友達と私の家

(※柚視点)


 ……やって来ちゃった。


「じゃあ、今日はよろしくね柚っち~♪」


 翌日の放課後。

 重い足取りを引きずってやって来たのはいつもの私の家。

 普段は寄り道する事なく帰っていたこの家だけど、今日に限っては何処か寄り道して帰りたい気分だった。


「う、うん……」


 本音を言ってしまえば、凄く気が乗らない。勉強自体はいい事なんだと思うけど、私の家でやる事が本当に気が乗らない。


(橘さんにはあぁ言っちゃったけど……)


 私が男の人と同棲してるって知られたら愛美はなんて思っちゃうだろうか?

 驚く? それとも、それをネタにからかってくるのかな?

 橘さんの生活を邪魔したくないから「家にいてもいい」って言っちゃったけど、こうしていざ家に来ちゃうと足が重くて仕方ない。


「じゃあ、早く柚の家に入ろー! 外は寒いからね~!」


 私の気も知らないで、愛美は中に入るように促してくる。


「うん……」


 どうにでもなれ、と投げやりになる人もいるけど、私はそうはならない。

 可能であれば知られる事なく無事に終わって欲しいんだけど多分無理だよね……。


(できれば、愛美が橘さんに迷惑をかけませんように……っ!)


 そんな事を思いながら、私は自分の家に足を踏み入れた。


 ♦♦♦


「……柚っち」


「……うん」


「……柚っちが隠しておきたかったのって、この事?」


「……うん」


 家に入り、リビングに向かった私達は入り口で固まってしまった。

 主に固まったのは愛美で、私は固まるというよりかは頬が引き攣っている状態だ。


「ん? おかえり、柚」


 リビングには橘さんの姿があった。

 こたつの中に入り、パソコンの画面を広げて私に向かって「おかえり」と言ってくれた。

 ラフな格好にいつもは見る事のない眼鏡をかけていて、その姿に少しだけ胸の動悸が早くなってしまう。


「あ、あぁ……もうこんな時間だったか。すまん、全然気づかなかったわ……」


 そう言って、申し訳なさそうに頬をかく橘さん。

 別に、ここは橘さんのお家でもある訳だから気にしないで欲しいとも思う。


 ……ただ、バレてしまうのが早いなぁって思ってしまっただけで。


「……柚っちってお兄さんいなかったよね?」


「……一人っ子、です」


 追及するような愛美の目が痛い。

 うぅ……分かっていたんだけど、分かっていたんだけどっ!


「こんにちは。柚のお友達……で、いいのかな?」


「は、はいっ! 三枝愛美って言います!」


 橘さんが立ち上がり愛美に向かって口を開くと、いつもお調子者な愛美が緊張した上擦った声を出した。


「そっか……じゃあ、今日はゆっくりしていってくれ。それと、柚とこれからも仲良くやってくれると助かる」


 そう言う橘さんの表情はとても優しかった。

 それでいて、いつも私をからかってくるような顔や、少しだらしない顔ではなくて、かっこいいお兄さんみたいな……言葉では上手く言い表せないような顔。


(こ、こんな時にそんな顔しなくても……っ!)


 いつものだらしない顔でいいのにっ!

 眼鏡とか、キリっとしている顔とか、今日は何かいつもの橘さんと違うっ!

 か、かっこいいけど……けどもっ! そんな顔したら————


「は、はい……」


 愛美が、頬を赤く染めて小さく頷いた。

 一緒にいる私でもドキドキするのに、他の人に向けたらこうなっちゃう……。

 あぁ……この後、すっごい聞かれるんだろうなぁ。


「それじゃあ、俺は邪魔だろうし部屋に戻るよ」


 橘さんは自分のパソコンを抱えて、私達の横を通ってリビングから出ていく。


「あ、そうだ柚。冷蔵庫にケーキを買っておいたから好きな時に食べてくれ」


 最後に気遣いを残していってしまった。

 恩に着せる訳でもなく、単に優しさからきた気遣い。

 そして、橘さんの姿が完全に消えると、愛美が血相を変えて私に詰め寄ってくる。


「ど、どどどどどどどどどどどうしてあんなお兄さんが柚っちの家にいるの!? かっこよくない!? っていうか、誰あの人!? 柚っちの彼氏!? 年上彼氏!?」


「ちゃ、ちゃんと説明するから落ち着いて愛美!」


 それから、愛美が落ち着くまで私は一からきちんと愛美に説明した。


 ♦♦♦


「ふぅ~ん……なるほどね」


 こたつの中に入り、ジュースとケーキを食べながら愛美は納得してくれたような頷きを見せた。

 話したのは橘さんがどんな人でどんな関係で、どういった経緯でここにいるのかという事。

 時折見せる愛美のジト目が痛かったけど、何とか説明し終わる事に成功しました。


「なんと羨ましい柚っち」


「う、羨ましいかな……?」


「羨ましいに決まってるよ! かっこいいお兄さんとの同棲って女の子の憧れだよ!? 一緒に暮らして、時折甘えるのが女の子の夢なんだよ!?」


 必死な形相で捲し立てる愛美。

 その顔に、何処か気圧されてしまう。


「あ、甘えるって言っても、そんなに一緒に暮らして甘える機会なんてないよ?」


「……そうなの」


「うん……橘さんって家事はできないし、心配性だし、過保護だし、私の事すぐに子供扱いしてくるし————でもっ! 橘さんが嫌いな訳じゃないよ!?」


 私はこれまでの事を思い返す様に口にする。


「私の事を一番に考えてくれるし、私の為に頑張ってくれたり、大人らしい優しさを向けてくれるし、頼りになるし、私のお願いも嫌な顔しないで頷いてくれるし……」


 挙げれば挙げるほど、橘さんのいいところが挙がってくる。

 家事はできなくても問題じゃない。放っておけないところとか、美味しいって言ってくれるところとか、一緒にいて楽しいと思えたりするところとか……うん、いっぱい出てくる。


(橘さんを嫌うところ……全然なかった)


 それが少しホッとしたような、嬉しいような……そんな気持ちが湧き上がってくる。


「う~む……なるほど。柚っちが今まで誰とも付き合わなかった理由が分かった気がする」


 そんな私を見て、何故か愛美は確信したような顔を見せた。


「————柚っち、やっぱりあの人の事好きなんでしょ?」


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