柚と水族館(2)

「ハリセンボン、凄かった……ブサイクなんて言ってごめんなさい……」


「タツノオトシゴも可愛かったです……凄く、はい、凄く可愛かったです……」


 屋内のステージにやって来た俺達はステージの客席へと座り、それぞれ思いに耽っていた。

 思い浮かぶのはキューティクルな棘のあるボディに、何故かそそられる顔。

 決して芸能界デビューできそうな顔じゃないのに、「こいつなら天下を取れる」と思ってしまった。


 隣では柚も同じように思いに耽っている。

 ブツブツと「凄い」と言っている姿は、傍目から見たら異様に見えるかもしれない────まぁ、俺も同じなんだけどさ。


「水族館ってこういう楽しみ方をする場所だったのか……これなら、何回でも足を運びたいな。っていうか、ハリセンボンに会いに来たい」


「歳を重ねる事に楽しみが変わるのかもしれませんね。子供の頃は物珍しさが楽しいと感じた記憶がありますし」


「こらこら、その言い方だと俺が歳をとっているみたいに聞こえるじゃないか。俺はまだピチピチの二十代前半だぞ」


「そんな事言ったら私は十代です。一番肌に潤いが残っている時です」


「はっはっはー! 柚はテンションが上がっているからつい口走ってしまったのかもしれないけど……それは世の女性を敵に回す言葉だぞ?」


 いつもならオブラートに包みそうな柚がストレートに言ってしまった。

 これは水族館で妙にテンションが上がってしまったからだろう。


「それで、イルカショーは何分からだっけ?」


「後二、三分で始まると思いますよ? ここで大人しく待ちましょう……それに、イルカさんはスタンバイしてますから」


 このステージでは決められた時間にイルカショーが行われる。

 現在、俺達が見に来ているのは昼前のステージで、これが終わる頃が丁度お昼時。


(これが終わったら適当に飯でも食べるか……)


 この水族館にはレストランが何店舗かあるみたいで、そこで昼食を済ませる方がいいだろう。

 意外と夢中になってしまうので、本当にここら辺で済ませておかないと帰りは空腹で倒れそうだ。


『さぁ、皆様お待たせしました! イルカの『ジョー』ちゃんのイルカショーを始めたいと思います!』


 そんな事を考えていると、会場にそんな声が響き渡った。

 視線を下ろせば、いつの間にか現れたスタッフらしき女性がマイクを持って高らかに宣言していた。


『『『『『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』』』』』


 そして、会場からはそれに呼応するかのような声が反響する。

 主に子供達の声だろう。見渡せばほとんどの客席が綺麗に埋まっていた。


「ほら、始まりますよ新太さん! イルカさんが飛びますよ!」


 俺の袖口を引っ張ってキラキラと双眸を輝かせる柚。

 イルカさんなんて可愛らしい事も言うんだな、なんて思ってしまう。


「じゃあ、お約束の『水濡れ』だけは避けないとな。俺達、着替えなんて持ってきてないし」


「ふふっ、それはもうおとぎ話ですよ。今時のイルカショーは水に濡れないように対策がされていますから!」


「何故だろう、フラグにしか聞こえない」


 だがしかし、柚の言っている事も間違いではないのだろう。

 水槽と客席の距離はかなり離れており、ましては俺達は真ん中ぐらいの位置で座っている。

 流石に、ここまで水が飛んでくるとは思えない。


『では、ご挨拶も兼ねてジョーくんのボール捌きをお見せしましょう!』


 ────女性スタッフのアナウンスが、誰に幅かれる事もなく響き渡った。


 ♦♦♦


「いやー、凄かったなジョーくん! あの三回転はプロを思わせてくる!」


「ですよね! 愛嬌もあって可愛かったですし、豪快な高飛びは思わず拍手しちゃいました!」


 イルカショーもつつがなく終わり、俺達は館内にあるレストランにやって来た。

 結局、お約束はただのフィクションだったらしく、着替える事もなく来た時の服装のまま食事をとる事ができた。


「餌を食べる時も可愛かったよなぁ〜! 一口で食べきれず何度も口を動かす姿は胸にくるものがあった!」


「はいっ! あの姿は胸がポカポカしてきます! 見れてよかったですよね、イルカショー!」


 料理が運ばれてきても、俺達の熱は冷めなかった。

 始めは「これの何処が面白いのかね?」と思っていたのだが、存外見事に目を奪われてしまい、柚と一緒になって盛り上がった。

 今なら分かる……柚が目を輝かせていた理由が。ごめんな、子供っぽいって笑っちゃって。


「しかし、水族館も本当に面白いな……チケットなくても来てみたいって思ったわ」


「では、また今度行きましょう! ここなら年中無休ですし!」


「行くとしたら修学旅行が終わってからだな……って事は三月か?」


 今月末は柚の修学旅行がある。

 そんなに間隔空けずに行っても面白さも目新しさもあまり感じないだろうから、行くとすれば三月に入ってから。

 それぐらいが妥当だろう。


「そうですね、楽しみにしてますっ!」


 柚が笑顔を浮かばせながら目の前のナポリタンを口に入れる。

 俺も会話が途切れた瞬間にパエリアを口に頬張った。


「二泊三日だっけ? 修学旅行は?」


「はい、二泊三日の京都旅行です。本当はこの季節なら北海道かと思ったんですけどね」


「冬の京都っていうのも中々に乙じゃないか? ほら、冬景色が見れるし」


「雪は嫌いではないので文句はありませんよ? ただ、意外だっただけです」


 確かに、冬なら北海道っていうイメージがある。

 スキーやスノボー。雪まつりなど、目白押しのイベントやスポーツもある訳だしな。


「まぁ、留守は気にしないで楽しんでこいよ」


「……外食ばかりにならないか心配です」


「一日ぐらいは友達と会って外食はするだろうが、そんなに外食はするつもりはないよ」


 あまり不衛生な事ばかりしていると本当に柚が心配してしまうからな。

 ここは気にしないでもらう為に少しでも、懸念材料を拭っておかなければ。


「俺も一人で暮らしてたんだ。二年後にはここを離れる訳だし、柚がいなくても大丈夫だから安心してくれ」


「……そう、ですよね」


 安心させるように口にしたつもりだが、柚の声音が少し低くなったような気がする。

 ……これは、まだ心配するような事でも言ってしまっただろうか?


「そうですね────新太さんも大人の人ですし、私もめいいっぱい楽しんでこようと思います」


 だけど、直ぐに柚の表情は晴れた。

 陰りはない。少しばかり旅行に行く事を楽しみにしているようにも見えた。


「おう、楽しんでこいよ」


「はいっ」


 それから、俺達はたわいもない雑談をしながら食事を済ませた。

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