2、聖女、の執事アレックス

 夜明けの太陽が、王城の一角にある尖塔せんとう白々しらじらと照らし出す。


 今日も聖王国に新しい朝がキタ。


 尖塔せんとうの頂上部にある部屋を目指して、螺旋階段らせんかいだんを昇っていく1人の若い男。


 彼の名は、アレックス。


 アレックスは赤い髪をオールバックにで付け、端正な顔に細く四角い眼鏡をかけ、ピシッとシワひとつ無い執事服を身にまとった背の高い男である。


 いかにも生真面目。見たまま堅物かたぶつ。そんな印象の彼だが、実は眼鏡の奥には、狼を連想させるような油断ない眼の鋭さを隠しもっていた。


 その整った見た目と、隠しもった鋭さが合わさり『下手に触るとケガするぜ? 』的な。『でもあえて触れてみたい』『いや、むしろ触って!! 』みたいなを感じさせる、そんなイケメンであった。


 そんなアブメン執事のアレックスが、いかにも楽しげに、そして軽やかな足取りで、尖塔せんとう螺旋階段らせんかいだんを昇っていく。


 彼は、この尖塔せんとう頂上部にある小部屋のあるじに会えるのが嬉しくて嬉しくて、たまらなかったのである。


「フフフ。愛しの我が聖女様。このアレックス、今日も貴女様にお仕え出来ることが幸せでなりませんよ…… 」


 くつくつと笑いながら、その端正な顔を喜びにほころばせ、ついには鼻歌までこぼしながら足早に階段を昇っていくのだった。


 そう。この塔の頂上部にある一室に、我らがアバズレ聖女ことベアトリーチェが、以来、監禁されていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 あの『アバズレ聖女宣言』から1ヶ月。


 仕方ないと言えばあまりに仕方ないことだった。あの宣言はそれだけのインパクトとセンセーショナル、そしてカオスをもたらすものだったのだから。


 ベアトリーチェが引き起こした先の出来事は、人々からこう呼ばれていた。


『アバズレ事変 ~王城バルコニー前広場の惨劇~ 』


 そして聖王国の黒歴史ランキング堂々の第一位に記されていた。


 今後数百年は。いや、ことによっては聖王国が滅亡するまで、このランキングが塗り替えられることはないだろうと言われるほど、かのアバズレ宣言は黒歴史中の黒歴史として黒輝くろかがやきしていた。


 と言うのも。あの宣言の後こそが、とんでもない事になったからである。


 実に、死者・行方不明者28人。重軽傷者3,276人。損壊した王城の被害額はおよそ2億8千万ゴールド。


 そしてあの日以来、心的外傷後ストレス障害に悩まされる者に至っては、なんと1万人を超えていた。


 おしもおされぬ、どこに出しても恥ずかしくないほどの大惨事である。


 オメデタイ聖女様のお披露目式ということで、城の中央広場を民衆に解放していたことが、とんでもない仇となった結果だった。


 アバズレ宣言を受け、パニックになった民衆が城の内部へと続く正門に殺到し、その正門を死守せんと、民衆の前に立ちはだかった兵士たちとの間に小競こぜり合いが生じた。


 小競こぜり合いは瞬く間に殴り合いに。続いて投石が始まり、民衆が棒切れなどをふるいだすに至って兵士たちもやむ無く抜剣。


 怯えた若い新兵が、のし掛かってきた民衆の男を誤って刺し殺したところから、事態は収拾がつかない大惨事へと発展していったのだった。


 騒動の後半にはどさくさに紛れて城に火を放つ不埒者まで現れる始末で、城壁の一部は崩され、美しい庭は踏み荒らされ、せっかくのオメデタイ日にあわや王城が焼け落ち、聖王国がアバズレ宣言1つでうっかり滅亡してしまう、その3歩手前くらいまでいったのであった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 執事アレックスは、ベアトリーチェの世話係を、彼女が幼いときからずっと任されていた。


 そしてそれがゆえに、彼は天使のごとく可愛らしいベアトリーチェを溺愛。


 それは彼女が成長していくにつれ、どんどん強くなり、いよいよ聖女として民衆の前に立つ14歳になる頃には、ほとんど崇拝に近い気持ちを抱くほどになっていた。


 ところへ、あの『アバズレ聖女宣言』である。


 周囲の誰もが、アレックスは失意に呑まれ、絶望し、下手したら自殺とかしてしまうんじゃないだろうか? と心配した。


 だが、むしろあの日以来、アレックスは以前にも増してイキイキとしていた。


 それはまるで、待ち望んでいたものが、ついに手に入ったかのように……。


 アレックスは階段を昇る足を止め、ふと壁の小窓から外を眺めた。


 塔の外では、小鳥たちが朝の訪れを、そのさえずりで告げている。


 チュンチュラチュン♪

 チュチュッチュ、チュン♪


 チュンチュラチュン♪

 チュチュッチュ、チュン♪


 チュッチュカ、チュチュッカ♪

 チュッチュッチューッ♪


 チュルチュルチュルチュル♪

 ペッペケペーッ!!


 どうにもトリッキーな小鳥のさえずりだった。


 たまたまそう聞こえたのか?

 それとも誰かのイタズラなのか?

 はたまた新種の小鳥のさえずりなのか?

 

 真相は分からないが、とにかく普通ならこんなトリッキーなさえずりを聴いた人間は「え? 」とか「ああ? 」とかリアクションしていぶかしげに思うものだが、この日のアレックスは、そんな凡百とはまるで違った。


 なんと彼はそのさえずりに合わせ、鼻歌から声を出して歌うのに切り替えたのである。


「ラッッッ……ルラァ~♪ 」


 カウンターテナーの美声だった。


 トリッキーな小鳥、略してコトリッキーが素早くそれに応じて鳴き返してくる。


 チュン、チュチュチュッ♪

 チュラチュラ、チュン♪


 アレックスも、グッと声量を大きくし、受けて立つ。


「ラララァアアアアア~♪ 」


 コトリッキーが畳み掛ける!!


 チュンチュカチュルチュパ♪

 チュチュチュチュチュチュチュッ♪

 ペッペケペポーンッ!!


 返す刀のアレックス!!


「リリル、リラリラ、ルルラリラ、ラルラァダァアアアアアアアアアーッ♪ 」


 アレックスft.小鳥。


 アレックスの美声とコトリッキーのさえずりは、よく分からないハーモニーとなって城中に響き渡らんばかりになった。


 加えてノリノリになったアレックスは、いつしか歌い上げながら階段を全力で駆け上がっていた。


「ラララルラァアアアアアアア~~~♪ アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハーーーッ!!」


 感極まったのか。ついにアレックスは壊れたように甲高い笑い声をあげながら、全力で螺旋階段を疾走していた。


 そしてついに尖塔の頂上部。

 部屋へと続く扉にたどり着き、勢いそのまま扉を開こうと取手に手をかけた瞬間。


 ズドバカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!


 大音響と共に扉が爆発した。


 いや、正確には扉の向こう側から放たれたによって、扉越しに吹き飛ばされたのであった。


「ぐ、ぐぐぐ……ベアトリーチェ様……」


 眼鏡は割れ、赤髪はチリチリに、そして執事服のアチコチを焼け焦げさせながら、アレックスは階段の上に倒れ込んで呻いた。


 しかし、彼の顔は喜びに満ち溢れたものであった。


 かくして、吹き飛んだ扉の向こう側。そこにアバズレ聖女ことベアトリーチェが寝巻き姿のまま、右手の掌を差し向け、その先に魔方陣を輝かせながら立っていた。


「朝っぱらからキモイ声出して笑ってんじゃないわよアンタは」


 彼女はふぁああと盛大な欠伸あくびをひとつ、そして両手を頭上に突き上げうーんと伸びをしたのであった。

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