弁当

 柚と一緒に家を出たのはよかったものの、良く考えればうちの始業時間は朝の九時。

 徒歩圏内の通勤距離になった俺にとっては早すぎる時間であった。


 なので、これからは柚が先に家を出て俺が見送るという形になりそうだ。

 まぁ、今日に限っては仕方ない。先に事務所に着いてパソコンを眺めながら先の仕事をする事によって時間を潰す事ができた。


 そして、何のトラブルもなく迎えたお昼休み。


「……先輩、今日はお弁当なんですね。珍しい」


 隣に座る霧島に訝しむような目を向けられてしまった。


「まぁ、たまには……」


 俺も内心失敗したとは思った。

 基本的に毎日昼ご飯は外へ出て飯を食べていた俺が急に弁当を持参する。

 当然、疑問に思われてしまう訳で、質問される事は分かりきっていたはず。


 にも関わらず、普通に弁当を広げてしまった。

 


 ……本当に油断してたわ。


「先輩って、そもそも料理ができたんですか?」


「最低限の料理ぐらいできる。まぁ、凝った料理は無理だがな」


「そうですよね、先輩が凝った料理なんて作れる訳ないですもんね」


 どういう意味でそう言ったのか、是非とも問い詰めてやりたいところだ。


「俺だって日頃の外食は何とかしないとって考えてたんだ。通勤時間が大幅に短縮された今、朝の時間に余裕が持てたし弁当を作ってみようって思って作ったんだよ」


 咄嗟に出た嘘にしては筋が通っているのではないだろうか?

 外食は金がかかる、栄養面も偏ってしまう。だからこそ、金もあまりかからず、栄養面を調整する為に弁当を作った────誰もが考えているような事で、納得もできるだろう。


(ここで女子高生に作ってもらってます……なんて知られたら、霧島から凄い目で見られそうだからなぁ)


 それだけは隠し通さないと。

 恋人でもない男が女子高生と同棲している。相手は未成年で手を出せば一発アウトだというのに、間違いが起きやすい環境を容認している────本当に、白い目で見られかねん。


「なるほど……それもそうですね。外食ばかりでは、体を壊しやすいのも事実ですし」


 少しだけ探るような目を向けてきたが、霧島は納得したような表情を見せて目を逸らしてくれた。


 ……ふぅ。何とか回避はできたな。


「先輩がどれだけ続くか見物ですね。三日坊主って言葉は意外と大きい壁ですし」


「馬鹿ちん、人生の大半を坊主で過ごしてきた俺が三日でやめる訳ないだろう」


 と言いつつも、本当は柚が作るから俺がどうこうって訳じゃないんだが。


「その自信が何処から湧いてくるかは分かりませんけど……まぁ、頑張ってください。食生活は本当に大事ですからね」


 そう言って、霧島は鞄から小さな弁当箱を取り出して机の上へと広げた。


「霧島も弁当か……」


「はい、私も弁当勢です────逆に先輩だけでしたよ、外食は。戸部さんと店長は奥さんの手作り弁当ですから」


「いつも外へ出てたから知らない情報だったわ」


「これで全員お弁当です。リバーシでやっと全部黒に染まった気分ですね」


「黒だと弁当持参が悪に聞こえるから白でよくね?」


 なんか黒だと印象悪くなるんだよなぁ……。

 そんな事を思いながら、俺は柚お手製の卵焼きを一つ頬張った。


(な、なんという美味しさ……! 味付けが俺の好みにどストライクしているっ!)


 卵焼き一つで大袈裟と思うかもしれないが、本当に目を見開くほど美味しかったんだ。

 甘くはなく、醤油を少量入れているのか、最後にほんのりと味がする。

 パサパサしている訳でもドロドロしている訳でもない、絶妙な焼き加減。


 ────到底、俺には真似する事ができないなぁ。


(……本当に、柚はいい奥さんになれるよ)


 心の中で涙を流しながら、俺は再度そう思った。

 多分、他のおかずもそれはもう美味しいのだろう。


 きんぴらごぼうに唐揚げ、小さく仕切りされたサラダ、そしてひじき────期待値が高まる一方である。

 腹に入れば何でもいいと思っていたが……やっぱり、食事は大事なんだと改めて認識させられた。


 ……本当に、こんなに素晴らしい弁当を朝に作るなんて、一体何時に起きたのだろうか?

 食べたら分かるが、明らかに冷凍食品の類いではなく、手作り────まぁ、唐揚げに至っては昨日作ったのだろうが。


 ……いかん、柚に頭が上がらなくなっちゃう。


「……先輩」


「なんだ? 俺は食事という大事な行為を噛み締めている最中なんだが?」


「……それ、めっちゃ凝ってません?」


 ……ピク。


「……さっき、凝った料理なんか作れないって言ってましたよね?」


 ……ピクピク。


「そのひじきとかきんぴらごぼう……絶対に凝ってますよね?」


 ……ピクピクピク。


「そ、そんな事ないぞ……? 全部冷凍食品さ!」


 当然、柚の手作りなので冷凍食品ではない。


「へぇ……私も冷凍食品使う時あるんですけど────何処で買いました? 私、一度も見た事がないんですけど?」


 本当に……冷凍食品ではないから何て答えよう?

 どう解答してもボロが出るビジョンしか思いつかないぞ?


 背中に流れる冷や汗が止まらない。

 誰かの助け舟が切実に欲しいところだ。


「つ、通販……で?」


「ふーん……通販ですか……」


 霧島の訝しむ目が強くなった。

 流石に、苦しいものだっただろうか……?


「はぁ……まぁ、いいです。プライベートにあまり首を突っ込むのはよくありませんからね」


 すると、訝しむような目を向けていた霧島は大きくため息を吐いて引き下がった。

 言及が凄かった気がするが、最後の最後でしっかり引き下がってくれるのは流石だと思う。


「そ、そうしてくれ……」


 何とか難が去った事に安堵し、俺は再び昼食を食べる事にした。

 うん、普通に美味いわ……。


「(まぁ、十中八九女ですよね……)」


 最後に霧島が何か言った気がするが、上手く聞こえなかった。

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