一人で行こうとしたら怒られた

「柚の料理が美味しすぎる件について」


 それぞれ一口食べて、俺の口から出てきた第一声はそれだった。

 柚お手製の朝食。スクランブルエッグにミルク、そこに何故か白ご飯がセットで付いてきているが、美味しい。

 それしか言えない、普通に美味しかった。


「そんな凝った料理はしていませんよ」


 正面に座る柚が照れくさそうにはにかむ。

 凝ってはいないが、本当に美味しい。俺なんか朝食抜きかウィダー生活でろくに料理してなかったから、ここまで上手く作れる事はできない。

 スクランブルエッグと味噌汁に白飯────これだけでも、俺にとっては十分凝った料理だ。


「いかんな……このままじゃ、俺はこの生活から抜け出せなくなってしまう」


「抜け出さなくても大丈夫ですよ? 橘さん、元の食生活が心配なので」


「一人暮らしの男なんて大抵そんなもんだ」


「旦那さんに料理を任せない奥さんの気持ちが分かりました……」


 面倒くさがりで、自炊といっても簡単なものですませてしまう。

 頑張るのはカレーとシチューくらいで、インスタントラーメンがいつもの日々だ。


 だからこそ、結婚して奥さんが料理を作るという印象がついてしまったのだろう。

 旦那さん、基本的にだらしないからかもしれないから。


「しかし、斬新だよな……スクランブルエッグに白飯なんて。和と洋をごちゃごちゃにして違和感あるのに、何故か白飯に合っている」


「お母さんがそういうの気にしなくて、有り合わせで適当に作る事が多かったんです。その時に、たまたま作ったこの組み合わせが意外と合っていて……」


「普通ならスクランブルエッグに白飯って考えないだろうしなー。流石、茨さん」


「作ったの、私なんですけど……」


 俺が茨さんを褒めた事によって、柚は唇を尖らせて不満をアピールした。

 何という可愛い生き物だろうか? とりあえず、何故かこの子は学校でも大層おモテになりそうだなと思った。


「安心しろ。めちゃんこ美味しいと思っているから」


「そ、そうですか……それはありがとうございます」


 そう言って、今度は顔を赤くして俯いてしまう。

 何、この子? 本当に可愛いんだけど? 流石は天使である。


「そ、そういえば、橘さんの食器も揃えないといけないですね!」


 柚が話を切り替える。多分、これ以上褒められる事を避けたかったのだろう。

 もう少しイジってみたかったのだが……うん、やめておこう。


「確かに、このまま大輔さんの食器を使う訳にもいかないもんな……今日は休みだし、買ってくるか」


 洗面用具は家にあったのだが、残念ながら俺の家には自分の食器というものはなかった。

 全部割り箸と紙皿で済ませていたから、そこら辺が現状揃っていない。


 いつまでも大輔さんの食器を使うのも申し訳ないし、柚の言う通り揃えておく必要があるだろう。


「じゃあ、今日はお買い物ですね」


「ん? 柚も一緒に行くのか?」


「……ここで一人で行く選択肢を作りますか」


 どうしてそんな非難するような目で見る?

 一人で行った方が早いだろ。柚にも柚の予定があるだろうし。


「食材の買い出しに行きたいです。手伝ってください」


「お、おう……それなら一向に構わないが────何なら、俺が買ってこようか?」


「どうして一人で行きたがるんですか!」


 柚が少しだけ声を荒あげる。

 急の事で俺は驚いて肩が跳ねてしまった。


「いや……柚も予定があると思うし、家事をやってくれるなら買い出しぐらいは俺がやった方がいいだろ?」


 このままいけば、本当に俺がダメ人間になってしまう。

 家事任せっきり、俺の役割分担がない……流石に、それは年上の男としてのプライドが傷つく。

 いや、男の夢ではあるかもしれないが……。


「せっかく一緒に暮らし始めるんですから、一緒に行くべきです! なんかよそよそしく感じます!」


「そ、そうか……」


 一人で行く事がよそよそしいか……。

 特段そうは思っていなかったが、もしかしたらそうなのかもしれない。

 いや、柚がそう言っているならそうなんだろう。


 俺は柚の剣幕に圧されながらそう納得してしまった。


「(まさかここで一人で行くと言い出すとは思わなかった……橘さん、私の事嫌いなのかな?)」


 柚の小言が耳に入ってしまう。

 いかん、何故か俺が柚の事を嫌いだという風に思われてしまったようだ。

 ……別にそんな事ないのだが。


「じゃあ、一緒に行くか……」


「えっ? いいんですか!?」


「いいもなにも、俺が一人で行きたかったのは柚に迷惑かけたくなかっただけだし、柚さえ良ければ別に一緒でも問題ないからさ」


「ありがとうございます、橘さんっ!」


 とりあえずこれでいいだろう。

 まぁ、ああは言ったけど、柚と一緒に出かける事自体は俺も嬉しい。


 一人で買い物するよりも、二人で買い物をした方が楽しいからな。


「じゃあ、これ食べて少ししたら買い物行くか。どうせすぐに行っても店が開いてないだろうし」


「そうですね。お片付けもありますし、ゆっくりしてから行きましょう」


 今はまだ七時半ぐらいだ。

 スーパーぐらいは早いとこなら開いているだろうが、他の店ならまだ開いていないだろう。


 ────とりあえず、久しぶりの朝食を味わって食べよう。

 買い物は、それからだ。

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