怖くない理由
それから、俺達はまず先に食器類を買う為に雑貨屋へと足を運ぶ事になった。
食料品を買えば荷物が多くなり、その状況で他の買い物はキツいと判断した為だ。
商店街にあるこじんまりとした雑貨屋の中は意外とオシャレな内装をしていて、いかにも女子高生とかに人気がありそうだなと思った。
派手な色を揃えている訳ではなく、緑色や薄水色、木目を意識したデザインの雑貨が棚に並んでいる。
「茶碗に箸……コップもいるのか? 後は皿……皿っている?」
最低限の物を揃えれば大丈夫と思っていたが、いざ店に足を運ぶと買う物が正しいのか悩んでしまう。
目移りするものや、意外と必要だと思ってしまう物がいっぱい並んでいるからな。
「なぁ、柚? 何か買っておいた方がいい物ってあるか?」
「そ、そうですね……何がいいんでしょう?」
俺が振り返って柚に声をかけると、何故か肩を震わせてぎこちない喋りで反応を返してくれた。
ここに来るまではそうでもなかったんだが、急に態度が変わってしまっている。
それが何とも居心地が悪い。
「あぁ……何かごめんな? 怖がらせてしまったかもしれん」
原因があるとすれば、さっきの出来事だろう。
変な輩に絡まれ、それを切り抜ける為に変な事を口走ってしまった。
もしかしたらその事で怖がらせたのかもしれない。
よく考えれば、怖がっていた柚が側にいるのだからもう少しやり方があったはずだから。
「いえっ、橘さんは私を助けてくれましたし、謝られる事は……」
「そんな事はないと思う。女の子が側にいるから、もう少しサラりと切り抜ける方法をするべきだった」
「そ、そんな事ありませんっ!」
俺が謝罪すると、柚は俺の腕をがっしり掴んできた。
「橘さんは私を助けてくれました! た、確かにちょっとだけ怖かったなって思いましたけど……それでも、かっこよかったですっ!」
捲し立てるように柚はフォローを入れてくれる。
その間に、「かっこよかった」と言ってもらえた事が何となく嬉しかった。
「ん、ありがとうな柚」
だからだろうか? 自然と手が動いて思わず柚の頭を撫でてしまった。
柚は一瞬だけ肩を震わせたが、その後はされるがまま身を預けてそのままジト目を向けてくる。
「……やっぱり、橘さんは私を子供扱いしている節がありますね」
「嫌だったか?」
「……頭は拒否してますけど、体は続けて欲しいと言っています」
どういうこっちゃねん。
よく分からないが、とりあえず頭を撫で続けておく。
「そういえば」
「ん?」
「どうして、大人の人は怖くないのですか? 私は正直怖いと思いました……」
急な話題。
多分、さっきの話だろう。
怖いと言いながらも、今の柚からは怯えた様子は見られない。
つまり、単純な疑問で始まった話。
「俺だって高校の時とか中学の時は怖かったよ。俺は小心者で臆病なんだ」
「嘘です、さっきはあんなにも臆さず堂々としていました」
「事実なんだがなぁ……」
学校の不良が怖かった。
クラスの中心にいたとは思っていたが、当時の俺はいつも不良の顔色を伺っていたよ。
それは、当時の俺がきちんと理解していたから間違いないだろう。
「あの時、俺は怖くなかった。正直な話を言えば、自衛隊にいた先輩の方がガタイもしっかりしていて怖かった。こう見えてもちゃんとした対人格闘技も習っていたし、それなりに鍛えていたからな」
それに、あいつらヒョロかったし。
ただ威嚇している狐のようだった。
「だけど、俺が言いたかったのはそれじゃない。答えに対する解答としては違う。大人が怖いと感じないのは、暴力以上の怖さを知っているからだ」
「それ以上の怖さ……ですか?」
「責任っていう、何処でも聞くような単語の事だよ」
俺は柚の頭から手を離し、棚に並ぶ食器類を見ながら話し続ける。
「責任は、大人になれば大きくなる。子供のうちは親が守ってくれるが、大人になれば全て自分に降りかかるんだ。取れる責任だけじゃなくて取れない責任も同様にな────それだけじゃない、責任っていうのは自分だけ降りかかるだけじゃなくて周りの人間にも影響を与える。家族や友人、職場の人間とか、な」
仕事で失敗をした時。
それによって会社の経営が傾くとする。
そうなれば、自分の首が飛ぶ事だってあるし、職場の皆の給料が下がるかもしれない。
首が飛べば職を失い稼ぎがなくなり生活が難しくなる。
家族がいれば家族だって生活が危うくなってしまうだろう。そうなれば、一つの責任で多くの人や大切な人が苦しむ事になるのだ。
「大人は、そんな責任が怖いんだよ。誰か一人の迷惑で責任は他人や自分に影響を与える、それが一番怖い────暴力で解決できたりマウントを取れるのは子供までだ。社会に出ればすぐに淘汰される。何故なら、責任が広がる社会では身勝手な奴らは責任を膨張させる火種であり、好き好んで仲良くしたくないからだ」
暴力で訴えようとする人間や、強引に話を進めようとする人間はガキだ。
大人になれば、絶対に上手くいく訳がないのだから。それを学んでいない時点で、青臭い教育から抜け出せないお子ちゃま。
社会を知っている大人であれば、ナンパの方法ももっとスマートに穏便に話を持っていくだろう。
「とりあえず、質問に対する答えはそんなところかな。まぁ、柚はまだ知っておく必要も理解する必要もないさ」
まだまだ柚は若い。
これからゆっくりと学んでおけばいいだけの話だ。
そして、俺がひとしきり言い終わると柚はゆっくりと口を開いた。
「すごい、ですね。上手く言葉にできませんけど……何故か、考えさせられるお話でした」
「大層な事は言ってないぞ? 大人になれば嫌でも理解する」
「そうですか……いや、でも……流石、大人ですね橘さん」
俺が大人?
いいや、違う。
「俺は大人になりきれてない若造だよ。それこそ、柚と変わらない子供のままだ」
大人であろうとしても大人になれない半端者。
それが俺である。
侘しさも寂しさも、全て一人で解決できない男なんだから。
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