アバズレ聖女と変態執事

第八のコジカ

1、聖女、アバズレ宣言す

 ベアトリーチェ・アルカノーザは、生まれてこのかた今日という日までを、ただひたすら一途に『救国の聖女』となるための教育を受けさせられ、育てられてきた。


 今日はそんな彼女の14歳の誕生日。


 いよいよ『聖女』として、その姿を初めて民衆の前にお披露目日である。


 金髪で碧眼。そして天使のように愛らしい顔立ち。豊かなものを実らせた胸元は、今日のためにしつらえられた純白の聖女服の内側で窮屈そうに揺れている。


 まさに絵に描いたような美少女。そんな彼女が姿を現しただけで、広場に集まった民衆たちは歓喜の声を上げた。


 大歓声に包まれ、王城のバルコニーから生まれて初めて目の当たりにする幾千幾万の人々の顔、顔、顔。


 皆一様に期待と喜びに満ち溢れた人々の顔を見下ろした瞬間、彼女は何もかもが心底嫌になってしまった。


 だからベアトリーチェは開口一番、心底カッタルそうにこう言い放ったのだった。


「えー……国民のみなさーん。アタシ、やっぱ聖女とかダルイんでやりませーん」


 シィイイイイイイイイインッ……!


 時が止まった、かのような静寂。


 初めて耳にする聖女様の言葉を、一言一句聞き逃さんと固唾を飲んで見守っていた人々は、彼女の言っていることの意味がまるで分からなかった。


「いや、元々乗り気じゃなかったんです。なんか王様とか偉い人からやれやれ言われて仕方なく今日まできたんですけど。皆さんのなんて言うか無責任にハッピーそうな顔見たら、あ、コレやっぱ違うなって思って。ぶっちゃけ結構ムカついたって言うか。めっちゃイヤだなーってなっちゃって。だから聖女じゃなくて普通の女の子にー。いやむしろ、グイグイとアバズレる方向でやっていきたいと思いまーす」


「べ、ベアトリーチェ。お前は何を言っておるのだ……!? 」


「え? 何って……アバズレ宣言です」


「ア、アバズレ宣言っ!!? 」


 彼女のすぐ隣にいた王も王妃も、意味が分からなすぎて目を剥きながら固まっている。


 そんな2人を尻目に、バルコニーの柵から身を乗り出すようにして手をブンブン振りながら、さらに聖女はのたまう。


「はーい。 アバズレでーす! アバズレ聖女でーす!! 言いなり聖女ノーサンキュー、ノーフューチャー!! 命と引き換えに『神聖究極魔法』という名の『自爆』とかまっぴら御免ですからー。皆さんもー。国を守るのをこんないたいけな……いや、アバズレた少女に頼ってないでー、自己責任でもっと頑張ってくださぁーい。とにかくアタシは皆さんのために命張りませーん。自己中で生きていきたいと思いまーす。なんならヤリヤリでーす。あ、あと絶賛彼氏募集中ですんで、そこんとこも含めて諸々ヨロシクでーす。……以上ッ! 」


 ここまで言いたい放題言われて、ようやく王様たちはベアトリーチェが何を言っているのか理解した。


 理解したと同時に、王と王妃が彼女の両側から肩をつかんでワケを問いただそうと、あるいは前言を撤回させようと詰め寄ったのと、民衆の怒号が響いたのはほぼ同時であった。


「一体、お前は何を考えて!? 」

「せ、聖女様ぁああああっ!! 」

「聖王国はもう終わりだ……」

「とと、とにかく考え直してっ! 」

「どういうことだよぉーッ!!? 」

「お、俺、彼氏に立候補しまーす!! 」

「く、国は!? 魔王の攻撃はどうなるのっ!? 」


 ごくごく一部に聖女のアバズレ宣言に乗っかってバカな事を言う者もいたが、大半は失意と恐怖、そして絶望の感情にとらわれ、人々はパニック状態になった。


 そんな民衆たちを見下ろしながら、そして詰め寄りわめき散らす王様たちの言葉をスルーしながら、ベアトリーチェはニヤニヤと嗤っていた。


 かくして聖王国セルドニアの長い歴史において最大の変革点であり、また同時に最大の黒歴史でもある『聖女のアバズレ宣言』が行われたのであった。


 ここからベアトリーチェは、その持ち前のバイタリティをフルに発揮して『アバズレ道を』邁進まいしんしていくことになるのであるが、このときはまだ本人もそのことを知らず、ただただぼんやりと……


「あー言っちゃったわー」

「めちゃくちゃ台無しにしたわー」

「でもめちゃくちゃ面白かったわーww」

「でもって彼氏欲しいわー」


 とか、そんなことを思っていただけであった。 


 どうしてこんな雑な思考をする少女が『救国の聖女』として選ばれたのか。きっと、そもそもの間違いは、聖女の選定基準にあったであろうことは想像にかたくなかった。

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