柚と水族館(3)

 昼食を済ませた俺達はもう一度回った場所をもう一度見に行き、見てなかった場所を一通り見終わると、出口付近に構えてある土産コーナーへと足を運んだ。

 イルカの柄の包装紙に包まれたクッキーや、ジンベイザメの文房具、果てにはTシャツまで幅広く並べられており、大きさに見合うほどの規模であった。


「ハリセンボンが……ハリセンボンが何処にも見当たらないっ!」


 にも関わらず、俺の推しであるハリセンボンのグッズは一つもなかった。

 ジンベイザメにマンボウ、イルカやタコ、クラゲなどの子供受けしそうなばかりしか棚に並べられていない。


 何と言う事だ……俺の推しグッズが用意されていないなんて!

 俺と同じようにハリセンボンの魅力にあてられた人間がいるかもしれないのに用意していないなど……怠慢だぞ経営者!


「見てください新太さんっ! こんなものがありました!」


 そう言って、一人で棚にいちゃもんをつけていた俺の元に柚が駆け寄ってきた。

 手には口の尖った茶色いタツノオトシゴの人形────かと思いきや、両サイドに紐が付いており、中が空洞な事から帽子みたいな物であった。


「ほぉー……この水族館はこんな被り物も置いてあるんだな」


 多分、子供達に向けられた用のお土産なのだろう。

 水族館ではあまり見かけないが、遊園地とかに行けば帰り際に被り物をしている子供達をよく見かけるしな。


「では、どうぞっ!」


「どうぞ、とはどういう話ですかね柚さん?」


「どうぞっ!」


「待て待て待て。最近、押せば俺が首を縦に振るとは思ってないか?」


 冗談じゃない。社会人にもなってこんな被り物をするのは流石に恥ずかしい。

 例え同い年ぐらいのカップルが「可愛い」と思って手に取ったとしても、きっと恥ずかしくて被りはしないだろう。

 それぐらい、この可愛らしい被り物は恥ずかし過ぎる。


 いくら柚がキラキラした目を向けてきたとしても……無理な物は無理だ。

 首を縦に振ってしまう衝動に駆られそうになるが……本当に無料。


「新太さん……何事も挑戦してみないといけませんよ?」


「それはこの場で使う言葉ではないよな!?」


 この子は些か諦めが悪すぎる!

 初めて出会った頃は物分りのいい子だと思っていたのに……誰だ、こんなに押しの強い子に育てたのは!?


 ……まぁ、柚なりの甘え方と言われたら邪険にはできないのだが────でも、今回は流石に無理だ。恥ずかし過ぎる。


(待てよ……? この行為がどれだけ恥ずかしい行為なのかを知れば諦めてくれるのでは?)


 俺はそう思い至ると駆け足でその場から離れ、柚の持っている物と同じ被り物を持ってくる。

 タツノオトシゴは残念ながらなかったが、代わりにジンベイザメがあった。


「よし、柚がこれを被れば俺も被ってやろう」


 俺は柚にジンベイザメの被り物を渡した。

 流石に、柚も自分が被る立場になってしまえば恥ずかしがって諦めてくれるだろう。

 きっと、今は俺をからかう為だけにこんな事を言っているのだろうから。


「……言いましたね?」


 柚がギラりと双眸を光らせる。

 そして、何の躊躇いもなくジンベイザメの被り物を頭に被ってしまった。


「はぁっ!?」


「ふふっ、まだまだ甘いですよ新太さん……私は、この程度で恥ずかしがる女の子ではありません」


 ふっふっふ、と勝ち誇った笑みを浮かべる柚。

 子供らしい無邪気な笑みではないが、その姿と被り物が妙にマッチして……普通に可愛いな、こんちくしょう。


「さぁ、新太さん? 大人は約束を守りますよね?」


「ぐっ……!」


 柚がタツノオトシゴの被り物を持ってグイグイと近づいてくる。

 逃げ場が……物理的な逃げ場はあるが言い訳的な逃げ場が何処にもないっ! これはまさか、自業自得というやつなのか!?


「じっとしていてくださいね」


 柚が背伸びをして、俺の頭に被り物を被せてくる。

 抵抗しようとも考えたが、それでは俺の大人という印象が崩れ去ってしまう為、唇を噛み締めながら仕方なく受け入れた。


「ふふっ、可愛らしいですよ新太さん」


「……俺、絶対に鏡見に行かない」


 何がそんなに楽しいのか、柚は可愛らしい笑みを向けてきた。

 ははっ、これでいい歳になった二人が被り物をする奇妙な組み合わせの完成だ……。

 周囲を見渡しても、当然俺達みたいな年頃の人間が土産コーナーで被り物をしている姿は見当たらなかった。


 これでは、周囲から完全に浮いてしまうではないか。


「被ったからもう外していい……? 俺、恥ずかしくて周囲の人達見れないんだけど?」


「ダメです。あと少しだけ待っていてください」


 げんなりする俺を他所に、柚は急いでスマホの画面を操作した。

 そして────


「新太さん、屈んでくださいっ!」


 柚は俺の腕を思いっきり引っ張ると、スマホを持った片手を前に伸ばした。

 柚と肩が触れた瞬間、スマホから綺麗なシャッター音が耳に入ってくる。


「……柚さん、ご説明を」


「思い出作りですよ、新太さん」


 思い出作り……? はて、これは脅しに使う為ではないのだろうか?


「新太さん、言いましたよね────あと二年後には出ていくからって」


 嬉しそうにスマホを抱える柚の口から発せられた言葉は、先程の俺の言葉であった。


「確かに、新太さんは二年後に私の家から引っ越します。それが、約束の期間ですから……それは、私も納得していますし、我儘も言いません」


「…………」


「だけど、その分思い出を残しておきたかったんです────新太さんと過ごす時間は楽しいですから、いつか寂しいなって思う自分がいつでも思い出せるように」


 俺が柚との生活を手放さなくてはいけない事は確定事項だ。

 それが元からの約束であり、そこから先は茨家の問題で、部外者が介入する事はない。

 だけど、この時間は楽しいから。その間の思い出を残しておきたい。


 …………その気持ちを伝える時の柚は、寂しそうな顔ではなく嬉しそうな顔をしている。

 それは思い出を作れたからなのかは……分からない。


 けど────


「それなら、たまにはこういう恥ずかしい思いもしてみてもいいかもしれないな……」


「ふふっ、まだまだ時間はありますしいっぱい作っていきましょう」


 柚は被り物を脱ぎ、そのままレジに向かって歩き出した。

 俺も被り物を外し、柚の後を追う。


 ────その後、柚から撮った写真を見せてもらった。

 その時の俺の顔はあまりにも素っ頓狂で、写真映えも何もなかったのだが……柚と一緒に映る写真を見ると何故か、頬が緩んでしまった。

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