優しくない言葉

「それって、越えられない問題じゃないよね?」


 渉がジョッキに入ったハイボールを飲み干す。

 空になったジョッキがゴトっとテーブルに置かれ、その後の静寂が回答を急かしているように思えた。


「……分かって言ってんのか?」


「もちろん────それに、新太の方こそ分かってるよね?」


「…………」


 問い詰めるような視線を受け、思わず目を逸らそうと思いジョッキに手を伸ばすが、いつの間にか中身は空になっていた。

 とりあえず、タブレットで新しいビールを注文すると渉に視線を戻した。


「お前、久しぶりに会って遠慮がなくなったな」


「変わったのは新太の方だけどね。僕としても、友達が悩んでいる時ぐらい相談に乗るさ」


「相談みたいな優しいもんじゃないだろ」


 その質問は、今の俺には優しくない。

 重くて、考える事から逃げ出したいと思ってしまうほどのもの。


「僕達は二十二歳……周りに比べたらさ若くて頼りないし甲斐性もないけどさ────同じ年齢の人達と比べたらそれなりにしっかりしてると思うんだよね」


「まぁ、大学に入った奴らに比べたらそれなりに経験は積んできたからな……」


「だからこそって訳じゃないけど────新太が思ってる問題って、越えられない訳じゃないでしょ?」


「…………」


 追求する視線が痛い。

 店内に入った時に聞こえた喧騒が嘘のように聞こえなくなってしまう。

 今であれば渉の声がよく耳に……頭に響いてくる。


「第一に、別に未成年と交際するのは問題ないよね」


 渉が人差し指を立てる。


「真剣な交際であれば、国の法律でもお咎めはない。なんなら、手を出しても互いの同意が得られて将来を見据えたものであれば問題ないはず。金品のやり取りがあればダメだけど、未成年と付き合う行為においては互いの気持ち次第って訳だ────もちろん、詳しくは分からないけどね」


 それは高校の時に習った。

 未成年といってもあくまで保護者の同意や本人達が真剣に向き合っていれば問題はないのだと。

 ただ、別れた際に色々と問題が浮上するケースが報告されている為、推奨はされていないというだけ。

 その過程にそういった行為が含まれていても、法律で罰せられる訳じゃない。


 売春みたいな類でなければ。


「第二に、その子を預かっている状況でお付き合いするなら裏切るような行為になるか────もちろん、期待は裏切る行為になるんじゃないかな?」


 渉の言う通り、俺が柚と付き合えば裏切るような行為になる。

 茨さん達は俺が『柚には手を出さない信頼ができる相手』だから任せてくれたのであって、例え手を出していないのであっても必然的に「手を出されるかもしれない」と思われる。


 これなら、信頼を裏切ったのと同義。

 その段階であれ、せっかくもらった信頼を裏切ってしまうのだ。

 あの時投げてもらった「よろしくお願い」の言葉を踏みつける事になる。


「でも同時にこう思うんじゃないかな────って」


「…………」


「どこかの赤の他人とお付き合いしましたって言われるよりかは、顔も分かって人となりも信頼できている人に任せた方が安心。もちろん、清いお付き合いをする前提でって話になるけどね」


 渉は俺の顔から視線を外し、タブレットで空になったジョッキの代わりを注文する。


「僕だったらそう思うよ」


「……親の年齢じゃねぇだろ」


「そう、僕達はそこら辺の大人に比べたらまだ子供なんだ。問題もいっぱいあるし間違いだってする」


 爽やかな口調からは想像できないほど、強めのトーンで口にする。


「今挙げた問題だって、越えられるといっても問題はいっぱいだよ。そりゃ、問題にしない方がいいに決まってるし、新太の気持ちも十分理解しているつもり。境遇こそ違うけど、考え方は一緒だからね」


「だったら────」


「けど、蚊帳の外だからこそ言える事もあるんだ」


 そう言って、渉はビシッと箸を俺に突きつける。


「さっきの新太……その子の事を話す時、すっごい幸せそうな顔をしてたよ?」


「ッ!?」


 思わず息を呑んでしまう。

 慌てて表情を押さえ、異変がないか確認するが特に変な顔をしている感じではない。

 さっき────と言ったから当然、今は違うのだが……その事に気づかなかった。


 それほどまでに、その何故か胸に突き刺さったから。


「遊びたいなら別にいいよ。その子が好きじゃないなら付き合う理由もない……断ってしまえばいいけど、別にそういう訳じゃないでしょ? 新太は昔から頭がよかったからね────自分の気持ちも、さっきの問題も含めて、それを理解してる」


「…………」


「じゃあなんで新太はそう言うのか? 単純に、問題から浮上する責任から逃げたいから」


 そして、今の言葉も……深く胸に突き刺さったような気がする。


「責任問題は何をやっても挙がってくる。社会人になれば当然、庇ってくれるような人もいないし、一緒に背負ってくれる相手もいない────今回は、問題を解決しようとした先に自分が感じた事のない責任がのしかかってしまう。当たり前だよね、その子の人生を変えちゃうかもしれないんだもん。僕達が想像している付き合いとは全くの別方面で」


 もし……もし、仮に俺と柚が付き合ったとしよう。

 当然、年上の社会人と付き合った柚はこれから先、同年代の男とは付き合えない。

 本来、同年代の人間であれば気楽にできた付き合い方もできなくなるし、高校時代という貴重な時間も失ってしまう。


 加えて、一緒に過ごせる時間も、行動も、接し方も社会人であれば制限される。

 当然、両親からも反対される。想像とは違う生き方をする事になるのだから。


 ではその責任はどこに向くのか?

 二人の問題? いや違う……この場合、全ての責任が俺に向くのだ。


 口では二人の責任だ。

 だけど、周りの目は確実に俺に向く。年長者である俺が、社会人である俺が問題を起こした首謀者のように見られるんだ。


 それは何故か?

 単純に、物分りが一番いいからだ。


 社会人であれば考えれば分かる事をしなかった上で生まれた問題。

 それを回避しなかった俺に責任が動いてしまう。


(渉の言う通り……俺はその責任が怖い)


 背負おうと思えば背負える。

 だけど、一歩間違えば落としてしまいそうな責任を、俺は怖いと思っているのだ。

 だからこそ、俺は理由を並べて拒否しているのかもしれない。


 頭では、しっかりと分かっているはずなのに……。


「本当に、優しくないよ……お前は」


「おかしいなぁ、僕って結構優しいと思うんだけど?」


「どこがだよ。人の嫌なところをズカズカと入ってきやがって」


「それは単純に友達を想っての事だよ。そこら辺の人なら、適当に相槌を打って話を逸らすね」


「……そうかい」


 俺は友達の優しい笑みを受けて運ばれてきたジョッキ煽る。


「僕はどうこうしろって言ってる訳じゃなくて、ちゃんと向き合って答えを出して欲しいって言ってるだけなんだ。新太が今問題にするべきところは、世間体とか法律とか信頼とかじゃない」


 そして、渡るは真剣な眼差しを向けて口を開いた。


「今感じている幸せと掴んだ時の責任────どっちに天秤が動くかってところだね」


 ……本当に、優しくない奴だ。

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