私の気持ち

(※柚視点)


「ふぅ……」


 橘さんが作ってくれた朝食を食べ終わり、お風呂から上がった私は現在自室のベッドに横になっている。

 ほんのりと蒸気が上がった私の顔は少し赤いかもしれない。

 体全体もポカポカしているし、ベッドの中に潜れば暖房なんて必要ないと思えるぐらいだ。


 やはり風呂上りは気持ちがいい。

 この時間も、正直好きだ。


 だけど……気持ちは、晴れやかじゃなかった。

 少しだけモヤモヤする。心の中でしこりが残っているように感じる。

 さっきとは違って落ち込んだり沈んだりはしない。


 ……だって、その時のしこりは消えているんだから。

 今はどちらかというと————違うしこり。


「私、橘さんの事……どう思っているんだろう?」


『だから俺は、小さな幸せや大きな幸せに拘らなくてもいいと思う。大きな幸せも小さな幸せも、どちらも同じ幸せだ。どっちも、幸せに感じる────それでいいじゃないか。今が幸せなら、自分が満足しているなら、掴めなくても……俺は、それでいいと思うぞ?』


 思い返すのはさっきの橘さんの言葉。

 それに合わせて視界に入った、橘さんの顔。


 初めて会った時のスーツの橘さんとは違って、私の事を本気で心配してくれているのが伝わってくるような……そんな顔だった。


 思い返す度に————私の顔が熱くなってく。

 お風呂上りでよかった……多分、外に出たら一発で橘さんにバレてしまう。


 優しくて、頼もしくて、かっこよくて、私の事を心配してくれて、一緒にいると楽しくて、確信できるほど幸せなんだと感じてしまう。

 お母さんやお父さんと一緒にいる時や友達と一緒にいる時とも違う————ご飯を作ってあげる事や、ただいまって言う事や、一緒にお買い物する事が……本当に楽しい。


「橘さんが言う小さな幸せってこういう事なんだろうなぁ……」


 そして、愛奈が言っていた事もこの事なんだと思う。

 小さな幸せは、絶対に橘さんといる時にしか味わえないし、得られない。

 橘さんじゃないと————橘さんだから幸せに感じるんだ。


「……そっか」


 ふと、気づく。

 こんなに焦がれていて、橘さんの事が頭から離れなくて、橘さんの言葉だけで私の気落ちが変ってしまう。

 他の男の子ではそんな事は思わないのに、私の今の大半は橘さんでできてしまっている。


 ————ここまで自覚できれば、否定ができなくなってしまう。


「私、橘さんの事が好きなんだ……」


 きっと、同棲を始めた時は好きじゃなかったんだと思う。

 単なるお節介焼きの頼れるお兄さん。それだけ。


 だけど、一緒に暮らして、橘さんに触れて、色んな一面を見て、支えられて————その感情が変ってきたんだ。


「……橘さん、お付き合いしている人とかいるのかな?」


 今はこんな事を考えてしまうようになった。

 橘さんの隣に立っている人がいると感じただけで胸が締め付けられる。あの時、愛美が橘さんとお付き合いしたいと言った時や、彼女がいるのか疑問に思ってしまっただけで胸が苦しい。


 これが、恋。

 初めて抱いた————私の初恋なのかもしれない。


「愛美が言っているのはこの事だったんだね……」


 確かに、今の現状に満足していればいつかは橘さんの隣に誰かが立ってしまうかもしれない。

 職場に女性の方がいるって聞いたし……橘さんは魅力的な人だから、そうなるのも時間の問題だろう。


『小さな幸せだけに満足しても、その先は掴めない』


 そうだ、その通りだ。

 愛美の言っていた事は間違いなんかじゃないんだ。


 だったら、私はこの恋を成就させるべく動いた方がいいのかもしれない。

 橘さんに好きになってもらって、この想いを伝えて————その為には、私の子供扱いを先に直してもらわないといけないよね。


 ……本当に、この恋を成就させたいのであれば。

 だけど————


「私は、今の現状に満足しているんだよ?」


 私は、ベッドの傍らにある熊の人形に向かって何となくそう言った。


 願うなら、この時間がずっと続いて欲しい。

 この小さな幸せを、ずっと味わっていたい。


 もちろん、最終的には橘さんとお付き合いしたいとは考えている。

 そ、そりゃ……好きって気づいたんだもんっ! お付き合いしたいよ。


 でもね……今の気持ちの大半は————この小さな幸せを味合わせて欲しい。

 それが、一番強い。


 だから————


「もう少し、このまま……橘さんとこの関係でいいよね?」


 だって、橘さんが言った事なんだもん。

 その責任は取ってもらわなきゃ。何でも協力するって言ってくれたしね。


「そうだ……橘さんとお話してこよ」


 そう思ったら、自然と私の体はベッドから起き上がってしまっていた。

 橘さんは確かこたつの中でパソコンを叩いていたはず————あったかいコーヒーでお入れて、寝る前に橘さんとお話をしよう。


 ……何故か、この気持ちを確信してしまったら橘さんに会いたくなってしまった。

 小さな幸せを、味わってみたいと欲が出てしまった。


「ふふっ、私って単純な女の子だなぁ……」


 先程のしこりがなくなり、今の心の内は晴れやかだ。

 全部全部、橘さんの所為で橘さんのおかげ。


「とりあえず、さり気なくお付き合いしている人がいないか聞かないと」


 それが第一優先だと、私は部屋の扉を開きながら心に決めたのであった。

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