お友達を連れてくる

 仕事終わり、玄関を開けると俺の背中に突如嫌な予感が走ってしまった。

 別に何か物騒な跡が残っていた訳ではない。血の跡とか、物が崩れてあったっりとか、逆に柚の気配が全くしないとか。


 そういった事はなかった。

 いや、本当に……そうではないのだが……。


「……おかえりなさい、橘さん」


 玄関先で、いつものように出迎えてくれる柚。

 食事を作っていた最中なのか、エプロンを身につけ、サラリとした金髪を纏め上げている。

 預かる事になってから、毎日のように見る彼女の姿。


 でも、何故か……嫌な予感しかない。

 嫌なと言えば語弊があるかもしれないが、「俺、何か悪い事したっけ?」という気持ちが湧き上がってくるのだ。


 だって────


「……どうして、正座なの?」


 柚が、玄関先で正座をしていたのだ。

 それはもう、行儀よく。エプロンをつけているから料理中だったという事は分かるのだが……何故かその姿は「待ち構えていました」とでも言わんばかり。


「……いえ、特には」


(特にはじゃねぇよ!?)


 気まづそうに呟く柚に対して、内心でツッコミを入れてしまう。

 何もなければ、正座待機で出迎えたりしねぇよ。普通にいつも通り出迎えてくれるでしょうが!


「お、おう……そうか」


 だが、そんな事は当然口には出せない。

「出すな、自分で言うから!」……みたいな空気を感じるし、出したら気まづい空気が違う方面で破錠してしまいそうだから。


「鞄、持っていきますね……」


 そう言って、柚は俺から鞄を奪うとそのままリビングに向かって立ち去っていった。


「俺、何かしたっけなぁ……?」


 全く身に覚えのない事を必死に思い出そうとしながら、俺は靴を脱いだ。


 ♦♦♦


「…………」


「…………」


 食事中、気まづい空気は継続。

 預かる事になって初めて、食事中に一切の会話がない。

 気分はさながら喧嘩したけど仕方なく食べないといけないから食べている兄妹のよう。


 いや、本当にそんな気分だ。


「あの……橘さん」


「な、なんだね柚くん……?」


 その沈黙が急に破られた事に戸惑ってしまう。

 ビクビクしている今の俺の姿は、頼れるお兄さんのイメージとはかけ離れてしまっているだろう。


「お話がありまして……」


 どうしてか、別れ話を切り出される彼氏の気分も同時に味わってしまった。


「は、話……か?」


「はい、実は────」


 ♦♦♦


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 深いため息がリビングに響く。

 いや、ため息と言うよりかは安堵から出た息だ。


「どんな事やらかしたのかと思ったのに、単に友達を連れてくる事になっただけの話かぁ……」


 神妙な顔つきで柚から話を話を聞いた。

 どうやら、俺の許可なく友達を急遽連れてくる事になったから、それを謝りたかったらしいのだ。


「本当に心配して損した……てっきり滅茶苦茶重い話なのかと……」


「わ、私にとっては大事な事です!」


 俺の安心しきった態度に、少しだけ調子が戻った柚。


「大事っていうが、友達を連れてくるだけの話だろ? 別にいいじゃん、俺気にしないし」


「ですが、橘さんは明日お休みで邪魔をしてしまうと思いましたから……」


 なるほど……そういう事。

 確かに俺は明日休みで、一日中家にいるつもりだった。

 柚はそんな俺に気を遣って「邪魔をする事になって申し訳ない」と感じているのだろう。


「別に、そんな事気にすんなよ。ここはお前の家であり、俺はここに住んでいるだけだ。いちいち許可をもらわんでも、好きに呼べばいいさ」


 柚には柚の生活がある。

 同棲し始めてから、多少の変化はあるだろうが極力柚の生活に影響を与えたくない。


 それは前に柚が言っていた事と同じで、俺という存在の所為で気を遣って欲しくないのだ。


「で、ですが……」


 そうは言っても、柚の表情は晴れない。


「もし、俺が住んでいる事を知られたくないなら、明日はその時間外にいるようにするからさ。そんな申し訳なく感じなくても大丈夫だぞ?」


「ダメですっ! 私の所為で橘さんにご迷惑をかける訳には────」


「いや、この前柚が言ったんだろ? 自分の所為で相手の生活に影響を与えたくないって────それは俺も同じ気持ちなんだ。俺という存在が、柚の生活の妨げになりたくない」


 俺は真剣な顔で柚に告げる。

 この気持ちは本心だし、変に気を遣っている訳でもない。

 ただ単に、そこだけは俺なりに譲れないい一線って話なだけだ。


「…………」


 その事が上手く伝わってくれたのか、柚は押し黙って少し考え込んでしまう。

 そして────


「……分かりました。では、明日私のお友達を連れてきます」


「おう、そうしろそうしろ。学生の頃の友達は貴重だからな」


 こういった友達関係は将来の宝になる。

 思い出作り的な面でも、こういった交流は是非とも深めていって欲しいところだ。


「ですが、明日は別に外に出てもらわなくても大丈夫です」


「ん? いいのか?」


「はい……別に、無理して隠す必要もないですし」


 その割には「覚悟を決めました」的な表情をしているような気がするが……まぁ、いっか。

 明日は明日で家でやらなきゃいけない事があるから、家にいてもいいと言うのであればお言葉に甘えよう。


「んじゃ、そういう事で」


「……はい」


 こうして、明日は柚のお友達が来る事になった。

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