第24話 進撃のゴーレム①
あの日以降、カビルンバはいそがしく動き回っていた。
そしてついに、それにたどり着いた。
『お嬢様、例の古の伝承について、おおよそのことが分かりました』
「さすがカビルンバね。聞かせてちょうだい」
カビルンバは神妙にうなずいた、ように見えた。カビルンバは、割りばしについた綿あめのような形をしているため、少々それが曲がったところで、分かりにくいのだ。
『古の伝承は、「太古の昔に行われていたお祭り」を再現したもののようです』
「お祭り……?」
お祭りにしては、規模が大きすぎるのではないだろうか? 月を増やしたり、オーロラを出したりするなど、いまでは考えられないエンターテインメントだ。
『そうです。お祭りのときに、魔法で月を増やしたり、オーロラを出現させていたりしたみたいです』
「そんな魔法、聞いたことないわよ?」
ダニエラは首をちょこんと曲げた。もしその姿をレオナルドが見ていたら、口元をはわはわと、させていたことだろう。
『それはそうでしょう。その魔法は、現在では忘れ去られてしまった、古代魔法なのですから』
古代魔法、その言葉に何だかいやな予感がする。ダニエラのいやな予感はよく当たる。それがダニエラのなやみの種だった。
「それって、だれかが古代魔法を使ったってことよね?」
『おそらくはそうかと……』
「カビルンバ」
『奇遇ですね、お嬢様。私も何だか、いやな予感がしますよ』
ダニエラはうでを組んで考えこんだ。この古代魔法は、一体、どこから出てきたのか。まずは、魔法の出所をさぐらなくてはならない。
古代魔法の使い方を記した石版などが見つかった? でも、もしそうだとしたら、それを解読する必要があるはずだ。古代語を解読できるような学者は、王宮にしかいないはずだ。
古代魔法を解読し、研究しているのならば、殿下たちがそれを知っているはず。そしてその研究成果である、オーロラの魔法や、月を増やす魔法のことも知っているはずである。
しかし実際は、だれもそのことを知らないようだ。
「カビルンバ、この国で古代語を解読できる学者を、すべてマークしてちょうだい。きっとだれかが、かくれて古代魔法を研究しているはずよ。どこにでも入りこめるあなたなら、きっと探し出せるわ」
『お任せ下さい、お嬢様』
ダニエラの厚い信頼に応えるべく、カビルンバは菌糸ネットワークを使い、調査に乗り出した。この世界には、縦横無尽に菌糸ネットワークが張りめぐらされている。
その気になれば、カビルンバはどんな情報でも引き出すことができるのだ。
翌日、ダニエラはさっそくレオナルドにそのことを報告した。この事件は、何だかものすごく悪い予感がする。殿下だろうが、奇人変人ぞろいの宮廷特殊探偵団だろうが、使えるものはすべて使っておいた方がいい。そう判断したのである。
いつもの庭でティータイムをするダニエラとレオナルド。今日はそのうしろに、いつもいるはずのモーゼスの姿が見えなかった。おそらく、先日の怪奇現象の調査にいそがしいのだろう。
「殿下、少し、気になったことがありますの」
「ダニエラ、二人きりのときは名前で呼んでくれるんだろう?」
パルマ王国に、何だか不穏な空気が流れてきつつあると言うのに、レオナルドはいつも通りのマイペースであった。ダニエラは遠くを見つめるような目をしていた。
ことのあらましを話すと、さすがにレオナルドの顔も引きしまった。さっきまでのデレデレとした、とろけたスライムのようだった顔は、いまでは冷凍庫に入っていた氷のように固くなっていた。
「あの現象が古代魔法によるかも知れない……。もしそうなら、一体、何のために?」
「それは古代魔法をひそかに研究している人物に、直接聞いてみなければ分かりませんわ。とにかく、いまのところ、レオ様には心当たりのある人物は、いらっしゃらないのですね?」
レオナルドはいま一度、しっかりと考えこんだ。そして、答えを導き出した。
「そんな人物はいないな。だが、モーゼスなら、何か心当たりがあるかも知れない。ミタも、あの独自のおく様方ネットワークで、何か知っているかも知れない」
そう言うと、テーブルの上に置いてあった呼び鈴を鳴らした。この呼び鈴はただの呼び鈴ではなく、魔道具の呼び鈴であった。これを鳴らすと、近くに待機している使用人に合図がいき、こちらへ来るような仕組みになっていた。
すぐに使用人が、どこからともなくやって来た。
「お呼びでしょうか?」
「済まないが、モーゼスを呼んで来てもらえ……。何だ、何かさわがしくないか?」
レオナルドの言葉に、ダニエラが周囲の気配をさぐった。言われて見れば、先ほどよりか、何だがさわがしくなっているような気がする。
二人がいるのは、王城の中庭でも、高位貴族だけが利用できる、特別に静かな場所であった。その場所でこのようにさわがしいのは、初めてであった。
二人して首をかしげていると、モーゼスが走ってやって来た。その顔は引きしまっており、何かが起きたことを物語っていた。
「どうした、モーゼス。何があった!?」
「で、殿下……!」
息も絶え絶えのモーゼスに、むりやり水を飲ませると、ようやく話せるようになった。
「大変です! ボルガノ山の方角から多数のゴーレムが、王都の西門に向かって進行してきております!」
「何だって!? ゴーレムたちは、こちらに攻撃する意志があるのか?」
「……どうやらそのようです」
モーゼスは視線を落とした。ゴーレムたちはおそらく、ボルガノ山の岩石から作られたのだろう。ボルガノ山には、その材料となる、大小様々な岩石が大量に転がっているのだから。なぜ急にゴーレムが現れ、こちらに向かって来ているのか?
「現在状況はどうなっている?」
「いま、城の兵士たちが向かっております。発見者によると、こちらを認識すると、すぐに攻撃をしかけてきたそうです」
「くっ! 一体、だれが……。それよりも、行くぞ、モーゼス!」
「……え?」
キョトンとなるモーゼス。自分が行くのは分かる。何せ大賢者であり、宮廷特殊探偵団を束ねる長なのだから。奇人変人たちを戦場に送り出し、その場の混乱をおさめるためにも、行く必要があった。しかし、殿下は――。
そう言えば、殿下も宮廷特殊探偵団の一人だった。
「いけません、いけませんぞ! 殿下が危険な戦場に行くなど、もっての他です」
「そうは言っても、私は宮廷特殊探偵団の一人だぞ! こんな一大事なときに、うしろでのんびりとしていられるか。そんなことをすれば、名前だけの役立たずだと思われてしまうことになる」
レオナルドの真剣な顔に、それ以上、「だめだ」とは言えなかった。しぶしぶモーゼスは了承した。
「分かりました。ただし、私の指示には絶対に従ってもらいますよ?」
「ああ、もちろんだ」
レオナルドはしっかりとうなずいた。
「殿下、私も行きますわ!」
「えええ!?」
ダニエラの声に、レオナルドが素っ頓狂な声を発した。まさかそう来るとは思ってもみなかったようである。
「ダニエラ、本気なのか?」
「モチのロンですわ」
絶対に引かないぞ、とその顔にしっかりと書いてあった。困ったレオナルドは、チラリとモーゼスを見た。モーゼスはこうなることを予想していたようであり、あきらめたように、首を縦にふった。
何をいまさら。殿下大好きなダニエラ嬢が、そんな危険なところに、殿下一人で行かせるはずがなかろう、であった。
「分かったよ、ダニエラ。ただし、こちらの指示には従ってもらうぞ」
「もちろんですわ」
同じような質問に、同じように返した二人。同じように危険をかえりみず、国の危機に立ち向かおうとする二人。本当に似たもの夫婦だと、モーゼスはつくづく思いつつも、国の未来は明るいな、とひそかにほくそえんでいた。
「それでは二人とも、急いで参りましょう。馬車はすでに城の門の前に用意してあります。先行して他の宮廷特殊探偵団たちが行っています。あちらにつけば、すぐに現状が分かるはすです」
モーゼスの声に、二人は席を同時に立つと、王都の西門へと急いだ。
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