絡まれる柚
「あ、やべー……金下ろしてくるの忘れた」
少しの時間が経ち、俺達は近くの商店街まで足を運んでいた。
簡素まではいかないものの、少しだけ寂しさを感じてしまうこの場所は、チェーン店が少なくシャッターが下ろされている場所がいくつも散見されており、行き交う人々も少ない。
まぁ、ここは二十三区の中でも田舎チックな場所だからなぁ……。
最低限の買い物は済ませれるが、それ以外は都心まで行かないと揃わないんだよね。
「そういえば昨日お寿司食べたばかりでしたからね」
「そうなんだよなぁ……けど、昨日は財布に四万入れていたはず。それが野口さんが三人しかボディを見せてない────という事は?」
俺はいたずらっぽい笑みを浮かべて隣を歩く柚を見る。
「わ、私はそんなに食べていなかったですよね!? どちらかというと、橘さんがいっぱいお酒を飲むからです!」
顔を赤くして、柚は一生懸命に否定する。
白いコートに白いニット、ねずみ色のスカートと黒いタイツが何処か大人っぽい印象を与えてくる。
そんな服装の柚が子供らしい反応を見せるものだから、ギャップで少し可愛いと思ってしまった。
「つい、酒に手が伸びてしまってだな……」
「はぁ……今度からお酒も控えないようにさせないと……」
ついに俺はお酒も管理されてしまうのか。
今日はこそっとすーぱーどるぁいを確保して冷蔵庫に入れておかなければ。
「それより、ここら辺にATMない?」
「あそこにコンビニがあるので、そこでよろしければ」
柚が指さした先にはコンビニが一つあった。
「おーけー。そこで下ろしてきますか────諭吉何人ほどボディーガードに必要?」
「今日はそんなに激しい戦場には向かわないので一人いれば十分です。念の為、二諭吉は欲しいですが」
「了解」
柚にはここで待ってて欲しいとお願いし、俺は少し駆け足でコンビニへと向かう。
家で決めた話なのだが、基本的に金は俺が管理する事になった。
仕送りは柚の口座に入るものの、これから生活していく上で高校生が持つお金以上を扱う事になるのだ。
色んな意味で危ないと、俺の主張を柚は唇を尖らせながら呑み込んでくれた。
といいつつも、俺がいない時はどうしても必要になってくる時が訪れる。
その時は予め報告するように────そういう事で落ち着いた。
「諭吉は二人、と……」
俺は少しだけ順番を待ってから、すぐに二万円を口座から下ろした。
残高が少し減ってしまったが、しばらくは許容範囲……うん、まだ大丈夫。家賃も安くなったしな。
そして俺は柚と合流する為にコンビニを出た。
すると────
『ねぇ、君一人?』
『ここ寒いでしょ? あそこのカフェで一緒に待たない?』
柚が知らない男二人に絡まれていた。
囲うように話しかける男に対して柚は無視を決め込んでいるのか、視線を下にズラしてスマホをいじっている。
相手にするのが面倒臭い……そんなオーラを醸し出していた。
「すぐに盛り過ぎだろ……」
俺がATMに入ってからどれだけしか時間が経っていないと思うんだよ?
まさか、始めから尾行してたとかないよな?
『そんなツレない態度取らなくてもさ〜、ここ寒いっしょ? 温まりに行こうよ』
『そうそう、一緒に行こうぜ〜』
そう言って、一人の男が柚の腕を掴んで近くのカフェに連れていこうとした。
『あ、あの……やめていただけませんか?』
すると、無視しきれなくなった柚がついに口を開いてしまった。
スマホから視線を離した柚の顔は怯えており、何故かその表情が男達を盛り上がらせる。
『意外と可愛い声出すじゃん!』
『それな! もっとツンケンしてるもんだと思ったわ!』
マウントを取りやすい相手だと分かったのか、盛り上がりは徐々にヒートアップしていきそうだった。
少し傍観してしまったが、これ以上は見ている訳にはいかない。
「朝から盛すぎじゃないか、クソガキ?」
背後から、俺は一人の男の肩をガッシリと掴む。
すると、二人の男が俺を振り返り、柚も俺の声に反応して顔を上げた。
「あ゛? 何だよお前?」
見た目は柚より少し年上という感じだろうか?
それで、俺よりも少し下にも見える────なるほど、そこいらの大学生か。
「そうやって威嚇したいなら他所でやれ。生憎、お前らに付き合っている暇はねぇんだ」
俺は男の肩を強引に突き放し、柚の元に近づく。
「という訳で、ちゃんと諭吉を二人確保してきたし、さっさと買い物済ませて帰ろーぜ」
「は、はい……」
男二人と俺の顔を交互に見て、そのまま柚は俺のコートを小さな力で掴んだ。
……怖かったんだろう、その気持ちが柚の態度から伝わってきた。
「おいっ! てめぇ、何すんだ!!!」
突き放された男が血相を変えて俺達の前にはだかった。
もう一人の男も逃がさまいと男の横で苛立ちを見せている。
「ナンパするのは結構だが、こいつは俺の連れなんだ。その時点で察しろよガキが」
「何だと!?」
「お前も大して俺達と変わらねぇ歳だろうが!」
突き放した男が俺の胸倉を掴んだ。
その瞬間、俺のコートを掴む柚の力が強くなったのを感じた。多分、急な事に驚いて心配してくれているのだろう。
────大丈夫。別に怖くなんてないから。
「イキがるのは大学までだ、社会に出ればイキがる男は大抵嫌われ見下される」
胸倉を掴む男の腕を握る。
「何故だか分かるか? ……単純に、怖くないからだよ」
確かに威圧して、暴力に訴えようとする人間は怖いだろう。
だけど、それは高校生か大学生までの話だ。
暴力に頼った人間やイキがっている人間は社会に出れば何の怖さも感じなくなる。
暴力に訴えれば法が守ってくれるし、イキがれば社会という集団から弾き出されてお終いだから。
それ以上に、社会に出た大人は怖いものを知っているんだ。
だからこそ、これぐらいの若い奴にどうされようとも……全然怖くない。
「なんだよ……は、離せよ……!」
「偉そうな事言ったついでに、もう一つ────」
俺は握っていた力を思いっきり強める。
「い、いでぇ!? 離せこの野郎!?」
「俺は元自衛隊でね……正直な話を言えば、先輩の方が数倍怖かったよ。まぁ、別に自慢するような話じゃないけど」
少し握力を強めただけでこの反応……やっぱり、大して怖くない。
(高校の時までは普通に怖かったんだけどなぁ……)
これも社会に足を踏み込んだからだろうか?
それとも単純に、自衛隊に入っていたからだろうか?
────まぁ、そんな事はどうでもいいだろう。
「じゃあ、買い物いくか」
俺は男の腕から手を離して、代わりに柚の手を握った。
その手は少しだけ震えているように感じたが、柚は俺の顔を見上げて大きく頷いた。
「は、はいっ!」
そして、俺達はそのまま男達の横を通り過ぎて先を歩いた。
少しだけ振り返っても、男達がついてくる様子はなかった。
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