友達と飲み

 仕事が終わり、完全に日が暮れた時間。

 最近では乗らなくなった電車に揺られ、俺は新宿に足を運んでいた。


 周りを見れば夜にも関わらず建物が照らす光によって視界が暗くなっておらず、気にしないと歩けないくらいの人混みで溢れかえっていた。


「よっ、久しぶり」


「久しぶり、新太」


 そんな場所で、久しぶりに俺は友達に会った。

 駅の改札に現れたのは俺と同じようにスーツを着た爽やかな男。整っている顔立ちが自然と目を惹き、明るい茶髪は綺麗にワックスで整えられていた。


「んじゃ、早速行くか」


「そうだね、予約しておいてくれた?」


「もち、俺から誘ったしな」


 ♦♦♦


 そして、俺達は人混みを避けながら駅から少し離れた居酒屋へと足を運んだ。

 花金だからなのか、人で溢れかえっている店内は賑やかなものであった。


「それじゃ、乾杯」


「乾杯」


 運ばれてきたジョッキを合わせて乾杯の音頭をとる。

 仕事終わりで疲れているからなのか、喉に通る生ビールがいつも以上に心地よい。


「でも本当に久しぶだよね、新太と会うの」


「お前から誘ってくる事なしなー。俺も最近ドタバタしてたから誘えなかったし……たまには誘えよ、俺はいつでもウェルカムなんだぞ?」


「僕は彼女の許可をもらわないといけないから色々と動けなくてさ」


「なんだ? 遠回りの自慢か?」


「まさか。僕は自慢しない主義なんだ」


「その無自覚は腹が立つよ」


 高校時代からの友達────進藤渉しんどう わたるは少しだけ楽しそうに笑う。

 それが自慢している表情としか見えないのが、異様に腹が立った。


「で、そっちはどうよ仕事? 順調?」


「まぁ、本当にボチボチで変わらないかなぁ。特段、何か大きい変化もないしね────新太は?」


「仕事は俺も変わんねぇよ。こっちもボチボチ一人でやっていけるぐらいの金を稼いでるって感じだ」


「ふーん……仕事ねぇ……?」


 渉が何故か意味深な言葉を残す。


「……なんだよ、その目は?」


 ジョッキのビールを飲み干し、目の前で笑みを浮かべる渉を睨みつけた。


「最近忙しいって言ってたし、仕事以外は何かあったんだねって思ってさ」


「目敏い男は嫌いだ」


「それに、前に会った時と何となく雰囲気変わったよね? 少ししっかりしたというか……」


「本当に目敏い男は嫌いだ」


 愚痴を垂らし、タブレットを操作して新しいビールを頼む。


 変わった、忙しかった……それはもちろん、柚と暮らし始めた事だ。

 引っ越して、家主の娘を預かる事になって、普段の生活に責任を持つようになって、生活が一変した。

 そりゃ、変わらない方がおかしいって話だ。


「ちょっと、色々あってな……」


「それってどんな事? 言いたくないなら言わなくてもいいけどさ」


 ……別に、職場の人間ではないから問題がある訳じゃない。

 それに、高校時代から付き合っているが────渉は、言いふらすような人間じゃないのは分かってる。


 だから別に言ってもいいだろう。

 問題なんか、ある訳ないんだから────


(いや、そうじゃないな……)


 言ってもいいんじゃなくて……言いたい。

 ずっとこの気持ちを吐露していなくて、誰にも愚痴も喜びも分かってもらえなくて……多分、自然と言い訳を考えて口にしたかった。


 あと加えて言うなら……。


「実はさ────」


 きっと、酒が入っているからだろう。


 ♦♦♦


「中々、劇的な事になってるね……」


「だろ?」


 これまでの事をひとしきり話し終えた。

 その頃には注文していた料理がテーブルに並び、いい具合に箸が動いて腹を満たしてくれる。


「僕達みたいな年齢で赤の他人の娘を預かるって滅多にないしね……しかも、異性の女の子が相手。大変だったんじゃない?」


「大変……っていう訳でもなかったかな。逆に楽になってばかりだ」


 再びビールを飲み、頭に熱が集まるのを感じながら口を開く。


「家事はできるし気配りもできる。優しいし、いい子だし、ちょっと天然な部分もあるけどそこも可愛らしいし、何より一緒にいて楽しい」


「ふぅん……? たいぶベタ褒めだね」


「だけどなぁ……最近はちょっと困ってる」


「困ってる?」


「あぁ……柚のやつ、多分俺の事好きになってるっぽい」


 これは最近の柚の態度を見て感じた事。

 スキンシップが多くなって物理的な距離も含めて近くなったような気がする。

 例を挙げるなら、最近は夜にリビングにいると必ずと言っていいほど隣に座ってきたり、この前の水族館では手を握りたいとも言った事だろう。


 俺とて女性経験がない訳じゃない。

 高校時代も社会人になってからも何人かと付き合った事はあるし、それなりの経験も積んできた。

 だからというか……柚のあの態度は、その時に見る女性と同じような態度なんだと分かってしまう。


「あぁ……それは大変だね」


「初めはそんな事なかったんだけどな……それこそ、本当にお兄さん的な立ち位置にいたんだと思うんだよ。それなのに、急に変わりやがって……」


「相手は高校生だから、そういう意味では付き合えないからね。色々と問題も出てくるし、責任が取れるかも分からない。社会人だったら互いが責任を負うだけだしね」


「……本当にそれな」


 好意自体は嬉しい。

 だけど、それを受け止めれるかどうかは別問題だ。

 大きな問題としては『未成年と付き合う事』と『預かっている身』の二つだ。

 未成年と付き合う場合は保護者の同意もいるし、預かっている身として娘とそういう関係になるのは信頼を裏切る行為になるかもしれない。

 何せ、茨さん達は『俺が手を出さないと信頼して』預けているのだから。


「全く、なんで俺みたいなやつなんだよ……」


 酒がよく進んでしまう。

 柚であればもっと良い奴が同級生で見つかるだろうに、そんな事ばっかり思ってしまう。

 余計にも、自惚れであって欲しいと願ってしまう。


「ねぇ、新太?」


「……なんだよ」


「確かに、その子と付き合うのは色々と問題があるかもしれないけどさ────」


 渉が、火照った顔で優しい笑みを向けてきた。


「それって、越えられない問題じゃないよね?」


 だけど、その言葉は全く優しいものではなかった。


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