商店街でのくじ引き

 それから一週間の時が過ぎ。

 柚はしこりがなくなったようないつも通りの表情に戻っていった。

 自分一人で何かに折り合いをつけたのか、解決したのかは俺には分からない。


 だけど、今はいつも通りの日常が戻ってきた。

 いつものように茶化して、笑って、「おかえり」を言ってくれるようになった。

 俺自身が解決してやりたかった気持ちもあるが、見守る事にして結果的によかったと思う。


 ……子供を見守る親の気持ちとはこんなものだろうか?

 ふとした疑問が湧き上がってしまう。


 ————まぁ、それはおいておいて。


「新太さん、その引換券をちゃんと残してくださいね?」


 ……あれから、何故か俺の呼び名が変った。

 理由は分からない。ただ、本人曰く「ずっと一緒にいるのに他人行儀な呼び方は……嫌だなぁって。ほら、新太さんも下の名前で呼んでくれていますし」との事。


 別に呼び方に拘っている訳でもないから拒否する事はなかった。

 だけど、この呼び名は始めはむずがゆく……慣れるまで三日はかかってしまった。

 情けなくてごめんね? 元カノと家族ぐらいなんだよ、下の名前で呼ばれたのは。


「ん? これって必要なの? もしかして、海の幸詰め合わせセットがもらえるようなスペシャルイベント参加券的なやつ?」


「そんな大層な物ではありませんけど、この時期は商店街でくじ引きが行われるんです」


 現在、買い出しの為に休日を使って近くの商店街に足を運んでいる。

 寂れた商店街のはずなのにいつもより賑やかで、往来もいつもより激しくあちらこちらから喧騒が聞こえてきた。


「……ふぅん。ちなみに、何がもらえるの?」


「そうですね……海の幸はありませんが、毎年お野菜の詰め合わせとか旅行券とかもらえますよ」


「よし、お兄さんがお財布を空にしてやる。一年分の食材でも買い占めようか」


「新太さん……絶対に旅行券に目が惹かれましたよね?」


 仕方ない、旅行券だもの。

 しばらく旅行とか行ってなかったからなぁ~。有休も余っているし、ここいらで当たったら行ってみたい。


「旅行と言えば……柚は修学旅行とかないの?」


「ありますよ、ちょうど今月末ですかね。行先は冬の京都です」


「帰ったら諭吉をプレゼントだ。八つ橋をプレゼントミーしてくれたら嬉しい」


「ふふっ、お母さんからお金は頂いているので大丈夫ですよ。心配しなくても、私は旅行よりも新太さんのお土産が優先度高いですから」


 そう言って、買い物袋を片手にぶら下げた柚は楽しそうに笑う。

 俺のお土産の方が優先度高いとはどういうこっちゃねん? そう聞きたかったが、柚が道すがらの精肉店に目が映ってしまったので上手く聞く事ができなかった。


「……にしても、あと三週間もないのか」


 同棲を始めてから一ヶ月弱。

 どうにも時間が経つのが早く、意外と修学旅行という大イベントがすぐそこまで迫って来ていた。

 といっても、今さっき柚から聞いたばかりなので知らなかったが。


「まぁ、楽しんで来てもらえればいいか……」


 修学旅行は間違いなく学生時代のビッグイベントだ。

 思い出に残る事は間違いないし、今まで訪れた事のなかった場所で見聞を広めて来れるいい機会。

 大人になれば大人数での旅行など滅多にいかないし、是非とも学生時代の友達との親交も深めてきてもらいたい。


(心残りをされないように、もうちょっとしっかりしなきゃな……)


 俺という存在が気がかりで楽しめないなど言語道断。

 柚に心配を残さないように短期間ではあるが、しっかりしている部分を見せないとな。


 ……まぁ、柚がいない間は確実に先輩と飲んでいそうだが。


「新太さん! 今日はひき肉が安いのでハンバーグにしましょう!」


 ガラスケースを見ながらそう言ってくる柚を見て、俺は自然と笑みを浮かばせながら隣に並ぶのであった。


 ♦♦♦


「いいか柚! 狙うは沖縄旅行だ! 沖縄であれば年中いつ行ったって外れはしない! 青い海に白い雲————ハイビスカスとメンソーレが俺達を待っている!」


「は、恥ずかしのでそんなに大きな声を出さないでくださいっ!」


 買い出しも一通り終わらせ、現在商店街出口に構えられたテントの中。

 目の前にあるのは小さなガラガラと背後に並ぶ景品の列。箱に詰められたティッシュとたわし、少し上に登ればフライパンや掃除機、野菜の詰め合わせなどとグレードが上がっていき、水族館のペアチケットと続き最後に沖縄旅行の垂れ幕が飾ってあった。


 そして、ガラガラを手にかける柚が何故か羞恥で顔を染めていた。

 白いコートとマフラーをしているからか、その染められた顔が見事に目立っている。

 それが何とも可愛らしく、一瞬だけドキッとしてしまった。


「はっはっはー! 兄ちゃんは元気だな! 安心せぇ、彼女さんが玉を出すまでは逃げたりしねぇよ!」


「か、彼女!?」


 そして、余計に顔が赤くなってしまった。

 どうやら、運営の人らしきおっちゃんの発言で柚の羞恥が上乗せされてしまったようだ。

 そんな、彼女と間違われただけで……なんて思ってしまったが、よく考えれば柚は高校生。大人である程度分かっている大人ならともかく、思春期真っただ中の高校生であれば間違われる事に恥ずかしさや嫌悪が芽生えてしまうのかもしれない。

 ……嫌悪は、流石にないよね? 柚、俺の事嫌ってないよね?


「で、では……いきます」


 柚が顔を赤く染めながらガラガラを回していく。

 今回の引換券は四枚。一枚一回のこのくじ引きであれば四回、回せる事になる。


 ゆっくりと神妙な顔つきで柚が一回転目を回す。

 いけない、先に変な事を言った所為で不思議なプレッシャーを与えてしまったようだ。

 ……二回目を回す時はちゃんと「気楽でいいよ」と言ってあげないと。


 だけど、そんな俺の気持ちとは裏腹に、柚は勢いよくそのまま四回連続で回してしまった。

 少しだけ驚いてしまったが、別にいいかとその姿を横で買い物袋を下げながら見守る。


 性能がいいガラガラなのか、一回転ごとにちゃんと一つの玉が綺麗に顔を出し、白が三つと赤が一つ視界に入った。


「えーっと……新太さん、赤いのが出ちゃいました」


「そうだな……柚の顔と一緒の真っ赤っかだ」


「も、もうっ! からかわないでください!」


「そんなに俺とカップルだと思われるのが恥ずかしかったのか? お兄さん傷つくなぁ……」


 俺は少しだけ傷ついたフリをして、冗談っぽく口にする。

 どんな状況でもついからかってしまいたくなる。これも、お兄さんポジションを維持するには必要な事。それに、俺自身が楽しいから。


 どんな反応をするのか気になり、俺はチラッと柚の顔を窺う。

 すると————


「べ、別に……新太さんと恋人だって勘違いされるのは、そ、その……嫌では、ありません……むしろ嬉しいと言うか何と言うか……」


 何故か、顔を逸らして満更でもなさそうな言葉を漏らした。


(な、なんだその反応は……!? 想定していた反応と違うじゃん!)


 予想では「そ、そんな事ありませんよ!?」だけで終わると思ていたのだが、まさかそんな反応をされるとは思っていなかった。

 嫌じゃないって何? 嬉しいって何? そんな事を言うなよ、柚————


(くそっ、こっちまで意識するだろうが……)


 顔に熱が上がっていくのを感じる。

 いけないと分かっているのに……異性として見てはダメだと理解しているのに……自然と意識してしまう。


(そんな反応を急にするな……馬鹿)


 俺は内心で悪態をつきながら顔を逸らしてしまった。


「あのな、兄ちゃん達……景品、渡してもいいか?」


 気まずそうにする運営のおっちゃんが、おずおずと景品を渡してきた。

 渡されたのは三つのティッシュと────水族館のペアチケットだった。

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