしまう。先程まで寂しいと思っていた気持ちが、一瞬で晴れてしまった。


『早く、帰ってきて欲しい』


 それだけ。

 たったそれだけの文章。

 催促でもなんでもなくて……帰ってきてだけの言葉。


(私と同じ気持ち……なんだ)


 賢い新太さんの事だ。

 多分、私の気持ちに気がついて一線は超えないようにしてきたはずなのに────こんな言葉を送ってきた。


 分かっている。

 多分、新太さんはその一線を超えてしまうような……同じ気持ちを抱いてるんだ。


 それが嬉しくて────


『私も、早く帰りたいです』


 そんな言葉を返した。

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